俺は金持って恋の男だった
「うぅぅ……うぅっ…………うううう……」
戻って来ても、りっちゃんは泣いていた。
俺とらうとシキモとふぅちゃんが、りっちゃんの部屋に戻って来ても。
部屋の隅でしくしくしくしく泣いていた。
実際のところ、死神の秘密基地みたいなロウソクばかりの空間でお仕置きされたのはりっちゃんだと思う。
俺は、自分自身の性癖とプライバシーを暴露された。しかしこれだって、暴露された事柄について言うのであれば社会的にも人間的にも俗世間の底辺を生きる俺には些細なことである。暴露された事柄が、恥じるべき事なのか? さっぱり解らん。自暴自棄というよりも、恥じらいを捨てたというべきか。ある意味、今の俺は完全に悟りを開き切っている。新装開店フルオープンだ。
「それで真鍋、どうするつもりだ?」
シキモが言った。ボロ布のような野垂れたりっちゃんを冷ややかな目で見下ろしてシキモは、「この女とらう、どちらを選ぶ?」と訊いているようだった。
そう察しはつくけれど、俺はどちらも嫌なので、しらばくれる事にした。
「どうするってなにが?」
何の事だい? と知らないふり。
「フン、あざといな」
軽くあしらわれた。
「らうは貴様の事を好きだと言っている。この女も同様のようだ。そこで貴様はどちらを選ぶ? 正直に言えば、命だけは助けてやる」
語気を強めてシキモは目で切るように俺を見る。
はいといいえの選択で、はい、しか選べない状況じゃないか。
「待ってくれ。なんでシキモが仲裁役になってんだ? これじゃ、シキモの望む回答を喋らなければ俺は…………こんなの出来レースだ。悪神の癒着関係はかっこ悪いぞ」
「ほほう? 望む回答とは?」
したたかな死神だ。冷笑してやがる。
「お前とらうは友だち同士だから、らうを選べと言うんだろ? お前はりっちゃんが嫌いなようだしな」
「なら、真鍋……この女のほうが良いのか?」
「……ん?…………いや……」
好きか嫌いかで言うと、りっちゃんも…………嫌いだな。
今回の事ではっきりした。
りっちゃんは風見鶏だった。男に対して。
そりゃあイケメンで金のある男だったら女は惚れるだろうさ。
だが、惚れた男の金が尽きたとき簡単に捨てることができるのもまた事実。
俺は将来有望株という存在で「金のなる木」という男の認識でしかなかったワケだ。
そこに情はなかった。
悲しいことだが、りっちゃんが恋していたのは俺ではなく金だ。
「俺は金持って恋の男だった」
りっちゃんの永久就職は叶わない。……まあ今のご時世、永久就職も就職難だけど。
「らうは?」とシキモ。「らうは貴様のことが好きだ。金ではなく、貴様のことが」
「…………んんー」
腕を組んで俺は考えた。この流れだと二者択一でなければいけないらしく、第三の選択肢をひねりだそうものなら命が危うい。せっかく命からがら危機を脱出したのにここで死ぬとか洒落にならん。俺はない知恵振り絞って一生懸命考える。
——一方は金目当てだが、もう一方は真に俺のことが好きらいい。……でも。
「でも、口ではなんとでも言えるしな」
「嘘じゃないよゆーくん!」
らうの真面目な顔の中に恥じらいが見て取れる。
「ちゃんと考えて! 私、ゆーくんのこと好きだから!!」
「……落ち着けよ」
好きという言葉の大安売りだな。価値を下げてるぞ。
とはいうが、嫌な気はしなかった。
ひきこもりニートの俺に、ゴミクズ人間の俺に「好き」と言ってくれる人がいる。
貧乏神だが……。
そう、らうは貧乏神だ。普通の女ではない。
そこに俺は、らうの真価を見出せないか考えた。
1つ、食費不要だ。なんつっても俺の意欲を養分として生きている。味噌ラーメンは別腹なのであろうが、これだって特段、食べなくても問題はない。食費がかかるのはむしろ俺の方だ。であるからして俺1人分で済む。付け加えると、らうの奴、貧乏神のくせに金を持っていやがる。憑かれている俺は貧乏で、憑いている貧乏神本人は金持ちってどういうこっちゃ。
「なんかイライラするな……」
2つ、衣服代も不要だ。らうが何着洋服を持っているか不明だけど、着ているシャツやズボン、スカートなどの服装が使い捨ての如く毎日違う。おそらく、四次元ポケット的な物を持っていて、己の金で購入した服を仕舞っているのだろう。住む所はどこでもいいとして、衣食住の衣食に金がかからないのは経済的でよろしい。
「俺は外に着ていく服もないのに……」
3つ、ガス電気水道の光熱費が不要。らうは神様だからトイレにも行かないし入浴もしない。する必要がない。いつも神秘の力で綺麗清潔なのだ。栗色の髪の毛は柔らかく、風も吹いていないのにフワフワ靡いている。ドライヤーだって要らない。非常にエコだ。
「貧乏神は地球に優しいな。俺なんか上から入れて下から出すだけの人間製糞機だぜ……」
4つ、俺はひきこもりだから外出しない。だからデートにかかる交際費も不要だ。
「世界の車窓からを観ていい旅夢気分を満喫だ」
5つ、慰謝料を請求されない。金目当ての女は己の寿命(女としての賞味期限)を解っていて、すぐ金を毟り取ろうとする。しかし貧乏神は養分を吸い取って不幸にするだけで金を要求したりしない。らうの場合だと、シキモに訴えて、シキモが俺の命を奪いにくる程度で済む。世間では慰謝料を払うために働いている男が大勢いる。シキモにロウソクの炎をあっさり吹き消してもらった方が、むしろ楽になれるし、吹き消さないまでも、貧乏神に見放されたら、それはそれで俺としては喜ばしい事だ。
「改めて考えてみると、人間の女と付き合うってのはデメリット大きな。金のかからない方がいい。選ぶなら、らうがいい、はい。らうに決定です。だから、俺を養え」
「貧乏神に取り憑くな馬鹿者が! ふてぶてしい男だ」
毒を吐くシキモ。
「ゆーくん、やっぱり私を選んで……」
らうは、ぽーっと顔を赤らめて言った。嬉しさのあまり、それ以上言葉が出てこないようだ。
「ん……まあ……二者択一だと普通、らうを選ぶ」
どちらも選ばない選択肢があれば俺はそちらを選ぶけど、横でシキモが怖い目を向けて来るので仕方のない事だ。
「…で………って……」
部屋の隅でうじうじ泣いていたりっちゃんが何か言っている。
「あなたたち……出てって……出て行きなさい……」
スクッと立ち上がり、クルリとこちらへ向き直り、まるで般若面のような恐ろしい顔で、
「出てけ……ッ! ここから出てけぇえ!! 二度と来るなああああ!!!」
柄の長いコロコロをぶんぶん振り回して襲いかかって来た!
怒髪衝天。完全に気が狂れちゃっている。
「うわっ、やっべ!」
りっちゃんの部屋、その窓から外へ我先に逃げ出す俺。
——らう、お前は彼氏である俺を優先して通しなさい。
ふぅちゃんは俺に続け。
シキモは後方を固めろ。レディファースト? んなもん知るか。
部屋を逃げ出すまでに俺はコロコロで数回頭を叩かれた。
部屋を逃げ出すまでに俺はコロコロ以外の打撃を受けてタンコブを作った。
だが、俺は自分の部屋に戻って来れた。安らぎの空間であり安息の地。
不満なのは依然として悪神3人が居続けている事だ。
菓子を頬張るふぅちゃんの横で、ふとシキモがつぶやいた。
「真鍋は幼馴染みを捨てた事になるな」
それはひどく冷たいものの言い方で、俺を不安にさせた。
そうか。俺は長く一緒だったりっちゃんよりも、貧乏神のらうを選んだのか。
小さい頃から仲良しだった絆を、俺はこの手で断ってしまった事になる。
もう、引き返せない。
ある種の理想を、将来図を、りっちゃんとの幸せフラグを、俺はへし折ったワケだ。
もう、取り返せない。
額に浮かぶ汗を拭って俺は、冷静を装い、視線をらうへと移す。
らうは首を傾げてにこにこ微笑み、俺を見つめ返してくる。
俺の心中は穏やかではない。何か得体の知れない感情が湧いてきて、ごわごわと蠢いている。
「らう。お前は人間じゃない……貧乏神だ」
俺の選択は、これでよかったのだろうか?