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怪異探偵の事件録

掲載日:2025/12/31

挿絵(By みてみん)

 

「ようこそ、内藤探偵事務所へ」

 チリンと軽やかなドアベルの音が響き、訪れた夫人へ歓迎の笑みを向けたのは、内藤新(ないとうあらた)と名乗るこの事務所の主である身なりの良い男だった。

 本日はどういったご用件で、とにこやかに応接ソファへと客人を促し、慣れた動作で紅茶を注ぐ。

 最小限の音のみで内藤がカップを提供した刹那、堰を切ったように漏れ出したのは依頼人の悲痛な叫びだった。

「息子がっ、行方不明で……まだ五歳で……」

 涙ながらに語る夫人を宥めつつ詳細を伺うと、二日前に数人の友達と出かけたまま息子が戻らないという事だった。

 警察にも届け済みで捜索中、友人曰く「気がつけばいなくなっていたので先に帰ったと思った」という。

「それはそれは……ご心労お察しします。ですが私にお任せを」

 大仰に告げた男の細めた瞳は、妖しげな光を煌めかせていた。

 

 依頼を易く請け負った後、内藤の行動は早かった。

 (くだん)の友人たちに事の仔細を聞き回り、手に入れた情報を精査していく。

 失踪当日、子供達は冒険と称して隣の区にある大きな公園まで足を運んでいたらしい。

 そこでは、各自が思い思いにあらゆる遊具で遊び回っており、特にひとかたまりで行動していた訳ではなかった。

 行方不明になった子供である海翔(かいと)は、噴水の底に敷かれた砂利石を拾っては、その色や形を熱心に見比べて遊んでいた、というのが最後の姿で。

 日が暮れかけて帰ろうという頃には、もう噴水にも、公園内のどこにも海翔の姿はなかったという。

 

「私としては、折角の暇潰しなのだから時間をかけてゆっくりと楽しみたい所だけど……依頼人の精神が保たない可能性もあることだし、まぁ仕方がないから急いであげようか」

 誰に聞かせるでもなく独りごちて、男は最後の目撃地点である噴水へと向かう事にした。

 

 区外の公園へ辿り着いた内藤は、不快な存在の残り香を感じてその整い過ぎた相貌を歪ませた。

 およそ常人には感じることの出来ないであろう微細な異臭は、【湖畔の住人】と呼ばれる異形のモノが放つ悪臭と同種のものだった。

 案の定それは噴水に色濃く残留していたが、どうやら原因となる何かが直近そこから移動したらしい。

 異形の気配は、その道筋を示すようにある方角へと続いていた。

 

 おそらく海翔という幼子は、砂利石に紛れていた【湖畔の住人の欠片】を手にして魅入られてしまったのだろうと内藤は推察する。

 

『この一件には超常的な存在が絡んでいる』

 

 そう結論付けた男は、これは正に自分に相応しい依頼であったと満足気な笑みを溢し、少年が歩いたであろう道のりを軽快に辿って行った。

 

 淀みない足取りで歩を進めること数刻。

 

 人気のない空き地にうずくまる小さな人影を見つける。

 間近まで来て確認すると、果たしてそれは資料写真で見た子供の顔と一致していた。

 ただその表情は写真の中の溌剌としたものとは明らかに違い、目は(うつろ)で焦点も定まらず、まるで何かに取り憑かれているかのようだった。

 なにより最も異常な点は、子供がその小さな手を血で染めてまでひたすらに素手で土を掘り返している事だろう。

 

「こんにちは。君は小林海翔(かいと)君かな?」

 至近距離から声をかけられても虚な子供は反応を示すことはなかったが、それに対して内藤は特に意に介した様子もなく、穏やかとも無機質とも取れる凪いだ瞳で海翔であろう少年の観察を続けた。

「ちょっと失礼するよ」

 無心で穴を掘る子供へ儀礼的に一声かけると、ボディーチェックをするべく手を伸ばした。

 

 穴掘りの邪魔をされた海翔は奇妙な呻き声を上げ始めたが、内藤はそのまま身体検査を続ける。

 衣服からは何も発見できなかったが、探し物はいかにも子供らしいポシェットに仕舞われていた。

 それは濃灰色の中に玉虫色の液体が固まった様なものが混じった、一見すると少し珍しいだけのただの小石に見える物だった。

 

 手に取った瞬間から、ぞわり……ぞわり……とうごめく何かが意識の奥へと潜り込んでくるような、おぞましい程の異物感が内藤に襲い掛かる。

 

「カケラ風情が。私にまで精神支配をかけようとするとは……」

 不愉快極まりない。

 そう忌々しげに吐き捨てた内藤の足には、奪われたものを取り返そうと奇声を上げる海翔が取り縋っていた。

 男は足元の子供に幾許(いくばく)かの憐れみを乗せた視線を向けた後、手にした異形の欠片を握り潰すように力を込める。

 本来なら割れようもない筈のソレは、内藤の手の中で数度に渡ってパキ……と小さな悲鳴を上げた。

 瞬間、絶え間なく響いていた奇声が止み、海翔の身体は糸の切れたマリオネットの様に(くずお)れた。

 

「……おっと」

 咄嗟に空いた片手で子供の頭を庇ってかがみ込んだ内藤は、そのままそっと海翔を地面に寝かせる。

 おもむろに取り出したハンカチに細かくなった欠片を包んで上着のポケットに仕舞うと、改めて海翔を抱き上げて歩き出した。

 

 程なくして携帯端末でタクシーを呼び、会計時にはきっちりと領収書を貰い、一度そのまま事務所へ海翔を連れ帰った。

「異形から精神支配を受けていた訳だし、後処理しないとこのまま帰してもまた失踪……なんてことにもなりかねないよねぇ」

 男はそんな物騒な事を愉しげに呟く。

 呼吸は問題ないが、意識もなく酷い顔色をした海翔をソファに降ろすと、内藤はなにやら怪しげな物が詰め込まれた棚からガラスの小瓶を取り出した。

 持ち帰った細かい石塊(いしくれ)を小瓶に詰めると、コルク栓を嵌め直してラベルを貼り、また棚に戻す。

 次は隣の棚を探ると、今度は酒のボトルのような大きさの瓶を取り出し、中身を小さなグラスに注いだ。

 濃い蜂蜜色のとろりとした液体が、照明の光を反射してか、まるでそれ自体が光を放っているかのように輝いていた。

 

 内藤は眠る海翔の上体を起こし座らせると、数回ぺちぺちと頬を(はた)いて声をかける。

「おーい海翔くーん?おクスリ飲めるかい?」

「……うぅ……」

 眉間に皺を寄せ反応を示した海翔に、今度は額をつついて刺激を与える。

 ようやくぼんやりと目を開けたものの、まだ夢現の子供にグラスを持たせて誘導する。

「さぁ。甘くて美味しいよ?楽になるから飲んでごらん」

 内藤が介助するように手を添えて液体を口に含ませると、子供の好みに合ったらしく、そこから先は朦朧としたままにも関わらず夢中になって飲み干した。

 

 空のグラスを海翔の手から回収して様子を窺うと、つい今しがたまで土気色をしていた顔が徐々に元の肌色を取り戻していく。

 容態が落ち着いた子供が船を漕ぎ始め再び意識を手放すまではそう長くかからなかった。

 

 室内が、窓から差し込む夕陽の橙色に染まる。

 穏やかな寝息が聞こえる中で、内藤はデスクに向かい日誌を書き始めた。

 

  ◯月◯日 失踪人捜索の依頼

 あるご婦人からの子息捜索の依頼を受諾。

 当日中に保護。

 少年の失踪は、外宇宙より隕石に紛れて飛来した湖畔の住人(グラーキ)の欠片に遭遇し、精神支配を受けたことに起因する。

 発見場所の空き地は以前に湖が埋め立てられた場所であり、そこを掘り返していた様子から、まだ他の欠片が埋まっているものと思われる。

 心身共に衰弱気味の為、手持ちの黄金(くすり)を処方。

 拒絶反応も無く経過良好。

 暇潰しとしては二十点。

 

 そこまで書き終えて日誌は閉じられた。

 そろそろあの憔悴した依頼人に連絡を入れてやらなければならないだろう。

 内藤はデスクに貼られた付箋に記された番号に電話を掛け、無事発見し事務所で保護している旨を伝えてやる。

 もしかすると今日が彼女の人生で最も速く駆けた日になるかもしれない。

 

 束の間になるだろう待ち時間に、ふと目に入った痛々しい指先の応急処置だけでもしてやろうと、男は薬箱を持ち出した。

 

 ややあって、殆ど一方的な感動の再会が果たされる。

 滂沱の涙を流す母親に抱き締められ目を覚ました子供は、どうやら欠片を手にしてからの記憶が無いらしく、ひたすらに困惑しながらもされるがままに徹していた。

 

 橙に青が交わる黄昏時。

 逢魔時や大禍時とも記される時間帯にそれは起こった。

 

 親子の抱擁を傍で眺めていた内藤のその姿が、陽炎のように揺らめく。

 世の混沌を凝縮したような……赤黒い無定形の肉塊に触手が絡み付いたような異形の化物と、揺らぐ内藤の姿とが交互にチラついて見えた。

 時間にしてほんの数秒の事だった。

 母親は涙で不確かな視界の中に子供しか見えていないし、異変に気付いた海翔が目を凝らした時には既に揺らぎは収まっていた。

 幼子の脳が見間違いとして処理したその事象は、果たして現実に起こった事だったのか……。

 確かめる術など海翔は持ち合わせていなかった。

 

 落ち着きを取り戻した夫人から、事前に取り決めた依頼料にタクシー代と蜂蜜色の液体の代金を上乗せした金額の報酬と、浴びる程の感謝を受け取る内藤。

 親子を見送った所で、今回の依頼は達成された。

 

 その後は数日の間、平穏無事な……男にとっては非常に退屈な日々が続いた。

「あぁ……ツマラナイ日々を満喫する遊びにも飽きてきた。今度こそ長く遊べる依頼が来ないものかな……」

 そんなボヤキをこぼしながらロッキングチェアに揺られていた男が、不意に何かを感じたように突然立ち上がる。

 

 打って変わって御機嫌になった内藤は、奥の部屋へ向かうと簡易キッチンで湯を沸かし始めた。

 沸騰までの間に、鼻歌混じりに応接机にティーセットの準備をして。

 お気に入りの茶葉を入れたティーポットに沸かしたての湯を注ぎ、丁度良い蒸らし時間の砂時計をセットする。

 

 期待に満ちた瞳で落ちていく砂を見つめる内藤。

 上部の青い砂が残り三割程になった時、足音が近付いて、そして止まり、やがてチリンと軽やかなドアベルの音が響いた。

 

「ようこそ、内藤探偵事務所へ」

 

 本日はどういったご用件で?

 男がそう言ってにこやかに来客をソファに促した時、青い砂が最後まで落ち切った。

 

 

 

 

挿絵(By みてみん)

                   ―終―


このような年の瀬に、内藤探偵事務所へお越しいただきありがとうございます。

皆様、どうぞ良いお年を。


――おや、また新たな依頼者のお越しかな?


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