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3 首都クレエラの宮殿

 数日後、私はハティラ先生とナウディさんと共に、馬に乗って首都クレエラに向かいました。

 一人で馬に乗るのは初めてだったけれど、ちょっとロバにも似ている小さな馬はおとなしく、先生親子の後を従順についていきます。

 普段馬に乗っていないハティラ先生が、「お尻が痛い!」と何度も声を上げ、そのたびにナウディさんに「またか!」と言われながら休憩。でも私もちょっと辛かったので、助かりました。普段乗っているサダルメリクの乗り心地がいかに素晴らしいか、再認識してしまいます。

 草原の向こうに白と茶色の街並みが見えたときには、午後の陽が傾きかけていました。


 宮殿には、前回と同じく裏口から入りました。門衛の兵士さんとハティラ先生の会話にアルドゥンさんの名前が出たところを見ると、すでに話は通っているようです。

 絵入りのタイルが点々と嵌めこまれた白壁の渡り廊下をいくつも渡り、客間のような場所に案内されました。衝立の向こうには寝台もあって、宿泊できそうです。

 すぐにアルドゥンさんがやってきて、緊張していた私はホッとしました。

「トーコ、元気ですか」

 相変わらず穏やかな雰囲気のアルドゥンさんは、不自由はないか、仕事で困ったことはないかと聞いてくれ、私がたどたどしく返事をするのに「だいぶ話せるようになったね」と笑顔でうなずいてくれました。

「もう少し言葉が話せるようになれば、他の仕事もできますよ」

 他の仕事? 今の仕事に加えて、という意味でしょうか。それとも全然違う仕事を?

 よくわからなかったけれど、私はひとまず答えました

「霊廟の仕事、好きです。もっと、上手、なりたいです。ずっと、やりたいです」

 もっと勉強すれば、先日ダウード将軍にしてしまったような失礼もしなくて済むはずです。

 アルドゥンさんは「頑張って」と言ってくれました。良かった、このまま霊廟の仕事を続けていて良いってことですよね。

 次にハティラ先生が何か書類を見せ、アルドゥンさんと話をしています。どうやら、今学院で学んでいる人の中から、宮殿で採用する人の候補を決めているみたい。私は子どもたちと一緒に言葉を習っているだけなので、あの学院が職業訓練をしているということをついつい忘れてしまいがちです。ハティラ先生、色々とお忙しいんだな。

「ナウディさん、今日、仕事あるです?」

 私と並んで座って待っているナウディさんに聞いてみると、彼は答えました。

「俺の仕事は明日。次に行く農園の、相談をすること」

 そうか、いずれまた、あちらこちらのカーフォ農園を監督する旅に出るんですね。一度行ったら年単位で戻ってこないようですから、ハティラ先生も寂しいだろうな。

 そういえば、ナウディさんは独身のようですけれど、結婚なさらないのかしら?

 少し垂れ目がちの大きな瞳はちょっとつかみどころがない感じだけれど、むさいところもなく細身で背が高くて、言動は少々大げさですけれど、モテなさそうには全然見えません。まあ、こちらの男性はどんなタイプがモテるのかとか、わかりませんけどね。

 ……実は、あちらこちらの港(農園)に奥さんがいたりして。

 下世話なことを考えていたら、ナウディさんに「何?」と聞かれて慌ててしまいました。


 アルドゥンさんが帰っていった後は、三人で食堂に行きました。アルドゥンさんのツケで食事して良いそうです。食堂では華やかな格好の女官さんたちも食事していて、緊張しました。

 客室に戻る渡り廊下から、篝火に照らされた白い宮殿を見上げることができました。宮殿の敷地は階段状になっていて、奥に行くほど高くなっています。一番高い所にある建物は、青や金の絵入りタイルが白い壁に美しい模様を描き、まるで夜空に浮かぶ美しい船のよう。皇帝やそのご一家が暮らすのにふさわしい壮麗さです。

 陛下も、亡くなる前はあそこにお住まいに……。

 そこはとても近寄りがたく見えるのに、今は陛下は霊廟の事務所で、私と並んでスツールに腰掛けておいでです。それがとても不思議で、夢のようで。

 早く戻って、陛下にお会いしたいな。

 そんなことを思いながら再び歩き出した時、何かが気になり、私は庭に顔を向けました。

 廊下の外、庭の隅を、私たちとは反対の方向へ歩いていく一団がいます。黒の上着は裾が膝まであり、ズボンは白。それに、昔の中国の人が被っているような丸い帽子をかぶった四人。前後二人ずついるその四人に囲まれるようにして、上下とも茶色の服を着た初老の男性が俯いて歩いています。

私は息を呑みました。よく見ると、初老の男性は後ろ手に縛られているのです。すぐ後ろをついて歩いているのは、黒づくめの人……呪い師さん……?

 渡り廊下の人たちがそちらに目をやったり、彼らが通り過ぎた後に何かひそひそと話したりしているので、私もその一団が気になったのでした。

「あの人たち、何ですか?」

 聞いてみると、ハティラ先生は一度眉を潜めてから教えて下さいました。

「宮殿の中、何か悪いことがあって、悪い人、捕まった」

 ……じゃあ、帽子の人は警察みたいな?

「呪い師も一緒に、調べます。悪いことしたと言ったら、捕まえて罪を……ええと、支払う」

 先生の説明。そうか、呪い師さんは嘘を見抜くから、警察と一緒にああいう仕事もやるんだ。そして犯罪を犯した人は捕まり、罪を償う。

……宮殿の中だからといって、犯罪が起きないわけではないですもの、ね。人間のいる所ならどこでも……そう、宮殿の一番上の建物でも。

 陛下の死は、どんなものだったのでしょう。あの人たちが調べたのでしょうか……。


 客間に宿泊した翌朝、食堂で朝食を済ませてから、私とハティラ先生はお医者様のところへ、ナウディさんは自分の仕事を済ませに担当部署へと出かけました。

 小さな医務室は以前来た時と同じように、すーっとした清浄な香りに満たされていました。おじいちゃん先生と初老の看護師さんは、私が元気そうなのでとても喜んでくれました。私の健康診断をして下さいましたが、全く問題なし。

「遠くまで来てもらって、悪かったね。本当は、私がミルスウドに行っても良かったんだが」

 お医者様はおっしゃいました。え、そんな、私のためだけにわざわざ?

 恐縮しましたが、お医者様のおっしゃることを要約すると、

「自分もたまには城を出て、ミルスウドの親戚を訪ねるなどしたい」

ということらしいです。そして、ジェスチャー混じりにこんなようなことをおっしゃいました。

「陛下のお加減が優れない時に、宮殿の医者が遊び歩くのもね。まあ、陛下を直接診察申し上げるのは私ではないけれど」

 えっ。陛下って、今の皇帝陛下――先帝陛下の弟さんですよね。お加減が悪いって……。

 ハティラ先生が特に反応なさらない所を見ると、どうやらこれは周知の事実のようです。

「あの、陛下、どこ痛いです? 病気?」

 心配になって思わず尋ねると、お医者様は首を横に振りました。

「たいしたことはない。大事を取って、お仕事を少なくしているだけだよ」

 あ、しまった。お医者様が患者さんの病状をペラペラしゃべったりしませんよね。

 現在の皇帝がどんな方なのか、私は全然知りませんが、早く快復されるといいな。

 私は心の中で、祈りました。お兄さんである先帝陛下の分まで、長生きして下さい、と……。

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