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5 ナウディと弟帝

 初めて仕事場に行った時、皇帝の霊廟にしては小さいな、と感じたのが思い出されます。

 一周忌には本葬が行われ、先帝陛下のご遺体は大きな霊廟に移る。きちんと本葬された後は、今までと違って大勢の参拝客が訪れる。ナウディさんの説明だと、そういうことになります。

 何故か、不安な気持ちになりました。どうしてでしょう、今の説明におかしな所など何もなかったのに。今までのように霊廟を忌避されることがなくなるなら、喜ばしいことなのに。

 表情を決めかねて戸惑っている私を見て、ナウディさんが

「……トーコ? 大丈夫か?」

と軽く肩を叩いてくれます。私はこくこくとうなずきましたが、返事が思い浮かびません。

「トーコ、アルドゥンさんに、お墓の仕事好き、ずっとやりたい、言いましたね」

 ハティラ先生が、私の顔を心配そうにのぞきこみながら背中をポンと叩いてくれます。

「もっと言葉が上手になれば、こういう所で働くこと、お願いできます。頑張りましょうね」

 私はかろうじて微笑んで、うなずきました。

 そうか。ハティラ先生はもしかして、先帝陛下が大きな霊廟――本廟? に移ることを私がとっくに知っていると思っていたのかも。その上で、私がアルドゥンさんに「お墓の仕事をずっとやりたい」と言ったから、私が本廟での仕事を視野に入れていると思ったんですね。

 それで、やる気を出させるために、私をここに連れてきて下さった……自分の未来の姿をイメージさせるために。買い物の時に地味なアクセサリーしか選ばなかったので、ここの女官の姿を見せて「このくらい派手でも大丈夫よ」っていうのもあったのかもしれません。

「私、先帝陛下の大きなお墓で、働く、できる……?」

 つぶやくように尋ねると、ハティラ先生は「もちろん!」とうなずきました。

 ――けれど、私にはそうは思えませんでした。

 今でさえ参拝の方に色々と失礼をしている上に、日本でもどんくさかった私に、こんな大きな仕事など勤まるのでしょうか。また、会社にいた頃と同じようになるのではないでしょうか。

 せっかく連れて来ていただいたのに申し訳ないのですが、私は気後れを感じるのと同時に、急速に自信を失いつつありました。

 

 ミルスウドに帰りついた時には、もう夕食時でした。

 寮の食堂が閉まるギリギリの時間だ、と思っていたら、ヘルアさんが私の分まで食事を用意して下さっていました。ありがたくごちそうになり、ヘルアさんに先日お世話になったお礼を渡したりしているうちに、時刻は『藍の刻』から『紫の刻』に差し掛かりました。

「もう遅いから、送るよトーコ」

 学院の寮に帰る私を、ナウディさんが送って下さることになりました。

 ハティラ先生の家を出て四つ辻を曲がったら、後は学院まで一本道。民家から漏れるわずかな灯りと、ランタンを頼りに歩きます。涼しい夜風が、髪をわずかに揺らします。

 私は頭の中で色々と確認してから、ナウディさんに尋ねました。

「ナウディさん、前に、先帝陛下の霊廟、お参り来ました。先帝陛下、好き? 大事ですか?」

 ナウディさんと初めて会ったのは先帝陛下の霊廟ででしたが、クレエラに向かう途中にわざわざ寄った様子でした。陛下もナウディさんをご存知のようなので、お二人の関係を聞いてみたくなったのです。

「ああ、うん。先帝陛下には、何度かお会いしたことがあってね」

 ナウディさんはうなずいて、説明して下さいました。大体のところで言うと、ナウディさんが各地のカーフォ農園を見て回り、その様子を宮殿に報告に行ったら、先帝陛下が直接話を聞きたいとおっしゃってお会いになったようです。そして、「次はこんな点に注意して見て来て欲しい」というようなことを言われ、次にまた報告に戻った時にもお会いした、と。

「人と仕事を、合わせるのが、とてもうまい方だった。わかる?」

 簡単な言葉とジェスチャーで説明して下さるナウディさんを見上げ、私はうなずきます。ナウディさんは『適材適所』のことを言っているのでしょう。

「私、先帝陛下、知りませんが、霊廟で働く。先帝陛下いい人、嬉しいです。ありがとう」

 生前の先帝陛下についての素敵なお話を聞けると、「最悪な皇帝だった」とか言われるよりはやっぱり、管理人として嬉しいです。働きがいもあるというものです。

 私はそう言って微笑みかけ――けれど、物思いに沈んでしまいました。

 もしかしたら、本葬の後は、陛下のお側にはいられないかもしれない。だって陛下にもあんな立派なお墓ができるなら、そこで働きたい人もいるはずです。私よりよほど立派な女官が。

 その時はせめて、時々参拝に伺って……そう、参拝客として行けばお会いできるのですから。

「どんな人が来る?」

 ナウディさんの声に、はっ、と我に帰りました。彼は私の顔を覗き込んでいます。

「霊廟に。いつも、どんな人が来るの?」

「え? えーと、近くの集落の人、来ます。時々、宮殿の制服の人も。虎のお世話の人も」

 そう、本当に時々ですが、サダルメリクの様子を見に、以前来た飼育係の人も来るのです。

「それから、ダウード将軍……あ」

 私は思わず、口元に手をやりました。そういえば、言って良かったのかしら。

 ナウディさんはごく普通に、相槌を打ちました。

「ああ、あの方は来られるだろうね。それから?」

「ない、です」

 呪い師さんが来たことは、黙っておくことにしました。もちろん、姫のことも。

「今の陛下、どんなですか?」

 私は逆に、質問してみました。あの先帝陛下の弟さん、どんな方なんでしょう。ナウディさんは先帝陛下と同様に、現在の陛下ともお会いしているんでしょうか。

「ああ、まだ少し具合が良くないらしい」

 私は人柄について「どんな」と聞いたつもりでしたが、ナウディさんは体調の意味で取ったようです。

「眠れるようになれば、もっと食べられる、と思う」

 ……陛下、あまり眠れていない?

 不眠、食欲不振、と来ると、私みたいな素人は「ストレスかな?」と思います。自分も経験ありますから……なんて、私なんかと比べるのもアレですけれど。先帝陛下が若くして亡くなったので、急に即位されて大変な思いをしてらっしゃるんじゃないか、とか。

 それにしても、仕事以外にこんなプライベートなことまで知ってるなんて、ナウディさんは現在の皇帝とずいぶん近しいんですね……。

 そうこうしているうちに、学院の前に到着しました。

「ナウディさん、ありがとうでした。クレエラ、とても楽しい。また行きたいです」

 お礼を言って頭を下げると、ナウディさんは言いました。

「俺、また近いうちに仕事でクレエラ行くよ。七の月の――の後とか、何回か。また一緒に行く? 年が明けたら、俺はミルスウドを離れるし」

 一部聞き取れない言葉がありましたが、ナウディさんは年が明けたらミルスウドを離れ、農園を巡回する旅に出るんですね。それまでにクレエラに行く用事がある、と。忙しそう。

 でも、また一緒に、って……えーと。まさか、二人で、って意味じゃないですよね……?

「私、たくさん、言葉を勉強。たくさん遊ぶ、ない。ダメ」

 私はちょっとおどけた風に言ってみました。遊んでばかりいたら、なかなか言葉を覚えられませんからね! というニュアンスです。

 ナウディさんは特に気を悪くした様子もなく、「頑張るなあ。じゃ、おやすみ!」と来た道を戻って行かれました。


翌朝、三日お休みした職場に、私は再び気を引き締めてやってきました。今日は色々と、陛下にお聞きしたい事があります。

「おはようございます」

 しっとりした朝の空気の中、門の鍵を開けて声をかけます。霊廟の裏手に向かうサダルメリクを見送ると、入れ違いのように先帝陛下の白いお姿がすうっと現れました。

「無事に帰ったか」

「はい。こちらは、お変わりなかったですか?」

「ない。医者は何と言っていた」

「あ、何も悪い所はないそうです。ご心配おかけしました」

 私が軽く頭を下げると、陛下は「うむ」とうなずかれました。

 ……現在の皇帝陛下の体調のことは、先帝陛下には言わない方がいい、ですよね。心配をおかけするだけですし、大したことはないとお医者様もおっしゃてったし。

「ところで陛下? どうして教えて下さらなかったんですか?」

 管理小屋に入り、胸に下げて持ってきた火口箱を使ってかまどに火をおこしてから、私は立ち上がって陛下にちょっとうらみがましく言いました。

「何をだ」

 入口に寄りかかるようなポーズの陛下。私は明るい口調を心がけます。

「大きな霊廟に移られることですよ。陛下のお父様の霊廟を拝観して、もう本当にびっくりしたんですから!」

 少し、間がありました。

「……ああ……父上の廟に行ったのか。そういえば、お前の国とは違うのだな」

 歯切れの悪い陛下。どうなさったのでしょう。

 本当は、「大きな霊廟に移ったら賑やかになりますね」とか、「美人女官が来てくれるといいですね」とか言おうと思っていたのですが、何となくそんなことを言う気も失せて……。

 私はただ、言いました。

「私はお仕えできるかわかりませんけど……もしお仕えできなくても参拝に伺いますから、お話させて下さいね」

 陛下は黙って、私をじっと見つめています。私はちょっと、居心地が悪くなってきました。

「あの……何でしょうか?」

 言うと、陛下は軽く顎を上げていかにも私を見下すようなポーズでおっしゃいました。

「いや。お前がやっと、ここの仕事以外にも目を向け始めたかと思っただけだ」

 陛下……もしかして、また何か隠していらっしゃるのでは?

 そうは思ったものの、私も隠していることがなくもないので、突っ込まないことにしました。

 そう、月命日の夜に、陛下に内緒でまたここに来ることです。その日はもう、十日後に迫っていました。

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