表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/29

「服、洗わなきゃ」

ミアは足元に落ちた卵の殻を拾うと、アパートメントの階段を上った。

手に持っていた母からの手紙も汚れてしまった。

とにかく、シャワーを浴びよう。

服についたこの匂いは、とれるだろうか。

手紙はさすがに洗えない。

読んだらすぐに捨てるしかないだろう。

ミアが部屋に戻ると、ソファーにジャスティンが座っていた。

毎度の不法侵入だけれど、なにも言う気は起きない。

彼はミアを見た途端、恐ろしい顔で立ち上がりミアのそばに来た。

「誰にやられた?」

ジャスティンがミアの腕を掴む。彼の声はいつにもまして低い。

「あなたには関係ない。近づかないで、汚れるわ」

「そんなのかまわない。誰にやられた。言うんだ」

ジャスティンは手を離さない。

「私がお金を貸した人の奥さん。わたしに借りたお金が返せなくて部屋から出てこないって。ノイローゼだって」

「逆恨みだな。怒りをぶつける相手を間違えている。愚かだ」

ジャスティンが鼻で笑う。

彼は正しい。あの女性が怒る相手は、自分の夫だ。

でも、そういうことではないのだ。

「……あなたには、わからないのよ」

ミアはジャスティンの腕を振りほどく。

「みんな、そんな強くない。お金だって、借りたくて借りたわけじゃない。あの女性だって、本当はこんなこと、人に卵をぶつけるなんてしたくなかったはずよ。でも、そうなってしまうの。わたし、わかる。だから、苦しいのよ」

「ミア」

「帰って。あなたに返すお金はまだそろってないわ」

 ミアはそのままバスルームへ駆け込むと鍵をかけた。


シャワーの蛇口を捻るが、お湯など出てこない。給湯器の元栓を開けていないので当然だ。それでもかまわず、ミアは服のままシャワーの下に立つ。

「逆恨みは、わたしのほうよ」

冷たい水に打たれながらミアはごちる。

ジャスティンはミアの心配をしてくれたのだ。

それに対してミアはお礼を言うどころか、やつあたりをしてしまった。

謝らなくちゃ。

やることなすこと、上手くいかない。

それでも、とことんどん底までみじめな気持ちにならないのは、変な話だがお腹がすいていないからだ。

夕べのジャスティンの差し入れを、ミアは文句を言いつつも食べた。

それが、今のミアの元気を作っている。

ぺしゃんこにならない気力を作っている。

ちゃんと食べないとダメなんだ。

ミアは自分の生活を犠牲にして、お金を貸した。

それが正しいと思っていた。

けれど、あれは、そんな自分に酔っていただけなのかもしれない。

安い善意だ。

自分が健やかでないと、正しい判断や冷静な対応ができない。

仕事に大切なその二つができなくなるような働き方では、だめなんだ。

ここ二週間のミアは、間違っていた。

貸金業を始めて約半年。

ミアは働くことについて、初めて考えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
web拍手 by FC2
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ