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6 告白と約束

「6 告白と約束」「エピローグ」は同時投稿です。

「陛下!」

「トーコ」

 いつもの白いガウン姿の陛下は、私の手を握っています。私はそのまま引き寄せられました。まるでダンスを踊るように、もう片方の手は腰に添えられています。

 そう、私――陛下と触れあっているのです!

「わ、私、陛下に触ってる」

 ぽかんとつぶやいたとき、やっと理解しました。

「私……死んだの?」

 陛下はうなずきました。

「私とサダルメリクが、見取った」

 呆然としている私の片手を離し、陛下が中空を指さしました。

 そこには例の虹色の渦があり、霊廟の門前の景色がゆらめきながら映っています。サダルメリクが、階段の方を向いて座っているのが見えます。まるで、門番のように。

 そうだ、呪い師さんに何か飲まされて……あれのせいで。

 こんなに、あっけないものなんだ。日本からどういうわけかやってきて、ゼフェナーンの地で、たった一人……。

 私、頑張ってたのにな。

 そう思ったら、涙がこぼれてしまいました。

 自分を外から眺めて、哀れんで泣くなんて。恥ずかしくなり、俯いて顔を隠すと――

広い胸と、大きな両腕に包まれました。

 驚いて、思わず身体を固くする私の髪を、陛下の手がなだめるように撫でています。

「もう少しで、新しい年だった。お前に、一つ年齢を重ねたことを言祝いでやると約束したのに、叶わなかったな」

 小さな約束を覚えていて下さった陛下に、私は首を横に振ることで応えました。そして少しの間、落ちつこうと目を閉じていました。

 ふと気づくと、頬を当てている陛下の胸が、おかしなリズムで震えています。

 ぎょっとして見上げると……陛下は笑っていました。

「済まんなトーコ、まさかお前をこの腕に抱けるとは思っていなかったからな。笑いが止まらん」

 とうとう陛下は、呵々大笑、といった風に笑い出しました。陛下は口が大きいので、何だか食べられてしまいそう。

「何言ってるんですか、その前に説明して下さい! どうしてこうなったのか!」

 私は思わず半泣きになり、握られていない方の手で陛下の胸をぽかぽかと叩きました。

「そうだな。全てを秘したまま別れると思っていたが……全てを話すことができる。同じ死者なのだからな!」

 陛下は嬉しそうです。死んだことをここまで喜ばれると、いささか複雑な心境です。

「何から話すか……そう、私を殺した者だがな」

 陛下はいきなり、ど真ん中に話題を持ってきました。

「カーフォに毒を仕込まれたため、犯人を見ていないのは本当だ。全ては状況から判断したことだが……おそらく私に手を下したのは、現在の皇帝か、その側近だ」

 さらりと告げられたその言葉に、私は驚いて何も言えませんでした。

 弟さんが、先帝陛下を、殺した? 直接なのか、誰かに命じてなのかはわかりませんが、実のお兄さんを? きっと皇帝家の人間関係は複雑なのでしょうが、それでも、なぜ?

 陛下は先ほどからずっと、私の髪や頬をなだめるように撫でています。

「理由を聞きたい、という顔だな。――弟は、シェイを私に渡したくなかったのだと思う」

「ひ、姫を?」

 妖精のような、卵形の美しい顔が思い浮かびます。

「シェイは幼い頃から、皇帝の花嫁になる女として、皇帝家の人間と交流して育った。いつから、弟が彼女をそのように想い始めたのかはわからないが……」

 陛下は、私の目を見つめました。

「シェイが霊廟の中に入らなかったのは、私の死の原因に薄々気づいていたからだろう」

 そうか……陛下が亡くなったのが、自分が原因ではないかと思うと、申し訳なくて入れなかった……?

 姫は、弟さんの気持ちに気づいていた。もしかしたら、姫の方も同じ気持ちだった可能性もあります。でも、結婚に関して女性の側には決定権はないのですから、たとえ姫が陛下より弟さんの方に想いを寄せていても自分からは決して言わなかったでしょう。

 でも、弟さんの方から、踏み越えてしまった……。

「七の月の七日が近づくにつれ、犯人は恐れ怯えただろう。私は誰が自分を殺したか知らないまま死んだ、そのはずだが、何か犯人にとって不利なことを言い遺す可能性は、七の月の儀式を過ぎるまでは消えないからだ」

 そうか。それもあって、陛下は体調を崩している弟さんが犯人の可能性があると……。

「弟が直接、私を殺害せよと命を下したとは限らない。弟に心酔する側近が、勝手に先走った可能性はある。だがそれもまた、配下を御しきれなかった弟の罪だ」

 陛下は静かに、でもはっきりとそうおっしゃいます。

 以前、陛下が「犯人は誰でもいい」とおっしゃっていたのを思い出しました。陛下にとって大事だったのは、誰が実行犯なのかではなく、動機の方だったのでしょう。

「しかしその後、弟がシェイを娶ると決めたことを、私はトーコの調査から知った。一生罪を背負って生きると決意した証だ。シェイにとっても辛い道になるだろう。それを思った時、私は決めたのだ。七の月の儀式で罪を暴くことなく、恨みを遺さず、帝国を見守っていくことを」

「陛下……」

「言っておくが、全て私の憶測だぞ」

 そんなことをおっしゃる割に、陛下はやっぱり尊大にお続けになります。

「証拠を揃えて犯人を糾弾しようというのではない。この私が納得してやった、それで十分だ」

 陛下は、この件に関わる全ての人のために、それで良いと思ったんですね。あの霊廟の小さな空間で、陛下は静かに心を固めておいでだったんだ……。

 私は恐る恐るもう一度、陛下の胸に頬を寄せ、うなずきました。

 かくいう私だって、結局どうしてゼフェナーンに来たのか、わからないままです。でも、私が納得しているから、いいんです。私は陛下をお慰めするために来た――それだけで。

 すると、陛下は投げ出すようにおっしゃいました。

「しかし、だ。やはり帝国を見守るのはやめた」

 私は仰天して、がばっと顔を上げました。

「どうしてですか!?」

「当たり前だろう!」

 陛下は心外だというような調子で、眉をつり上げました。

「トーコが犠牲になったのだぞ!? お前の口元から、私が飲んだものと同じ毒の匂いがした。無理矢理飲まされたのだろう?」

「そ、それはまあ」

「お前が死んだ後、怒りにまかせて霊廟の中で暴れてやったわ。手加減なしに、破壊し尽くすまでな。もう、私が本廟に埋葬されることはないだろう」

「えっ、えっ」

 あああああ。七の月の七日、ダウード将軍に憑依した陛下から、「お前は私を安らがせるためにこの世界に来た」「これからも、気を抜くな。私を守れ」と言われていたのに。私が死んだとたんコレです。本葬までお守りするどころか、私が原因で悪霊認定とは……とほほ。

 陛下は続けます。

「お前を殺した呪い師は、トーコが何者かの間諜で、シェイに近づいたと思ったのだろう。お前がシェイに何かを吹き込むか、もしくはシェイから何か聞き出す前にと、殺害に及んだのだ」

「えっと、あれ? ナウディさんの役割は……」

「ナウディは弟の学友だ。弟から何か打ち明けられた可能性はあるな。そしてナウディは、トーコがシェイの耳飾りを隠しているのを知ってしまったのだったな? そのことを弟か誰かに話したために、あの呪い師が出張ってきた、というところか」

 次々と明らかになる事実(憶測?)に、私は驚きながら言いました。

「ナウディさん、最初は私に、先生と一緒に暮らしてほしいと言ってました。その後でなぜか、自分と一緒に旅に出ようなんて言ってましたけど……」

 私は、嘘をついたことをナウディさんに気づかれた経緯も全て、陛下にお話しました。

「おそらくナウディは、母親にトーコを監視させるつもりで、同居するよう言ったのだ」

 陛下はお続けになります。

「しかし同居をお前に断られ、それなら自分が連れていくしかないと思ったのだろうな。皇帝家から引き離すために。あの男はあの男なりに、お前を救おうとしていたのだ」

「ああ……」

 私は思わず、口を両手で押さえました。

「私の行動で、呪い師さんは犯さなくていい罪を……ナウディさんも辛い思いをしたんですね」

「トーコのせいではない。お前に結婚のことを探らせたのは私だ。やはり、生者であるお前に命令するのではなかった。お前を犯罪者だと、周りに思わせてしまったな。済まない」

 私はしばらく黙っていましたが、やがて首を横に振りました。

「……ナウディさんのためには、それで良かったのだと、思うことにします。もしこれで、私が本当は何もしていなかったと知ったら……ナウディさん、ひどく苦しむでしょうから」

 私の死は、元々あった事件に悪い偶然がいくつも重なってしまったために起こったのです。私自身の軽率もあります。本当なら誰も、私を殺したくなどなかったのに。呪い師さんでさえ、最後まで私を殺さず、記憶を消すだけで済ませようと……。

 でも、私がそれに、抗ってしまった。陛下を、忘れたくなくて。

 どうしようもないことだったとしても、死は遺された人々に大きな傷を残します。

 ハティラ先生……先生には、本当に申し訳ないことになってしまいました。ヘルアさんを亡くしたばかりなのに、私までがこんなことになって、きっとひどくお嘆きになるでしょう。

 ナウディさんが、うまく話してくれるでしょうか。突然現れた異国の娘が、何者だったのかを。例えそれが、真実ではなくてもいいから……。


 ふと、何かに呼ばれたような気がして、私はあたりを見回しました。

 相変わらず、周りは真っ白な宇宙です。虹色の銀河が吸い込まれそうな輝きを放っています。

 何? どこから……?

「トーコ、どうした」

「あ、いえ」

 私は陛下に向き直りました。

「あの、それで陛下はどうなってしまわれるんですか? さっき、本廟には埋葬されないって」

 陛下はさらりとおっしゃいます。

「悪霊に帝国を見守られても困るだろう。火葬され、魂は浄化され生まれ変わる……といったところか」

 火葬……。ん?

 ……火?

「あああーっ! 陛下、火! 天井の、通気口!」

 先ほどを上回る私の仰天っぷりに、陛下はニヤリと笑います。

「そうだ。お前に熾こさせた火を、通気口から玄室に引き入れてやった。私の身体は乾燥し、燃えやすい状態であそこに保存されていた。木造の事務所も破壊して巻き込んだらよく燃えたな。火葬の手間が省けたし、私とトーコもすぐに「ここ」に来て出会えたわけだ」

 そ、それってつまり、私も一緒に燃え……ってことですか!?

「ど、どうしてそこまで!」

 口をぱくぱくさせる私の前で、軽く身体を折った陛下は、荒っぽい動作で私を横抱きに抱き上げました。パニック状態の私は思わず悲鳴を上げます。

 陛下の瞳が、すぐ近くから、強い光をたたえて私を射ました。

「目の前でお前が息絶えていくのを、腕に抱くこともできずに見ていたのだぞ。私にできることは、お前の傍らに即刻向かい、全てを明かすことだけだった」

 あ……。そうです。もし今、この空間に一人ぼっちだったら、私は訳も分からず嘆き悲しむことしかできなかったでしょう。

 でも、陛下が、側にいらっしゃる。

 意識を失う直前、「私が側にいる」とおっしゃった、その通りに。

 すぐ、陛下の視線は柔らかくなりました。

「自覚せよ。ゼフェナーン帝国を見守っていくはずであった先帝の魂を虜にし、自分のものにした寵姫、それはお前だ」

 陛下の唇が、私の額に軽く押し当てられ、そのままそこでささやきを紡ぎます。

「共に次の世に行こう。今度は生きた私の側にお前を置き、二度と離さぬ」

 私は目を回しそうでした。

 同じだったのです。私が陛下を想う気持ちと、陛下が私を想う気持ちは、同じだったのです。

 こんな時になんて言ったらいいのか、知ってる人がいたら教えてほしいです!

「へ、へいかぁ」

 情けない声が出た時――

 また、あの感じがしました。なにかに呼ばれるような、引っ張られるような。

 見上げると、頭の上に虹色の大きな渦があり、そこに一つの景色が映し出されていました。

 走る車、光る信号機、林立するビル。山を背景に立つ風力発電の白い風車、高速道路のジャンクション。そしてそこに暮らす、人、人、人。

 私の、もといた世界です。

「……陛下」

 私は陛下の胸に手を添え、そっと押すようにしました。陛下は察して下さり、私をゆっくりと下ろします。下ろす、と言っても下に地面はないのですが。

「覚えてらっしゃいますか。初めてお話しした時、陛下が、籐子の魂の一部だけがどこか別の場所に置かれているようだ、っておっしゃったこと」

「ああ」

 私は陛下の肩にもたれるようにしながら、言いました。

「生きたまま他の世界にやってきて、そこで死んでしまった私って、どうなるんでしょうか……魂は自分の世界に帰るのかな。それが、自然な気もします。なんだか、あちらから引っ張られるような感じがするんです。そうしたら、陛下と……」

 ……離ればなれに?

「私、陛下ともう一度、ちゃんとお会いできるんでしょうか?」

 また泣き声になってしまった私に、陛下がちょっと怒ったようにおっしゃいます。

「私を忘れないと言ったではないか。約束を違える気か?」

「それは生きてる時に約束したことじゃないですか! 普通の人は、覚えていたくたって、覚えていられないんです……前世の、約束なんて」

 陛下の胸に手を置いたまま、私は涙をこぼしました。

 陛下はしばらく黙っておいででしたが、あたりを見回して言いました。

「ここは、不思議な世界だな。すべての世界がつながっているようだ。それならば、私とトーコのつながりも、切れるわけではあるまい。サダルともな」

 そして、私に向き直ると、両手を奇妙な形に組み合わせてから、私の額にかざした大きな右手を軽く握ってご自分の額に当てました。

「あ」

 見覚えのある呪い。その呪いは……。

 私が気づいたことに気づき、陛下が微笑みます。

「これでお前は、私の元に迷わず戻って来るというわけだ。望むと望まざるとに関わらず、な」

 私は微笑みを返しました。

「……私にも、やらせて下さい」

 陛下は少し驚いた表情でしたが、私がうろ覚えで手を動かすと、すぐに正しく直して下さいました。

 手を下ろし、陛下を見上げます。開いた唇が、震えました。

「これで、陛下も、私を見つけて下さいますか? もしも私が忘れてしまっても……見つけて下さい。私を、探して……」

 陛下にまだ、気持ちを伝えていませんでした。これが、私からの、精一杯の告白でした。

 直後、強く引き寄せられ、抱きしめられました。声が耳に響きます。

「必ず見つける」

 私は半泣きで、うなずきました。


 視線を巡らせると、虹色の渦の中にサダルメリクの姿。そう、私が迷子になっても、私を見つけてくれそうな力強い存在がもう一つあったんでしたね。

 サダルメリクとその周囲が、優しい光に包まれて見えてきた気がしました。ゼフェナーンを、朝の光が照らし始めたのです。

 ふっ、と、力が抜けていくような感じがしました。はっと自分の身体を見下ろすと、きらきらと光る何かの粒子が、外へと拡散していきます。

 そう、ゼフェナーンでは肉体を失った魂は、朝の光とともに新しく生まれ変わるのです。

 陛下の身体も、同じように光を発していました。そのお姿が、どんどん薄れていきます。


「必ずだ」

 陛下の声。


 はい。必ず。


 私の返事は、届いたでしょうか――。

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