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娘は陛下の眠りを守る(墓守OLは先帝陛下のお側に侍る)  作者: 遊森謡子
第2章 世界と人とをつなぐ香り
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5 町の喫茶店

 その日、もやもやした気分で受けた授業の後、私はハティラ先生から小さな布の袋を渡されました。

 中を見ると、こちらのお金が入っています。赤っぽい銅貨(?)と、白っぽい銀貨(?)。ハティラ先生が「アルドゥン、仕事、お金」という単語を使って何か言っています。

 あ、初給料です! アルドゥンさんが届けてくれたに違いありません。嬉しい! 陛下に報告したいけれど……明日、お姿を見せて下さるかしら。

 先生と買い物の仕方を復習し、私はドキドキしながら町へ出てみることにしました。


 ミルスウドの町は、舗装こそされていないもののとても道が綺麗です。白っぽい固い土の街路、ぽつんぽつんとですが街路樹も植わっています。

 町は真ん中を大きな通りが貫いていて、通り沿いに店が並び、その裏の方に泥煉瓦の住居がある作りです。お店の前面は引き戸になっていて、全て片側に寄せて広く開けてあり、店の前の部分に露台を出して布の屋根を張ってある形がほとんどです。

 カラフルな果物が並ぶ店、大小の籠が山盛りになった露台、袋に入った穀物やスパイスらしきものを量り売りする店。買い物をするお客さんたちは、地味な服装の人もいれば私みたいに色味のある服を着ている人もいます。

 がやがやした喧騒の中、何を買ってみよう、とチラチラ左右に視線をやりながら歩いていた私は、はっとして顔を上げました。覚えのある香りがしたのです。どこから……?

 四つ辻の角を曲がってみると、少し先に木々の緑が固まって見えている場所がありました。近づいてみると、そこはコの字型の建物で、コの開口部が正面を向いており、中庭になっている部分にたくさんの木の机と椅子が出ています。そこで、大勢の大人が何かを飲みながら談笑しています。手前には、カップの絵の描かれた木の看板。

「喫茶店!」

 私はびっくりしました。覚えがあると思った香りは、コーヒーのものだったのです。

馴染みのある香りは、故郷を思い起こさせます。懐かしさのあまり、私はふらりとその店に入りました。あの、私の知っているコーヒーなのかしら?

 喫茶店の中庭の中央には金属製のワゴンがあり、物を載せる部分はタイル張りになっています。そこにある鉄の(かなえ)の上に、注ぎ口のついた銅製の蓋つき片手鍋がありました。鼎の下で、アルコールランプみたいなものが炎を点し、鍋を温めています。

 金額の書かれた板が、ワゴンに立てかけてあります――パン一個の七~八倍ほどの値段です。えーと、飲み物の名前は『カーフォ』と読むのかしら?

 ハティラ先生に教わった言葉の練習のため、私はわざわざ「これを下さい」「いくらですか」と尋ねてお金を払いました。生成りの上下に円筒形の帽子をかぶった男性店員さんが、鍋からカップに黒い液体を注いでくれます。受け取ったら、好きな席に着いて飲んでいいようです。

 中庭の隅の方の席に座って、カップを見つめました。薄茶色の陶器で、金の縁取りが入っていてとても綺麗です。黒い光が中で揺れています。

 私はカップを手にして、コーヒーの香りを確認してから、一口口に含みました。

 …………甘っ! 二口、三口と飲んでからカップをちょっと傾けてみると、下の方、コーヒーの粉とお砂糖でドロドロなんですけど!

 でもそれは確かに、私の知っているコーヒーでした。ガラス瓶に入ったコーヒー豆が、ワゴンに飾られているのも見えます。どうやら、豆を挽いた粉と砂糖を鍋に入れ、そこに水を入れて沸かす、という方法でコーヒー(カーフォ)を抽出しているようです。

 先帝陛下は、私が異なる世界からやってきた、とおっしゃいました。けれど、こうして同じ姿かたちの人間がいて、虎に似た生き物もいて、コーヒーもあります。見上げると、ちょっと幹のよじれた、ベンジャミンに似た木が葉を揺らせています。

 私が来られたくらいですから、二つの世界は、全く関係がないわけではないのかもしれません。私の知る地球の歴史から、異なる方向へ分岐したパラレルワールド……そんな物語も読んだことがあります。何だか、今までよりこの世界を身近に感じられるような気がしました。

 喫茶店の庭をぐるりと見回すと、テーブルでカードゲームに興じている人もいますし、旅行者なのか大きな荷物を足元に置いてコーヒーを飲んでいる人もいます。建物の壁に何枚も張り紙がしてあって、それを読んでいる人もいます。

 その中に、アルドゥンさん画の私の似顔絵つきポスターもあって、一瞬ぎょっとしました。でも、これを見て私を知っている誰かが連絡してくれるかもしれない、ということですよね。

 ここは大きな川沿いの街で、舟も発着します。もしかしてこの喫茶店は、人々の行きかう場所で情報のやりとりもできるような役割を持っているのかもしれません。

 よくよく観察すると、喫茶店のお客さんはいい身なりをしている人ばかり。こちらでは、コーヒーは上流階級の飲み物なんでしょうか。パン一個の七~八倍の値段って高いですものね。

 だとしたら……先帝陛下のような方は、飲まれていたのでは……?

 コの字の建物の中では、豆やコーヒー用の器具なども売られているようです。私は思い切ってそちらへ入り――あるものに目を止め、それを買いました。

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