外れスキル《屍斬り》で魔物を食材にするおっさん料理人、S級美少女冒険者の専属シェフになる
「今日も今日とて客はゼロ、売上もゼロで、貯金はマイナス……さて、どうしたもんか」
閑古鳥が鳴く店内。
俺は厨房に座り、店の入口を眺める。
扉が開く気配は微塵もない。
「まあ、そろそろ潮時かねぇ」
そんなことをぼやいていると、テレビからニュースが流れてきた。
『郊外に新たなダンジョンが発生しました。政府の迷宮庁は難易度の策定を急いでいます』
ダンジョン……若い頃は一山当ててやろうと躍起になっていたが、結局は無理だった。
外れスキルしかもらえなかったんだから、それも仕方ない。
そんな事を考えていると腹が鳴る。
時計を見れば夕飯時だ。
人間ってやつは、どんなときでも腹が減る。
「……はぁ、仕方ない。なにか食いに行くか」
俺はそうつぶやくと立ち上がり、使い慣れた冒険装備を身につける。
使い慣れたと言えば聞こえはいいが、金が無いから買い替えられていないだけ。
ただの骨董品だ。
「さて、今日はなにが食べられますか」
俺は店を出て、ダンジョンへと向かった。
***
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
俺はダンジョン内を全力疾走する。
その後方には――。
「ぶもぉぉぉぉぉぉ!」
全身が鉄の毛に覆われたイノシシ型のモンスター……メタルボアが全力で追いかけてきていた。
体の大きさは俺の2倍近くある。
どう転んでも勝てる相手じゃない。
「なんでこんな低い階層にこんなやつがいるんだよ!!」
完全に想定外だ。
だが、こんなところでやられるわけにはいかない。
ダンジョン救出費なんかを払わされたら、明日にも路上生活待ったなしだ。
「え? 待て待て待て待て! 行き止まり!?」
しばらく走ると、広い空間に出た。
だが、そこから先に進む道はない。
俺は完全に追い込まれる。
「あのー……お話し合いって出来ませんかね?」
ダメ元で、壁を背にメタルボアに話しかける。
一方の相手は今にも突撃しようと、地面を削るような足の動きを見せた。
「ぶもぉぉぉ!!」
「ひっ!!」
メタルボアの突撃。
俺は目をつぶりながら、最後を覚悟する。
グッバイ我が店。こんにちはダンボールハウス。
だが、次の瞬間――。
「インパクトハンマー!」
少女の声と派手な打撃音。
「ぷぎぃぃぃ!」
そして、メタルボアの断末魔……。
ずさり、となにかが倒れる音が響く。
ゆっくりと目を開けると、メタルボアが倒れていた。
その傍らには、氷でできたハンマーを担ぎ、青を基調にした装備の少女が立っている。
「なんだこりゃ……」
状況的に、この少女が倒したに違いない。 長い髪に幼さの残るクールな顔立ち……女子高生くらいだろうか? こんな美少女がこれほどの相手を倒すなんて、最近の冒険者はレベルが高いんだなぁ。
「大丈夫ですか?」
凛とした冷たさを感じるクールな声。 顔色一つ変えずに、少女は声を掛けてくる。
「あ、ああ、ありがとな。助かった……えーと……」
「星崎ルリナです」
「ルリナさんね……ルリナ?」
その名前に聞き覚えがある。
俺はスマホを確認した。
政府のホームページ。その冒険者名簿を開くまでもない。
トップページのランキング、その頂点にあるのがその名前。
『Sクラス冒険者 絶対零度・星崎ルリナ』
見た目も間違いない。
日本に数人しかいない、本物のSクラス冒険者に違いない。
「なにか問題でも?」
「いや……なんでもない」
「そうですか」
「ああ、それよりなんでこんなとこにSクラス冒険者が……」
言いかけたところで、ルリナさんが膝をつく。
まさか、さっきの戦いで怪我をしたのか?
いや、でも、Sクラス冒険者に限ってそんなことは……。
ぐぅぅぅぅぅぅぅ……。
盛大な腹の音がダンジョン内に響いた。
誰の腹の音かと言われたら、一人しかいない。
ルリナさんだ。
「……すいません。エネルギーの消費が激しくて、すぐに空腹になってしまうので」
彼女は表情を崩さず、エナジーバーを取り出す。
そういえば、聞いたことがある。
強力なスキルを使う代わりに、めちゃくちゃ燃費が悪いく、報酬のほとんどが食費に消えているらしい。
そうなると、俺を助けたことで余計な出費が増えるのは忍びない。
それに、命の恩人なんだからぜひとも手料理でお礼もしたいところだ。
「ルリナさん。待って欲しい」
「……なんですか?」
「俺は料理人でもあるんでな。お礼に料理を作らせて欲しい」
「……料理ですか?」
彼女は無表情のまま、俺をじっと見る。
そりゃ、こんなおっさんの料理なんか警戒されて当然だ。
だから、ここは論より証拠。
さっさと料理を作ってしまおう。
「……材料はどうするんですか?」
「あんたが用意してくれた、生きの良い食材があるからな」
俺はメタルボアの前に立つと、使い古された包丁を引き抜く。
「……魔物の肉は非常食にしかならないと思いますが? それにメタルボアは普通の武器ではその体毛は斬れません」
「まあ、見てなって」
俺は精神を集中する。
目の奥に、調理された極上の料理を浮かび上がる。
……見えた!
「屍斬り!」
撫でるような一閃。
メタルボアの鉄の体毛を、豆腐のようにあっさりと切り裂く。
だが、ここでは終われない。
連続で包丁を振るって、どんどん解体していく。
「終わり!」
解体が終わる。
鉄製の体毛と骨、内臓をしっかりと切り分けた。
残ったのは、ピンク色の極上の獣肉だけだ。
「……今のは?」
相変わらずの無表情でルリナさんが聞いてくる。
「ん? ああ、死体ならなんでも切れるってだけの外れスキルさ」
「……メタルボアの体毛を切り裂くのは十分に凄いスキルだと思いますが」
ふと、昔のことを思い出す。
『死体漁り』と罵られ、誰とも組めずにソロで必死に戦った記憶……でも、あの頃が一番輝いていたのかもしれない。
まあ、もう二度と戻れないだろうけど。
「買いかぶりすぎだよ。こうやって食材を手に入れることしか出来ないスキルなんだからな」
言いながら、俺は座り込む。
荷物袋から携帯コンロを取り出した。
簡易キッチンキットでもあればいいんだが、今の俺には高嶺の花だ。
「さて、じゃあこれ以上待たせるのもあれだから、一気に行きますか」
俺は調理を開始する。
「……なにを作る気ですか?」
「今回作るのは、メタルボアの鉄板焼だ」
「……鉄板は見当たりませんが」
「いや、そこにいいのがあるだろ」
そこは問題ない。
俺はメタルボアの毛皮の表面を包丁でなぞる。
余分な毛が全て切り取られ、立派な鉄板が現れた。
「……やはり見事ですね」
「お世辞をを言っても何も出ないぞ……っと、まずは鉄板をしっかりと温めながら、肉の下処理をして」
軽く肉を叩いて、赤身と脂身の間に包丁で切れ目を入れる。
塩を軽く振って準備完了だ。
「よし、このままメタルボアの脂を薄く引いて……うーん、この匂い、最高だな」
脂を引くだけで、野性味あふれる香りが立ち込める。
そこに下処理した肉を置いた。
「まずは強火で表面を焼き固め……」
じゅうじゅうという肉の焼ける音が響く。
これだけでうまいのは間違いない。
見ればルリナさんの目は釘付けになっている。
表情は崩さないが、夢中になっているのが伝わってきた。
「ひっくり返して、しっかりと火を通す」
火を少し弱めて、じっくり焼き上げる。
魔物だからな。野生のジビエと同じで、しっかり火を通したほうがいい。
「……まだですか?」
ルリナさんが声を掛けてくる。
表情は変わらないが、もう待ちきれないといった様子だ。
「ああ、もう少しだ。待ってくれ」
最後の仕上げ。 余分な脂を軽くキッチンペーパーに吸わせて、皿に置く。 タッパーから用意しておいた大根おろしを乗せて、ポン酢を掛ける。
これで完成だ。
少し切り分け味見をしてみる。
「こいつは、すげぇな……」
思わず声が出る。
野性味あふれる肉の味……少ししつこい感じのある脂はおろしポン酢で中和され、極上の味へと変貌している。
これなら彼女も満足してくれるはず。
「おろしポン酢のメタルボアステーキ。お待ちどうさま」
ルリナさんに皿を渡す。
「……いい匂い……いただきます」
ルリナさんは肉にかぶりついた。
「……おいひい」
間を丸くしながらそう言うと、ルリナさんは一瞬でステーキを平らげてしまった。
気持ちのいい食いっぷりだ。
料理人冥利に尽きるってもんだな。
「……おかわりは?」
「おう、任せてくれ」
俺は残りの肉をどんどん焼いていく。
ルリナさんは焼いた側から次々と食べていく。
「これで、ラスト!」
最後のステーキも一瞬で平らげた。
「……ごちそうさまでした……幸せです……」
最後の一枚を食べ終えたルリナさんは、満足そうに恍惚の表情を浮かべる。
さっきまでの氷のような無表情が嘘のようだ。
「お粗末様でした。さて、じゃあ、これでお別れだな」
俺は片付けをして立ち上がる。
彼女と俺じゃあ、住む世界が違いすぎる。
もう二度と会うこともないだろう。
しかし――。
「……お仕事はなにをされているんでしょうか?」
ルリナさんが突然、そんなことを聞いてきた。
「仕事? 定食屋をやってるぞ。閑古鳥が鳴くような寂れた店だけどな」
言ってて悲しくなってくるが、本当のことだから仕方ない。
「……なるほど」
彼女はじっと考え込む。
その顔は真剣そのものだ。
なにを考えているのだろうか。
「……では、こういうのはどうでしょうか?」
彼女がゆっくりと口を開く。
「……私のダンジョン攻略時の専属料理人になってください」
「え?」
突然の提案に、俺は自分の耳を疑う。
「いやいやいや。こんなしょぼくれたおっさんが、Sクラス冒険者のルリナさんの仲間とか冗談だろ?」
「……いえ、本気です。あなたがいれば、私の食料問題も解決し、さらにダンジョンの深くまで攻略することが可能です」
その目は冗談を言っているようには見えない。
「……持ち込みの食料費のことも考えれば、私にはプラスしかありません。それになにより……」
彼女がニコっと笑う。
「……あなたの料理は最高でしたから」
まいったな。
俺も料理人だ。
料理を褒められたら、断れっこない。
不相応とは思うが、ここは覚悟を決めよう。
「わかった……ルリナさん、よろしく頼む」
「……はい、よろしくお願いします。お名前は……」
「赤宮良一だ」
「……赤宮さん、よろしくお願いします」
お互いにしっかりと握手を交わした。
「……赤宮さん、一つ確認ですが」
「ん? なんだ?」
握手した手を離し、ルリナさんが真剣な顔で見上げてくる。
「……ダンジョン攻略後のご褒美のデザートもお願いできますでしょうか?」
「……プリンでいいか?」
彼女はもう一度、俺としっかりと握手をする。
命の恩人は、とんでもない食いしん坊だった。
でも、まあ――悪くない。
俺は使い古した包丁を握り直し、新たな「戦場」へと歩き出した。




