俺は悪神3人に勝ったんだ!!
夏の深夜、警察から逃れるために町内をぐるりと一周。
砂埃と血と涙と鼻水で汚れた肌を、生温い夜風が撫でる。
それはとても気持ちのいい感覚で、俺をわくわくさせた。
人々の寝静まった閑静な住宅地を逃走するこの瞬間、「こんな経験をしているのは俺だけだぞ」と思えば心が踊った。
これからすべき事を思い描くとうれしくなる。
生きている実感を得ることができ、すべてが新鮮だった。
——俺は今、自分でも解るくらいに輝いていた。
金も地位も友だちも彼女もなんにも無いけれど、不思議と充実感に充ちていた。
いままでの出来事はすべて夢だったのだ。悪夢だったのだ。
俺はやっと悪夢から目覚めたのだ!
自宅玄関にたどり着いたとき、手を握り返していたらうの姿はなかった。
俺に取り憑くのをやめて、どこかべつの人間のところへ行ったのだろう。
食欲が湧いてキッチンに向かった。
シキモがいた。
「らうは? 一緒じゃなかったのか?」
「うっせっ! メシ作れ!」
「なっ!?」
「作れっつってんだよ! 気の利かねー女だな、これだから馬鹿な男しか寄り付かねぇんだよ。早く作れ! 喪服じゃなくて裸エプロンでもいいんだぞ! メシ!!」
不意をつかれたシキモは、ギリッと睨み返すのすら忘れて、家を飛び出すまえの俺と帰宅した今の俺とのギャップに怯みを見せた。輝いている俺の勢いに気圧されたのだ。
シキモが作ってくれたかき揚げ丼とおかわり2杯を福茶とともにガツガツ掻き込む。
俺が最後のご飯粒ひとつを腹の中へ納めた頃には、シキモもどこかへ姿をくらましていた。
自室に戻れば、食べ散らかした菓子の空袋が残されているだけで、ふぅちゃんの姿もない。
勝った……!
俺は悪神3人に勝ったんだ!!
自室のドアを開けた瞬間、俺はそう思った。
ガッツポーズしながら風呂場に行って、傷口についた砂や血などを洗い流した後、絆創膏を貼ったりガーゼを当てて包帯を巻く。
生爪の剥がれた親指に消毒液。
気絶するほど痛かった。
それでも俺は、ある種の感動に身を震わせて興奮していた。
「大学受験に失敗したひきこもりニートのゴミクズ人間の俺はついに、らうとの取り憑かれフラグをへし折ったのだ!」
この夜、俺は人生で最高の眠りについた。
いやホント、永眠でなくてよかった。