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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
二章:はじまりの町
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第七話:守護者が繋ぐもの(前)


《エーリオ視点》


教会に訪れた若い男女。

名を、『トーマ』と『ネナ』という。


ネナさんはおっとりとした優しげな面立ちで、

肩より少し長い灰がかった茶髪が、さらさらと揺れていた。


髪は光に当たるとより一層透明感を増し、

茶色の瞳は控えめながらも真っ直ぐ前を見つめ、内面の強さを感じさせる。


トーマさんは左右非対称の黒髪に、切れ長の焦茶の瞳。

ネナさんとは違った優しさを感じさせる面立ちだった。


(ネナさんが穏やかな優しさなら、トーマさんは静かに寄り添うような優しさでしょうか)


それにも関わらず、その瞳の奥に宿る色はどこか妙に威圧感があり——

とても、二十そこらの青年の持つ目ではない。


純真無垢そうな、曇りのない瞳を持つネナさんと、

何かを抱えていそうな、深い海の底を彷彿とさせる眼差しのトーマさん。

二人は一見、正反対に見える。


しかし、やり取りやお互いに向ける態度を見ていれば分かるが、

二人はとても仲睦まじく、長年苦楽を共にしてきた恋人同士のようだった。


特に、トーマさんがネナさんを見つめた時だけに見せる瞳は、

私に向ける威圧感は全くなく、ネナさんへの愛おしさで溢れていた。


だからこそ、ネナさんがトーマさんを異性として見ていないと否定したばかりか、

トーマさんの想いも全く届いていない様子は、彼があまりにも不憫でならなかった。


(世の中そうそう、うまくは行きませんね…)




——しかし、

そんな同情は事実とは比べ物にならないと、今まさに実感する。


膨大な魔力量に司祭服がバサバサと音を立てて揺れる。


「これは……!」


鑑定の間を包む眩い光。

トーマさん、あなたは——



《エーリオ視点》 end.



***



鑑定を終えた私は、待合室でひとり透真の帰りを待っていた。


待合室には、三人くらい座れそうな長ソファが置かれていて、預けた体が程よく沈み込む。


私はふっと、横を向いた。


外は既に太陽が昇りきっている。

窓から差し込む光が、目に染みるほどに。


わずかに開かれた窓の隙間から、そよ風が頬を撫でた。

教会の横に植えてある、

金木犀のような花の香りが、微かに香ってくる。


「ふわ…」


朝が早かったこともあって、

ただここで待っているだけだと、あまりの気持ち良さに眠くなってくる。


ウトウトと、夢の世界へ旅立ってしまいそうな意識を、何とか保って待ち続けた。



コン、コン、コン。


扉をノックする音が鳴った。

その音にピクッと体が震えて、おぼろげの意識が少しはっきりする。


私はスッと顔を上げて、扉の方を見た。

ゆっくり開いた扉から、

透真とエーリオさんの姿が見えた。


私は、自然と表情がほどけた。

そっと立ち上がって、扉まで出迎える。


「おかえり」


待合室に入ってきた透真。

ほんの一瞬だけ視線をずらすと、すぐに私に笑顔を向けた。


「ただいま」


(……?)


今、透真がエーリオさんに目配せをしていたように見えた。

だけど、透真もエーリオさんも普通にしている。


(……見間違い……かな?)


私は透真の様子に違和感を抱きつつも、

「どうだった?」と、

鑑定結果について尋ねる。


瞬間、

透真の目が、少しだけ細められた。


「【身体強化】だけだった」


透真が答えたのは、たったそれだけだった。


どこかつまらなさそうで——

もしかしたら、もっとすごい力を期待していたのかもしれない。


「それは、残念だったね」


私は、透真が落ち込んでいるのかと思って、そう声を掛けた。けれど、


「ああ」


透真は私の言葉に頷いたものの、

その表情はいつも通りで、全然気にしてはいなさそう。


でも、それならどうして、

肯定したんだろう——


言動が噛み合わない透真に、ますます違和感を覚えた。


「帰ろう」


透真は何事もない顔で、やけにあっさりとそう言った。

私はやっぱりどこか変だと感じつつ、

「そうだね」

と返事をした。


そして、外までお見送りしてくれるというエーリオさんの三人で、出口へと歩き出した。



「お二人はいつまでこの町に?」

出口を目前にして、エーリオさんがそう尋ねた。


私が、「明日の夜明け前に、ここを発つつもりです」と答えると、

エーリオさんは悲しげに眉を下げた。


「おや…すぐに旅立ってしまわれるのですか」


残念そうに、息を落としたエーリオさん。


(どうしたんだろう……?)


私は"何かあるのかな?"と思いながら、

口をわずかに開いて、まだ話しをしたそうなエーリオさんの言葉を待った。


「フィン君に会いたかったのですが、またの機会になりそうですね」


エーリオさんは、そう言って寂しげに微笑んだ。


(フィン、エーリオさんともなかよしなんだ……)


エーリオさんに申し訳なさを感じながらも、

フィンが、この町の人に愛されていることが伝わってきて、

胸の奥が少しほっこりした。


(……あれ?)


ふ、と。

私は前を静かに歩く、エーリオさんの背中を見つめた。


どうして、フィンが一緒だと知っているんだろう。


気づけば首を傾げていた。

横を歩く透真が、「どうした?」と尋ねる。


私は一度、透真を見てから、

教会に来た直後のことを思い返した。


『なるほど。あの、モリス様の所の……』


……門番さんから渡された紙に、

書いてあったのかもしれない。


「……ううん、なんでもないよ」


不思議そうに見つめる透真にそう答えて、私は前を向いた。



(……あっ)


そんなことを考えている内に、出口まで着いた。


ゆるやかに足を止めたエーリオさんは、

滑らかな動きで振り向いた。


「ここでお別れですね」


穏やかな表情で別れを告げるエーリオさんに、私はぺこりと頭を下げた。


「今日はありがとうございました」


お礼を告げて、頭を上げた。

エーリオさんはにこにこしていて、


「いえいえ」


そう返すと、

一歩横に逸れて、道を開けた。


(司祭さんがエーリオさんでよかった)


エーリオさんの人柄に、私はそう思った。


私たちが軽く会釈をして、

横を通り過ぎようとしたとき——


「あ」


エーリオさんが、

何かを思い出したかのように、声をこぼした。


「?」


私たちはぴたりと足を止めて、エーリオさんを見つめた。


「一つ言い忘れてしまいました」


「いけない、いけない」と慌てるエーリオさんに、

透真と二人"何だろう?"と顔を見合わせる。


「お二人の持つ【身体強化】ですが……」


エーリオさんが、声を少し落とした。


「その本質は運動能力や筋力の向上であり、体が鋼のように頑丈になる訳ではありません。


……無理をしてしまえば、その代償を負うことになるでしょう」


柔らかな瞳が、

スゥッと細められる。



「くれぐれも——そのことを、お忘れなきよう」



垂れた瞳のその鋭さに、息を呑んだ。


ハッと一拍、

私はエーリオさんの言葉に深く頷いた。

すると、エーリオさんはパッと表情を変えて、満足気に微笑みを浮かべた。


「ふふふ。それでは、フィン君にもよろしくお伝えください」


そう言って、エーリオさんは上品に手を振る。

私たちはそんなエーリオさんにぺこりと会釈をして、教会を後にした。



「びっくりしたね」


教会の入り口に続く階段を降り切ったところで、透真にそう話しかけた。


「ん?」


「さっきの、エーリオさんの目」


ずっと微笑んでるような人だから、

あんな鋭い目をするなんて思わなかった。

しかしその分、それだけ大事なことだというのはよく伝わった。


私の言葉に「え?…あぁ」と返す、どこか上の空な透真の横顔を見る。

その表情はいつもよりちょっとだけ硬い。


「透真、何かあったの?」


透真が鑑定から戻ってきてから——ううん。

私がスキル鑑定から戻って来た時からだった。

透真の様子が、少しおかしかったのは。


私の言葉に透真は小さく目を見開いた。

だけどそれは一瞬で、すぐに微笑むと、


「いや、何もなかったよ」


そう誤魔化した。


「……」


こんな時の透真は何かあったとしても、意固地になって絶対に話さない。


私もそれを分かっているから、

いつもならこれ以上は踏み込まない。けれど——


私は一度、透真から視線を外して前を見据えた。

そして、


タッタンッ!


私の歩く速度に合わせて歩く透真の歩幅より大きく速く踏み出して、透真の目の前に立った。


「?」


透真は不思議そうに私を見つめている。


私はそんな透真に向かって、

両腕を伸ばし——



むぎゅっ。



透真の頬を、両側から押しつぶした。


「にぇ、にぇにゃ?」


突然私に頬を潰されて目を丸くする透真。

困惑に長い睫毛が揺れる。


私は、透真のダークブラウンの瞳をじっと見つめて、力強く言い放った。



「私は何があっても、

透真のことを——嫌いになることはないから」



サァ…

ちいさな風が吹いた。


丸くしていた目をさらに大きくした透真。

私はそんな透真の瞳から目を逸らすことなく、まっすぐ見つめ続けた。



「——」



私の真剣な眼差しに、想いが伝わったのだろうか——

透真は静かに肩の力を抜いて、スッと目を細める。


そして骨ばった大きな両手を、

そっと私の手の上に重ねた。


私は手の力を抜き、透真に笑いかける。

それに応えるように、透真も目尻を下げて微笑んだ。


「行こう!」


重ねられた透真の手をすばやく握り、その手を引く。

手を引かれる透真は振り解くことなく、

その身を私に委ねている。


明日からは、また旅の再開だ。

何があったのかは分からないけど、今はただこの町を楽しもう。


一瞬そよいだ冷たい風が、肩を撫でる。

けれどそれは、繋いだ手の温もりに、すぐに溶けていった。


私たちは駆け出す。

この町での残りわずかな時間を、

かけがえのないものにするために——。


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