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機密漏洩


「おーい、りっちゃぁあああん。窓を開けてくれー。部屋に居るの知ってるぞー!」


 夜になって、自室の窓から外へ抜け出した俺は、屋根伝いに、幼馴染みであるりっちゃんの部屋まで行き、窓をコンコンとノックする。窓には鍵が閉めてあった。

 ガムテープで窓に貼付けている俺直筆の手紙は毎日受け取ってくれているようだった。なぜならば、貼付けに行くと前日に貼付けた手紙がないからだ。受け取って読んでくれているに違いない。これは期待できる。


 りっちゃんの部屋に単独で訪ねようとしたが、らうとふぅちゃんとシキモも後をつけてきた。本当に憑き物だ。

 しかし、嬉しい事もあった。シキモは一人暮らしの生活が長いのか料理が上手だった。晩飯をどうするか悩んでいた俺に、シキモが手料理を御馳走してくれたのだ。俺んちの冷蔵庫にあった食材を使って。なかなかに旨かった。命を狙わないのであれば俺の専属シェフにしてやりたいくらいだ。


 いや。そんな事はどうでもいい。

 問題なのは俺の部屋が悪神の巣窟になりかけていることだ。

 これは大きな障害だ。

 このままでは俺は社会復帰することができない。

 人生に必要な要素を養分として搾取されているのだから。


「りっちゃあああん! 力を貸してくれ! 貸してくれても返す事は出来ないけどさ! でも、なんとかするからお願いだ!」

 コンコンからドンドンと窓を叩いて俺はりっちゃんを呼ぶ。

「真鍋……貴様必死だな」

「ゆーくん、あの女に相手にされてないの。あ、ふぅちゃんも一言あるって。ふむふむ、『底なしに落ちた男の未練がましい行動は滑稽見があって面白い?』……ゆーくん、もうやめなよ、みっともない」

 背後で悪神3人がごちゃごちゃうるさい。お前らも一緒になってりっちゃんを呼べ。


 20分くらい呼んでいると、

 シャーーッ!

 カーテンが開くのと同時に窓が開け放たれて煌煌と灯る明かりをバックに、

「うっさいバカ! いい加減にしなさいひきこもりニート!!」

「嗚呼りっちゃん会えてよかった実は話があるんだ上がらせてもらう!!」

 早口言葉でペラペラ述べて俺は一気に部屋の中へなだれ込む。

「断りもなく入って来んなし!! 不法侵入で、」

「失礼します」と、らうが俺に続く。

「邪魔する」と、シキモ。

「……」よいしょよいしょ、とふぅちゃんが窓枠を乗り越えて、悪神たちもログイン。

 押し掛けである。


「ちょ、あなたたちは何なの!?」

 憤慨しているりっちゃんは、俺が訪ねて来た事に対して非常に迷惑しているように見えた。

「今回は着替え中じゃなくて良かった。今日はフリフリの服だね、もしかしてパジャマ? りっちゃんは何を着てもよく似合うなあ! で、早速話に入るんだけど、こちらに居るのは死神のシキモ。料理が上手なんだ」


「死神!?」


「そうそう。料理上手なところがポイント高い!」

 驚きに目を剥いているりっちゃんに、苦情を言う隙を与えてはならぬ。

 俺は、トントントンと話を続ける。

「シキモも加わって俺の部屋が大変なんだ。悪神が3人も! とてもじゃないけどこれでは社会復帰ができない! そこでりっちゃんの力を借りたいんだ。というのもシキモが俺の命を、魂を取ってやるって言うんだ! 信じられないだろ? 俺のような大学受験に失敗したひきこもりニートのゴミクズ人間から魂を取るんだぜ? 神のやる事じゃねーよな、血も涙もねーよ。けど差し当たって魂は大切なものだし、取っ替え引っ替えできるような品物でもない。人間1人に魂は1つだ。取られちゃったら俺たちの明日はない。だからさ、りっちゃん! 俺を助けてくれ!! シキモが俺を殺そうとしている! シキモが俺の死因は風邪でいいだろうって言うんだ! 風邪は万病の元っていうけど俺は風邪そのもので死んでしまう! そんなの嫌だ、なんとか助けてくれぇ!」

 俺はりっちゃん足に寄り縋って助けを求めた。


「自分自身の力で解決しようと考えないの!? 男のプライドはないのか!」

「俺にプライドなんてねえ! 解決できないから来たんだ! なんなら俺の代わりにりっちゃんの魂を半分シキモにやってくれ!」

「どこまでクズなの! 離れなさいよ寄生虫、——ええいっ!!」

 薄汚れた醜い野良猫をあしらうかよのうにりっちゃんは俺を蹴り飛ばして、

「今すぐ帰って。もう二度と来ないで! そして、」

 ごっぞり溜め込んだ俺直筆の手紙を取り出すと、

「こんな不幸の手紙は要らないわ! ゆーくんの為に出来る事なんてないっ! したくないっ! さっさと帰れ!」

 手紙を俺の顔めがけて投げつけた。


「痛っ! なにすんだ! りっちゃんを頼ってお願いしに来たのに」

「来なくていい!」

 ズカズカ俺に蹴りを入れてくるりっちゃん。

「悪神って言ったわよね、コイツら持ち帰ってよね! 1人だって置いて行っちゃ承知しないから!!」

「まっ、待ってくれ。りっちゃんが怒るのも無理ない。だけど、俺だって死にたくないんだ!」

 俺は後ろを振り返って、悪神3人に言う。


「お前らからも頼めよ! りっちゃんのご機嫌を取れ!」

「……ゆーくん」

 らうは残念そうな目で俺を見て、

「私はべつに頼む義理もないし、この女のご機嫌を取る必要もないの」

「うん、そうだな」

 らうの横でシキモが頷く。

「こっちは魂が手に入ればそれで十分。…………だが」

 シキモは微かに眉根を寄せて渋そうな顔をする。


「真鍋を弁護するわけではない。しかし、男の誇りや見栄もかなぐり捨ててそこまで頼み込んでいるのにも関わらず、一方的に蹴って、踏んで、話も碌に聞かないこの女、癪に障る」

「は? 何言ってんの」

 今度はりっちゃんが突っ掛かる。りちゃんは俺直筆の手紙を手にして、

「こんな不幸の手紙を毎日窓に貼付けられて迷惑してんの! ケータイの留守番電話にだって一日何十回も録音入ってて、これじゃストーカーよ!!」

「それほどまでにお前を想っている、頼っている、信頼している証だろう……。馬鹿は馬鹿でも馬鹿正直な男に言い寄られるなんて羨ま、……こっちは筋肉馬鹿とチャラ男だぞ……ッ!!」

 シキモは苦々しく歯をギリッと噛んだ。

 己に近寄って来る男を思い出したのか、りっちゃんに対して敵意を露わにしている。


 ——このままではヤバい!

 俺はそう直感した。

 お局様のご乱心と言っても過言ではないこの状況。

 良からぬ事の前触れだ。


「ここへ訪ねてくる前に下調べは済んでいる」

 とシキモは言う。

「福の神がつくそうだな……それで、貧乏神のらうは取り憑けないと……。くくく、だが死神は違うぞ。生きとし生けるもの、全ての命を預かる死神の前でその態度は不愉快極まりない」

「だったらどうすんのよ!? ええ? 命でも取る気? やれるもんならやって見なさいよ、死神だが死に損ないだか知らないけど罪の無い人から命を取れるっていうならね!」

 りっちゃんは正面からシキモに食らいつく。

 うわぁ……やめときなって、りっちゃん。

 俺を風邪で殺そうという死神だ。どんな言い掛かりをつけられるか解ったもんじゃないぞ。最悪、罪の有無は関係ないとか言うかもしれない。シキモなら……。


「ふんっ、罪の有無は関係ない」

 ほうらやっぱり。

「男共々、その魂を取ってやる」

 …………ん? 気になる事をいったぞ?

「おいシキモ。男共々って言ったな? その男ってのは誰の事だ?」

「真鍋、貴様に決まっているだろう。面倒くさい、2人一緒に死ね」

「ちょっ、おい!! なんで俺の魂まで取る必要あるんだよ!? りっちゃんので十分だろ!」

「ゆーくん、あなたね、人の家に勝手に押し込んで来て何言ってんのよ!! ゆーくん1人で死んでよね! 他人を巻き込まないで!」

「他人だなんて冷たいな、りっちゃん。幼馴染みじゃないか。運命共同体で行こう」

「絶対にイヤ!!」

 シキモの迫力に負けたのか、顔を青くしたりっちゃんが、俺を部屋から追い出そうとする。


 このままでは俺1人死ぬことになってしまう。なので俺は追い出されないようにりちゃんに寄り縋って、その細い足首を掴んで必死に抵抗する。

「離れなさいよ……ッ!! んぅぅぅうう!」

 りっちゃんは俺の頬に踵をグリグリねじり込むようにして引きはがそうと踏ん張る。

「絶対に離れないぞ!! 死んでもこの手を離すもんか!」

 決死の覚悟で頑張っていると、俺の背後でシキモが、

「……無様だな。そこまでして助かりたいか。いいだろう。助かりたければこっちへ来い」

 と言って、手を縦に振った。


 シャギ! と荒々しく金属音を響かせて伸展された警棒が手の内に現れる。

 シキモはその警棒の先端で、部屋の床に丸く円を書いた、その途端——

 フラフープほどの大きさの穴が空いた。


「「わわっ!!」」

 俺とりっちゃん、驚きに声を上げる。

 りっちゃんの部屋は言うまでもなく2階にある。にも拘らず、穴を見下ろせば1階は見えず、真っ暗闇が広がっている。その暗闇には、永遠とも思えるほどに続く石の階段が奥底へ下っている。

 この石の階段、部屋の明かりで照らされているのは最初の数段だけ。

 まるで井戸を斜めにして階段を取り付けたようなものだ。

 果てしなく続く階段は地獄への片道切符か。


「シキモ、ひょっとして……俺とりっちゃんをこの下に連れて行くつもりか……?」

「そうだ」

 冷淡に言い放ち、シキモは腰まで伸びる白髪をサファーっと後ろへ梳いてみせた。

「死んでも行きたくない!!」

 命乞いをするかのようにりっちゃんが叫んだ。

 俺はというと、もうビビっちゃって心臓がドックドック脈を打っている。おそらく心拍数は200を超えている。


「あははは、あははははは、ははははは」

 思わず笑ってしまう俺。

 死神のシキモを怒らせてしまったんだ。どうにでもなれ。

「なに大笑いしてんのよ、ゆーくん!! 死ぬならゆーくん1人で死んでよね!」

「え? 死ぬなら1人でだって? 俺の人生の半分はすでに早期終了してるから後悔なんてないし」

 心残りなのは童貞のまま死ぬ事くらいだ。

 いいニュースがあるとすれば、幼馴染みのりっちゃんが共に死んでくれるということ。

「ささ、りっちゃん。穴の中へ行こう」

「イヤよ!!」

「なに言ってるんだ、りっちゃん。どうせ人間は死ぬ。事故死だろうが、自殺だろうが、老衰だろうが人はいずれ死ぬんだ。死亡率100パーセントなんだよ」

「死んだ目をしてなに勝手に悟り開いてんの!?」

 悟りを開くのに死んだ目は関係ないだろ……。

 むしろ今の俺は半狂乱さ。あはははは。


 暗闇に続く穴の前で俺とりっちゃんが話をしていると、

「ごちゃごちゃ言ってないで早く下りろ」

 ドンッ!

 後ろから背中を蹴られた。

 蹴ったのはシキモである。前蹴りする瞬間を、俺はこの目で見たのだ。死んだ目で。

 穴へ吸い込まれ行く俺は掴まれる物がないか手を伸ばし、咄嗟にりっちゃんの腕を掴んだ。溺れる者、りっちゃんの腕をも掴むのだ。


「えぇぇぇぇ——」

 細引きの雨のような声を出したりっちゃん。

 その声が途切れる間もなく俺と一緒に石の階段を転げ落ちている。これぞ道連れ。


 ゴロゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロゴロ。

 転げ落ちることろまで落ちて、ついに穴の底へ来たようだ。


「一緒に落ちてくれるなんて、それでこそ俺の幼馴染みだよ」

 俺は感心してりっちゃんにそう言った。

「うぅ……ううう……」

 りっちゃんは何故か半泣きだった。

 もしかしたら助かるかもしれないのに。


「……それにしても、ここが穴の底かぁ。随分と明るいな」

 さっきシキモが「助かりたければこっちへ来い」と言って出現させたこの穴。

 この奥底へと続く石の階段を下って転がり着いてみると——

 宇宙を思わせるほど広い空間一面に、何千何万本ものロウソクが、燭台の上で赤々と燃えていた。

 入り口のほうを見上げると、らうとシキモ、ふぅちゃんが下りて来ているのがわかる。


「おーぃ、いきなり転がって行く奴がいるか。真鍋は馬鹿だなー」

「テメェが蹴り落としたんだろうが! 瞬間見たぞ!」

「ゆーくーん、だいじょーーぶー? ケガしてないー?」

 ケガを心配している場合じゃねえ。俺は生きるか死ぬかだ。

 シキモが階段を下りて来て、

「真鍋と、そこの女。こっちへ来い。貴様たちの寿命を見せてやる」

 階段裏の方へと歩み出した。


「りっちゃん……泣いてないで、ほら。立って行こうぜ。こんな広い所で迷子になったら大変だ」

「ううう……誰のせいでこうなったと思ってんのよ……ぅうう」

 半分くらいはりっちゃんに責任があると思う。シキモを怒らせたんだし。

 まったく。女ってのはいつも自己中心に考えやがって。


 俺はシキモの後ろについて歩く。

「わぁー、いろんなロウソクがあるな。もしかして、これが人の寿命か?」

「そうだ。ここにあるロウソク1本1本が人間の寿命を表している。太いロウソク細いロウソク、長いロウソク短いロウソク。様々だ」

「おお? ひときわ勢いよく燃えてるロウソクがあるな。これはどういう意味だ?」

「それは今、人生の中で最も輝いている人間のロウソクだ。人生のピークという意味だ」

 なるほど。

 輝かしい人生の瞬間は、ロウソクの炎が一番燃え盛っている瞬間でもあるわけか。

「お、ちょっとシキモ。これはなんだ? 太く長いロウソクだけど、炎が小さくて煤けた黒い煙が上っているぞ?」

「それか。ロウソクに不純物が混じっていて上手く燃えていない。このロウソクの人間は病気という意味だ。この人間、年はまだ6歳。しかし心配することはない。炎が燃えて行くに従って、不純物は燃えてなくなる。成長するにつれて病気も治る」

「ほほう。幼い頃は病弱だったっていうタイプの人間か」


 そんな事をぺちゃくちゃ喋りながら歩いて行くと、

「真鍋と、そこの女。これが貴様たちの……おい、女。いつまで泣いている」

「うぅうううう……もう帰りたい……」

 部屋での勢いはどこへやら。りっちゃんはすすり泣いていて、生きる気力もないようだ。

「女、これが寿命。ロウソクだ」

 シキモが指差したロウソク。りっちゃんのロウソクは、

「おおお! デカい!」

 真っ白いロウソクでつやつやしている。

 燃えている炎も真上へ、すぅと上っていた。

「太くて長くて白光りしていて、すごく……大きいです」

 かなりの寿命があるようだ。


「りっちゃんは長生きなんだなぁ、いいなぁ。で、俺のロウソクはどこにあるんだ?」

「真鍋のロウソクか? その横にあるだろ」

 横?

 ふと、りっちゃんの逞しいロウソクの横へ目をやった。

 そこには——

「……すげぇー、ちっちゃいロウソクがあるんだが」

 りっちゃんのロウソクとは真逆に、どす黒いロウソクが線香花火のような火花を時折散らして燃えていた。

 しかも、めちゃめちゃ細い! ストローみたいだ。

 ロウソクの芯だってシャーペンの芯並に細い!!

 しかもしかも、このロウソクむちゃくちゃ短ぇ!

「人差し指の第一関節くらいしかないぞ!」

「真鍋、それがお前の寿命だ」

「なんでだ!? なんでこんなにどす黒いんだ!」

「疫病神のふぅちゃんが憑いているからな。先ほど見た不純物のロウソクがあっただろう? それの不純物を圧縮したようなロウソクがお前のロウソクだ」


 なんてこったい!


「不純物の内訳を見てみるとチフスに天然痘、リンゴ病、水虫、脚気、エイズ、淋病、梅毒、性器ヘルペス。ヘルペス繋がりで鯉ヘルペスもあるな。まるで不純物で出来たようなロウソクだ」

「汚い! 汚すぎるだろ俺のロウソク!! なんで性病が多いんだよ!? てか、人に感染しない鯉ヘルペスまで……ッ!」

「これは今すぐ吹き消さないと駄目なロウソクだ。こんな気持ち悪いロウソク、誰も吹き消したくないから、真鍋、自らの息で吹き消せ」

「酷過ぎだろうがよ!! 吹き消した瞬間、俺は死ぬのか!? 嫌だ、絶対に嫌だ」

「嫌か? だがしかし、短いお前のロウソクは見る見るうちに燃えているぞ? このままでは燃え尽きてしまう」


 わわわっ!? 本当だ!

 バチバチ音を立てて火花が散って、どんどん燃えている!

「こうなったら、隣のロウソクを消して、そちらに俺のロウソクの炎を燃え移らせよう!」


「「……なんて外道」」

 らうとシキモが言った。

 悪神に外道呼ばわりされる筋合いはねえ! テメェらの方がよっぽど外道だ!


「ちなみに、いま消そうとしたロウソクは、お前の両親のロウソクだ」

 ニタリと口元を歪めてシキモは嬉しそうに言う。

「消したいのであれば別に止めはしないがな。どちらもあと40年はある寿命。両親の寿命と、真鍋、貴様の寿命を取り替えたいというなら……やってみたらいい」

「できるか!」

 トーチャン、カーチャンにはもっともっと長生きしてもらって、俺を養ってもらいたい。

 俺は死ぬまで親のスネを齧っていたいのだ。


「本当にゴミクズだな貴様。まあいい。であればここに新しいロウソクがある」

 シキモが喪服の懐から取り出したのは長くて太いロウソク。

「これに、お前の炎を移せば良い」

 どこからともなく燭台が現れて、これにロウソクを立てるシキモ。

 ……どうやって炎を移すんだ?

「その汚いロウソクを自らの手で掴め」

 死んでも嫌だ。

 炎よりも先に変な病気が移る気がする。性病が感染するに違いない。

「自らの寿命を掴めないのなら、死ね」

 そんな殺生な……。

「シキモ、そんな意地悪しないで」

 俺の隣でらうが言った。


「私が憑いている大事な人なの。お願いだから、ね? 火ばさみとか、何か挟むものを……」

 らうは真剣な表情でシキモに頼む。

 人が難儀してるの眺めるの好きなの、と言ったのが嘘のようだ。

「おお……! らう、お前って奴は実は親切だったんだな。有り難や有り難や」

「だって、ゆーくんに死なれたら……」

「あ、そうか。養分が必要だもんな」

 俺に死なれては困るだろう。

「それだけじゃないけど…………ん、どうしたのふぅちゃん」

 らうの手の甲をツンツン突っついて、何か言いたそうな素振りのふぅちゃん。

 腰を屈めたらうの耳元でふぅちゃんは手のひらで口元を隠してヒソヒソヒソヒソ。


「なになに、『こんなゴミクズ人間の肩を持つことなんてない? 今だけ利用されて、あとでポイされる? 恩を仇で返すに決まっている?』まあ、ふぅちゃん。そんなことどこで覚えて来たの。ゆーくんはそこまで腐った人じゃない。……と思う」

「……」

 なかなか鋭い考察だな、ふぅちゃん。

 とても幼女とは思えない賢者っぷりだ。


「新しいロウソクに炎が燃え移せたら、しばらくは俺に憑いていていいぞ、らう」

「えっ、本当なのゆーくん?」

 らうの表情が、ぱぁっと明るくなった。


 ——ふっ。しばらくといっても2日3日だがな。

 とりあえずそう言っておけば満足だろう。女って生き物はちょろいもんだ。


「シキモお願い。ゆーくんにチャンスをあげてちょうだい」

「チッ。仕方のない……これを使え。火箸だ」

 不承不承、シキモは俺に火箸を貸してくれた。

 30センチほどの鉄製の箸で、後端に輪が取り付けられている。ズシッと重たい。

「いや、火ばさみとかトングのように、掴み易い道具をくれよ。こんな重い箸だと失敗す、」

「図々しいぞ真鍋。自らの命を自らの力で延命させてみせろ。不要なら返せ」

 いえ、そういう趣向なら有り難く使わせていただきます。


 シキモは気に入らなそうに一息吐き、

「その汚いロウソクを挟んで、新しいロウソクに炎を移せばいい。途中、落としたりして消してしまえば、その時点で貴様は死ぬぞ? くくく……くくく……」

 ニヤッと笑ってみせるシキモの顔が、ロウソクの明かりに照り、ゆらゆらと揺れる。

 その顔、雪女かと。

 シキモは狂気に満ちた美人へと変貌する。

 これが死神の真の姿か。

 異様に誘惑的で吸い込まれる魅力に心を凍らせる極限の幽玄美。

 激しく恐怖心を煽られて俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「自分の命を取り扱うとは……すげぇ緊張するぜ……」

 火箸の先端で小さくどす黒いロウソクを挟む。

 ——否。

 挟むというより摘むという方が適切だ。


 バチッ、と火花が散る。

 ビビる俺。

 そんな俺を取り囲んで見守るりっちゃん、らう、シキモ、ふぅちゃん。

 シキモとふぅちゃんは、「失敗しろ〜失敗しろ〜」とニヤニヤ笑っている。

 りっちゃんは雰囲気に飲み込まれちゃって放心状態で俺を見、らうは心底心配そうに、応援する眼を俺に向けている。


 黒い煙が上がるロウソク。

 火箸でスッと摘まみ上げる。

 溶けて墨汁のようなロウがポタポタ滴り落ちる。

「————ッ!」

 頬が引きつる。

 背筋が寒い。

 手が震える。

 火箸も震える。


「真鍋、ロウソクが震えているぞ?」

 明かりに照らされて浮かび上がるシキモの顔がニヤニヤ笑っている。

 話しかけるな。今は、話しかけるな……。


「ほぉれぇ、手元があぶないぞ? ひょっと落としたら……くくく……」

 やめろよ……やめてくれ……。うわぁ……。

 火箸で摘んでいるロウソクがヤバい。

 燃え尽きそうだ。

 黒く汚いロウが火箸の先にこびりつく。

 手に力を入れると、ロウソクがヌルっと飛び出すに違いない。


 なんで、どうして、何故に俺はこんな状態に……。

 悔やみきれない。

 部屋で静かにひきこもっていれば良かったんだ。

 ニートはニートのままでよかったんだ。

 ゴミクズならゴミクズなりの生き方があっただろうに。

 嗚呼、どこで道を間違えたのか。

 俺は俺自身の寿命を、命を……新たなロウソクへ移さなければならん。


「………ん……んん」

 クッソ。

 こんな時に鼻がムズムズする。

 風邪だ。

 鼻水が垂れて来たんだ。

 うわわわっ、めっちゃ鼻をかみたい!

 というか、くしゃみが出そうだ!


「くくく……真鍋ぇ? 鼻が痒そうだな? 貴様の死因は、やっぱり風邪だな?」

「!? あっ! そういうことか!!」

 ちくしょう仕組まれていたのか! 計略だったのか!

「ふぁ……ふわぁ……」

 我慢しろ俺!

 今ここでくしゃみをしたら、炎を消してしまう!!

 くしゃみ=自殺だぞ!


「ゆーくん堪えて!」

「くくく……死ぬのか? 吹き消してしまえ!!」

 駄目だ! もう限界——


「ぶわっくしょん!!」

 俺、終了。


「……ん?」

 かと思いきや、

「お? 生きてるぞ?」

 奇跡が起きた。何ともない。

 体に何の異常もない。

 どういう事だ?


「ぎゃあああああああああ!!」


 俺の隣で悲鳴を上げたのは、りっちゃん。

「なんてことしてくれてんの!?」

「ど、どうしたっ、」


 突然俺はりっちゃんに首を絞められて、

「ゆーくんの汚い下品な炎が燃え移ったあああああ!!」

 いやいや、俺は燃え移させようと必死になって頑張っていたんだが!?

「違うわよ! どこに燃え移してんのよ!! 馬鹿じゃないの死ね、1人で死ね!」

 俺の頭を掴んで首をグイッと回したりっちゃんが、

「よく見なさいよ!!」

 と己のロウソクへ目を向けさせた。

 そして俺は見た。

「ああ!? 俺のロウソクが、りっちゃんのロウソクと合体して、バチバチ燃えている!!」


 つまりこういうことである。

 俺がくしゃみをしたせいで、火箸の先からヌルっと飛び出したロウソクが、りっちゃんのロウソクの上に着地して、合体。結合。一体化。融合。

 ロウソクが溶けて混ざり合い、俺の炎とりっちゃんの炎が一本になった。

 炎は、まるで踊り狂ったかのようにボウボウと音を立てて燃えている。


「これで俺とりっちゃんは正真正銘の運命共同体だ! おめでとう! よかった!」

「よくないわよアホー!!」

 両頬を抓って引っ張ってくるりっちゃんは、

「どうしてくれるのよ! ゆーくんと一緒の命なんてイヤっ!」

「イデデデ! 離してくれー!」

 頬が引きちぎれる!


「私だってゆーくんの命がこの女の命と一緒になるのはイヤっ!」

 らうも声を上げる。

 お前らゆーくんゆーくんうるせぇ! その言い方、幼く聞こえるからやめてくれ!


「シキモ何とかしてよ! ゆーくんの命を切り離せないの? ゆーくんを助けるためなら女の命を消してもいいから! このままじゃ私、ゆーくんから養分吸い取れない!」

「なに!? それは本当か!」

 今、養分を吸い取れないって言ったな?

 らうのヤツ、俺とりっちゃんのロウソクの炎が同化して命が一緒になった事で、養分を吸い取れないらしいぞ。

「この貧乏神なんて言った!? ゆーくんを助けるためなら命を消しても? 誰の命を消すって!」

 りっちゃんがブチギレた。

 俺をポイッと脇へ除けると熱り立ってらうに食らいつき、

「この乳デカ女! もう一度言ってみなさい。さっきから乳の臭いがプンプンすんの。乳臭いから消えなさい!!」


 これにはらうもプッツンとキレて、

「人間のくせに生意気言って! 金勘定して付き合う男を決める女がピーピーうるさいのよ! 稼げなくなったら慰謝料をふんだくって離婚する下女めっ!」

「男に寄生しなきゃ生きていけない悪神よりマシよ!」

「付き合うのはイケメンで、結婚するのは金持ってるブサイクでしょ!」

「ゴミクズ人間に付随している神クズがうるさいわ!」

「金次第で股をひらく遊女が黙ってなさい!」


 うわぁ……。

 女のケンカは怖い。

 怖いうえに醜い。醜過ぎる。

 手を出せばバチが当たる事をりっちゃんは既に把握済み。

 そんなもんだから罵詈雑言の雨霰。

 だが、ここでりっちゃんが勝負に出る。

「おほほほ! 悔しかったらゆーくんから養分を吸い取ってみなさい! 吸えないんでしょう? ってことはつまり、貧乏神が取り憑いていないも同じ。ゆーくんはどんどん意欲が湧いて活力が戻ってくるし、死んだ目も生き生きとした目に復活! 乳臭い貧乏神から有望株のゆーくんを取り返して結婚すんのよ、バーカバーカ!」

 りっちゃんはらうを罵って勝利宣言。鼻を高くする。


 おや?

 たった今まで、りっちゃんは俺の事が大っ嫌いだったような態度だった。が、どうやら違うらしい。

 可愛さ余って憎さ百倍とでも言おうか、好き過ぎて逆に嫌い……みたいな? 

 はははー、そういう事だったのか!

 有望株という単語が金勘定を指しているようで気にかかるが、それでも俺は、りっちゃんに必要とされていると思えば嬉しく思う。乙女心は理解に苦しむぜ。


「これからゆーくんは人生を軌道修正して立派な人間になるの!」

 さらに攻め立ててだめ押しを得ようとりっちゃんはらうの扱き下ろしにかかる。

「高3の時から取り憑いているとかまったく話にならないわ。こっちは生まれたときからゆーくんと一緒にいるの! 保育園から小中高、そしてこれからも苦楽を共にするの。どこの馬か牛の骨か解らない乳臭い貧乏神に取られてたまりますか! ゆーくんの事を何一つ知らないくせに、偉そうな顔して言わないで欲しいわね!!」

 ズドーン、とデカいのを一発喰らわせる。

 幼馴染みに有利な「一緒に育ってきて、これからも一緒だよ」という精神攻撃が炸裂。

 らうの深層心理へ風穴を開ける。


 と、この一撃に怯むらうではあるけれども、

「……ッ! そ、そんなこと……」

 ググッと持ちこたえた。

「それがどうしたって……言うの」

 と、らうは、横目でチラリ俺を見る。

 その目つきはまるで秘密事項を言おうか言うまいか躊躇するよう。

 ——非常に嫌な予感がする。

 俺の第六感だ。

 言わせてはならないと肌で感じるのだ。


「らう、お前は何を言うとする?」

 俺が押さえつける言い方で問うと、

「ゆーくん、私……」

 らうは、ぽぅと顔を赤くした。と同時にキリリと締まった顔には決心したものが窺える。

「私、ゆーくんに取り憑いてから今までの生活をずっと見て来たよ? ゆーくんにいろんな趣味があるの、この女よりいっぱいいっぱい知ってる……!!」

「趣味、ですって?」

 りっちゃんが驚愕した。

 同じく俺も。


 というのも、俺に趣味と言える趣味はないからだ。プラモデルを作ったりだとか、体を鍛えるだとか、読書、音楽その他諸々齧る程度で全て三日坊主。長続きしたものは一切ないのだ。

「ゆーくんは、インターネットを巡回して……」

 ギュッと握りこぶしを作ってらうは、俺の秘密を晒したのである。


「ネット巡回で、豊乳娘のえっち動画とえっち画像を収集するのが趣味なの!!」


 俺、社会的に終了。

 今ので軽く抹殺されました、はい。


「ゆーくんはそんな貧相なおっぱいの女なんか好きじゃないの!」

「なっ!?」

 ハッとして、りっちゃんは己の胸に手を当てた。

 いや、もうね……どうでもいい。この状況でおっぱいの大きさなんて……。

 しかもそれ趣味じゃねーし。

 日課だ。

 嗚呼、そうか。らうは俺に姿を見せる前から部屋にいたのか。当然と言えばそれまでだが、俺の行動はバッチリ監視されていたわけだ。俺がえっさほっさとエロ動画エロ画像の収集を行っている現場を……。

「ゆーくんが右手の恋人とイチャイチャしてるのも……」

 ぽぽぽっ、と赤面するらう。

「言うなああああああ! 1人でしている事を言うなあああ言っちゃ駄目だあああ!!」

 俺は自分のロウソクの炎を吹き消そうとした。羞恥心から自殺を試みる。


「やめなさい!! ゆーくん1人の命じゃないのよ!」

 慌ててりっちゃんが止めに入る。

 死なせてくれえ! ふー! ふー! 炎に息を吹きかける。

 さっきは消えそうだったのになんで消えねえんだよ!


「それに!」と、らうは言い続ける。まだ、らうのターンだった。もう勘弁してくれ。


「私はゆーくんと寝起きを一緒にしているんだからね!! この前なんか、ゆーくんが漏らしたうんちを、私が掃除したから!!」


 今度は刻が止まった。

 俺は心臓が止まった。

 今の爆弾発言で周囲にあるロウソクの炎が幾つか消えたかもしれない。

「……らう、なんて事を言ってくれたんだ」

 俺に生き恥を晒せというのか!

「違うの!」

 首を横にぶんぶん振ってらうは、火照った顔で恥じらいながら、

「だって、私、ゆーくんのこと好きだから!!」

 意味不明な言葉を吐き出した。


「冗談言える状況か考えろ! なんで俺がうんこ漏らした事を洩らす、いや、言っちゃうんだ! 墓まで持って行く秘密だろうが!! 機密漏洩だ、ふざけんな!」

「ゆーくんがふざけんなし!」

 突如りっちゃんが俺の襟首をグイッと掴み、

「ケツの穴から何を漏洩してんのよ!? というより漏らした排泄物を貧乏神に掃除させるな! 人間としてどうかしてるわ!」

「く、くるしいよ、りっちゃん……!」

 襟首を掴み上げられ、俺は体が浮いて地面から踵が離れる。

 まるでカツアゲされる側の俺とカツアゲしている側のりっちゃんの構図でいると、

「冗談じゃないから!」と再びらうのターン。

「今日なんかは、ゆーくんと外に出かけて、デートしてきたんだからね! 一緒にご飯たべた!」

「ななななんですって!? ひきこもりニートのゆーくんが、外に出た!?」

 掴んでいた襟首を離して俺を解放するりっちゃん。力が抜けたようだ。

「本当なのゆーくん?」

 りっちゃんは、俺が部屋の外に出た事、らうとデートした事、一緒にメシを食った事に衝撃を受けている。


 俺は、らうとの外出がデートだなんて微塵も思っちゃいない。

 だが、詳しく話をすればデートに捉えられないこともないと考えて、黙秘しておくことにした。それにくわえ、外出時にパニックを起こして町を疾走した事実を隠しておきたかったというのもある。

 いずれにせよ、俺は黙秘を貫いた。喋らなければ誤解される事はない。


 すると、俺とりっちゃんとらうを傍で見ていたシキモが、

「そういうことだったのか……」

 ポツリとつぶやいた。

 一連の出来事を至極冷静に分析したような表情でシキモは、

「らうと真鍋が寺の前を一緒に歩いていたあの時……あれはデートだったのか」

 分析できていなかった。まったくの早合点だ。


 妙に納得のいったシキモの台詞に、りっちゃんは愕然として「専業主婦の夢が……」などと独り言をいって、膝から地面に崩れ落ちた。

 すごく哀れな姿だ。

 その心境を察するに、食事・洗濯・掃除等の家事さえ行えば、あとはのんびりテレビドラマの娯楽観賞や己の買い物をして、エステに通って美を磨き、夜のお勤め三昧で人生をイージーモードで過ごす計画なのであろう。

 無理だが。


「おい、女」とシキモが言った。

 すすり泣くりっちゃんが顔を上げ、涙目でシキモを見上げる。

 シキモは懐から新たな火箸を取り出して、りっちゃんのロウソクの炎を摘んだ。

 不思議な事に、ロウソクのロウも芯もないのに、摘んだ火箸の先には炎が灯っている。

「真鍋の炎を分離した。……この炎を吹き消してもいいが」

 らうが悲しむだろうしな、と言って、俺の炎を新品のロウソクへ移す。

 新品のロウソクに移された俺の炎は踊るように燃えた。


 これで俺とりっちゃんの運命共同体は解消された——ということを理解して、

「ぶわああああああ!!」

 りっちゃんが堰を切ったように泣き出した。

「シキモ……お前やっぱり冷血な奴だな。やり方が陰湿だ」

 数分前に「おほほほ! 悔しかったらゆーくんから養分を吸い取ってみなさい!」と勝利宣言したりっちゃんに、まざまざと見せつける根性の腐ったあたりが、死神である。

「人間ごときが死神に楯突いて出しゃばるからだ。これで用は済んだ。貴様ら、穴に落ちろ」

 警棒の先端で丸く地面に円を書き、ここへ来た時と同じく、ぽっかりと穴が空いた。

 これまた不思議なことに、穴のすぐ下にはりっちゃんの部屋が見える。りっちゃんの部屋を天井から見下ろす形だ。


「帰りは階段を下らないでいいのか。ほら、りっちゃん。無事に帰ることが出来るよ」

 一応声をかけておき、俺は誰よりも先に下界へ戻った。

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