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 ――「えぇ、確かにジャスティンにはお金を借りましたよ。彼が信じられないような利息をつけているのも知っているわ。でもそれは、彼がビジネスに対してとてもシビアだってことで、決して冷酷だというわけではないの。それに彼は言ったのよ『義理とはいえ自分の両親相手に、借りた金を返してくれなんて、そんなことは悪魔でも言いませんよ』って」


 甘い言葉で両親を懐柔したジャスティンは、両親が「悪魔(ジャスティン)」に借金までして作った、子どもの為の施設への援助まで始めた。

 それは、悪徳金貸しだったジャスティンが、ミアの両親を味方につけた瞬間であると同時に、ミアの孤立無援の戦いが――つまり、たった一人で両親が借りたお金の返済をする日々が、始まった時でもあった。

 

 いつのまにか、ジャスティンはミアの目と鼻の先にいた。


「僕はいつまで待てばいいのかな」


 少し悲しげに見えるジャスティンは、魅力的と言えなくはない。

 しかし、ミアは知っていた。

 彼が一流の悪魔であると同時に、一流の役者でもあるということを。


「永遠に待っても、私はあなたのもとにはいかないわ、ジャスティン」

「僕と結婚したら『光り輝く黒い羽』は、君のものになるんだよ」


 ジャスティンのその言葉に、ミアは顔を赤らめた。

 

「小さい頃の話を持ち出すのはやめて」

「やめないさ。君が僕の羽をそう呼んだあの夜から、ぼくの心はきみに囚われている」

 ジャスティンの低い声を聞いていると、ミアの心臓の動きはおかしくなる。

 体温調節も上手くいかない。

 足の指先だって、もぞもぞしてくる。

 ともかく、あちこちの調子が狂いだすのだ。


「あんな昔の出来事、いつまでも覚えているなんておかしいわ」


 息を一生懸命吸いながらミアは言う。

 部屋の酸素まで少なくなってきたようだ。


「忘れられるわけない。君だってそれはわかっているだろう?」


 今から十六年前、ミアが八歳の時のある日の夜の出来事だ。

 いつものように、ミアが部屋で一人過ごしていると、窓の外に何かが動く気配を感じた。

 ――もしかすると、あの鳥かもしれない。

 ミアは一年ほど前から、夜空を飛ぶ大きな鳥を目にしていた。

 それは、夜、一人で過ごすミアにとり、楽しみでもあり大きな慰めでもあった。

 ミアは毎晩「あの鳥にまた会えますように」と祈っていた。

 その願いが、もしや叶えられた?

 高鳴る胸で窓を開けたミアの視線の先には、鳥ではなく一人の少年がいた。

 少年は、満月を背に窓の先にある屋根に座っていた。

 そしてその背には、暗闇でも光り輝く黒い羽があったのだ。

 ――悪魔だ。

 すぐにそう分かった。

 ミアが子どもの頃は、悪魔と天使と人間の生活圏の住みわけがされていた。

 そのためミアは、遠巻きにしか悪魔を見たことがなかったのだ。

 それにしても、ここまで美しい羽を持つ悪魔を見たのは初めてだと思った。

 だから、思わず言ってしまったのだ。


「あなたのその光り輝く黒い羽と、私の背中の羽を取り替えて頂戴」


 ミアはジャスティンの美しい羽に憧れた。

 そしてジャスティンは、悪魔に向って羽の交換を申し出てきた天使のミアを、はじめこそ鬱陶しく思ってものの――恋をした。

 ジャスティンがミアに恋をした頃は、異なる種族間で恋愛は許されていなかった。

 天使と悪魔の交流――つまり結婚が許されるようになったのは、ここ数年の出来事なのだ。

 とはいえ、それはまだ人間との間には、そんな話し合いの場さえ設けられていない。

 そのため、天使や悪魔が人間の生活圏で暮らす場合、その正体を隠すことが義務付けられていた。

 つまり人間は、悪魔や天使が本当に存在しているなんて知らなかったし、ましてや自分たちが暮らす隣で彼らも生活をしているなんて思いもよらないのだろう。



「もしかして君は、まだ『初恋の王子様』を待っているのかい?」 

「私にはそんな人、いやしないもの」

「強がりを言って、かわいそうに。彼は君じゃない人と結婚してしまったのにね」

「別に私は、リックのことなんて何とも思ってないんだからっ!」

「ミア。僕はリックなんて名前は口にしてはないはずだけど」


 ジャスティンの言う通り、リックはミアの初恋の相手だ。

 そして、またまたジャスティンの言う通り、少女趣味にも自分はリックと結ばれると思っていたのだ。

 年上で面倒見が良くて、優しいリック。

 ミアは彼のその優しさが、自分だけに向けられた特別なものだと思っていた。

 想うだけで満足しているような幼い恋を温めているミアとは反対に、リックはさっさと自分と生涯をともにすごす相手を見つけていたのだ。

 彼から婚約者を紹介され初めて、この恋の未来を信じていたのはミアだけだと気が付いた。


「ともかく、ジャスティン。私は……」

 ミアが口を開いたそのとき、彼女の部屋の扉が乱暴にノックされた。


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