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娘は陛下の眠りを守る(墓守OLは先帝陛下のお側に侍る)  作者: 遊森謡子
第5章 鎖をかけて、呪(まじな)いをかけて
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3 今後の身の振り方

 ハティラ先生の家に戻り、手伝いをしながら午前中が過ぎていきました。

「ごめんトーコ、手伝ってもらって」

 ナウディさんに言われ、私は流しに置かれた桶の中で食器を洗いながら答えました。

「大丈夫。ナウディさん、クレエラ、仕事? 急いで帰ったですか?」

 昨日、ナウディさんが馬で駆けつけたのを思い出したのです。きっとまた仕事で首都クレエラに行っていて、知らせを受けて急いで帰ってきたに違いありません。

「そうよ、ナウディ。陛下が困っている時だし、早くクレエラに戻らないと」

 少し落ち着いたらしいハティラ先生が、そんなようなことを言い、私は首を傾げました。

 皇帝が困ってる?

 ハティラ先生は私を見て、微笑みました。

「ナウディと陛下、一緒に勉強した友達。ナウディ、陛下のお話を聞いて助ける」

「え、そうなんですか!」

 私はびっくりしました。つまり、皇帝にとってナウディさんは、いわゆる「ご学友」だったということでしょう。ナウディさんは、眠れない、食欲がないという皇帝の、何か悩み事の相談に乗っている……そういうことかしら? 頼りにされてるんだなぁ。

「ナウディさん、すごい」

 私は感心して言いましたが、ナウディさんはくるりと目を回して苦笑しただけで、「馬を見てくる」と出ていってしまいました。

 あまり、触れられたくない話題なのかな。皇帝の悩みなのだから、他には漏らせないような深刻な話なのかもしれません。


 昼食の後で、親族の方たちはハティラ先生を励まし励まし、帰っていきました。

 私もそろそろ寮に戻って休まないと、明日の仕事もあるし……と思いながら昼食の片づけをしていると、外からナウディさんがやってきました。

「トーコ、いい?」

「はい」

「もし、トーコが良かったら、だけど」

 ナウディさんは言葉を選びながら、言いました。

「しばらく、ここに住まない?」

 私が「え?」と首を傾げると、ナウディさんは続けました。

「俺は、年明けから、ここを離れなくてはならない。母を一人にしておくのも心配だし……」

 ああ、と私は戸口の方へ視線を投げました。

 ナウディさんは、年明けにはコーヒー農園を監督しに旅立たなくてはなりません。ヘルアさんを失って、気落ちしているハティラ先生を残していくのが心配なのでしょう。

 そういうことなら……と了承しかけた私は、あっと口を押さえました。

 ほら、クレエラで、ナウディさんと私はどういう風に見られてたっけ?

 私はためらいがちに、言いました。

「あの。私、ここに住む、みんな、ナウディさんの妻、思います。間違えます、ですね?」

 ますますナウディさんに、お嫁さんが来なくなってしまうではありませんか。

 ナウディさんは、ちょっと茶化すように笑いました。

「そうだね。まあ俺は、次に俺がここに帰った時、トーコが迎えてくれたら嬉しいけど」

 私はちょっとドキッとして、まじまじとナウディさんの瞳を見つめました。彼は「ん?」と言うように見つめ返します。

 ……私には、そこに恋情を見つけることはできませんでした。つまり、ナウディさんが私を好きで言っているという風には、どうしても見えないのです。

 間違われても全然構わないのかしら? 誰とも結婚する気がないのかも。それに、ナウディさんと私が一緒に暮らすわけじゃないんだから……。

「トーコが困るかな」

 尋ねられ、私も自分が困るかどうか考えました。

 別に私は、ゼフェナーンで誰かと結婚したいと思っているわけではないので、ナウディさんと夫婦だと思われても構いません。もちろん、これから誰かを好きになって……という可能性は……ある……のでしょうか?

 ふと、なぜか、苦虫をかみつぶしたような先帝陛下のお顔が思い浮かび、私はちょっとおかしくなりながら思考を元に戻します。

 しばらくここに住む……しばらくって、どのくらいかしら。ナウディさんが戻ってくるまで? もしその後に私がここを出たら、他の人には離婚したって思われちゃうんでしょうか。

 ううむ。なんだか、私の今後の身の振り方に影響してくる気がしてきました。

「えーと、私、考えます。今日は」

「うん。急がなくていいんだ。手伝い、本当にありがとう」

 ナウディさんの両手が、ぽんぽん、と私の肩を挟むようにして叩きました。


 翌朝、夜の隅っこの方がほんのりと色づき始める時刻。

 身支度をして寮を出ると、少し離れた草の陰にうずくまっていたサダルメリクが目を光らせ、むっくりと起き上がりました。翼を二、三度はためかせ、その場でぐるぐる回っています。 

「おはよう、サダルメリク。昨日はごめんね」

 私は彼を落ち着かせるために首をわしわしと撫で、それから背中に乗せてもらいました。

 草の海の上、滑空するサダルメリク。後ろで一つに結んだ私の髪がたなびきます。

 サダルメリクは、陛下が本廟に移ったらどうするのかしら。彼のことだから、本廟にもついていって気ままに過ごすのでしょうけれどね。

 私がこの背に乗せてもらうことは、きっとなくなってしまうだろうな……。

 少しずつ色鮮やかになって行く草の海を、私は目に焼きつけました。


 霊廟に到着し、火口箱とともに首にぶら下げた鍵を手に、入り口の門を開けます。中に入ると、私はぺこりと頭を下げました。

「おはようございます。昨日、急にお休みして申し訳ありませんでした」

「何があった」

 耳の真横から声が聞こえて、私は「わっ」と斜め方向にのけぞって背中がつりそうになってしまいました。もちろん、陛下です。近い近い。

 ヘルアさんが亡くなったことを話すと、陛下は軽くため息をつかれました。

「そうか。花は確認したが……また、お前が熱でも出したかと」

「ご心配おかけしました、私は何ともないです」

「死ねば、身体など壊さぬぞ? どうだ?」

「何の勧誘ですかそれ……」

 私はちょっと呆れてかまどの前に屈みこみながら、そうだ、と陛下に尋ねました。

「それって、陛下みたいに霊になるという意味ですよね。でも、ヘルアさんは夜のうちに火葬になって、朝の光とともに生まれ変わったって、ナウディさんが言ってました」

「…………」

 陛下は黙って、私の手元を見つめています。

「陛下は、火葬じゃなかった、のですよね。ここにいらっしゃるから、生まれ変わってもいないし、これから立派な霊廟にお入りになるんだし……」

「そうだな。トーコも火葬ではなく、私のように棺に入れば良いということになるな」

「入れば良いって、何が良いんですか何が」

 私は突っ込みを入れながら、やっぱり陛下とヘルアさんとでは、宗教的な考え方として死後にどうなるかが全く違うんだ……と思いました。

「たぶん、私は今死ぬようなことがあったら、火葬されるんじゃないでしょうか」

 火を起こしながら私が言うと、陛下は

「遺言を書け。トーコの故郷では火葬は許されないとか何とか。そして私の廟に共に入れ」

なんておっしゃいます。不可能に決まっていることをおっしゃる時は、陛下がお話をはぐらかそうとなさっている時です。

 私は話を変えることにしました。

「そうだ、私、ハティラ先生のお宅に住まないかって誘われたんです」

「何? その教師の家には、あの男もいただろう」

 陛下が片方の眉をはね上げます。私は立ち上がって説明しました。

「ナウディさんがコーヒー農園の監督に旅立つので、代わりに私がハティラ先生のそばに、っていうことです。あ、でも結局、いつ出発するのかしら。陛下の体調もあるし……」

「私の体調?」

「あ」

 しまった、と私が口元を押さえると、陛下は軽く目をすがめて言いました。

「現皇帝だな? 病気なのか?」

 弟さんの心配をさせないよう、言わないでおこうと思ったのに……馬鹿、なんて口が軽いの。

 けれど、言ってしまったならちゃんと説明しないと、よけい気にかかるでしょう。私は落ち込みながらも言いました。

「はい……あの、お医者様は大したことはないとおっしゃってましたが、眠れないとか、食欲がないと聞きました。かつてのご学友だったナウディさんが、相談にのっているとか……」

「…………」

 陛下は黙りこくって、何か考え込み始めました。

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