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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
二章:はじまりの町
7/12

第六話:白の導き


「ん〜〜っ」


まだ日が昇りきる前の早朝。

外は薄暗く、町は静寂に包まれ、

鳥のさえずる声だけが響いている。


家の中では一階からトントントンとリズミカルな音が聞こえ、微かに香辛料とパンの香ばしい匂いが漂ってくる。


きっと、デミドアさんとラミアさんがお店の仕込みをしているのだろう。


おいしそうな匂いに食欲を刺激され、完全に目が覚めた私は、顔を洗うために洗面所へと向かった。


(うう……冷たい)


季節はとっくに秋を迎えていて、

最近はあまりの冷たさに、水に触れるのが辛くなってきた。


私は手早く顔を洗い、蛇口をキュッと閉めた。

横に置いておいたタオルを手に取り、

顔を拭きながら目の前にある鏡を見る。


(半月ちょっとかぁ……)


長いようで、今日まではあっという間だった。


鏡に映る姿は元の世界にいた頃より、

少しだけ髪が伸びていた。


最後に床屋さんに行ったのは……ふた月以上前。

揃っていた毛先も、少しずつばらついてきた。


髪色は元々染めていなくて、

アッシュブラウンの地毛が根元から伸びている。


目にかかりそうなほど伸びた前髪を摘みながら、

「どこかで整えられたら良いなぁ」

なんて呟いた。


「俺が切ろうか?」


そんな声と同時に、

廊下の角からひょこっと顔を出した透真の姿が鏡越しに見えた。


「わっ、透真」


「おはよう」


急に声を掛けられてびっくりした心臓を宥めつつ、

透真に「おはよう」と返す。


「前髪くらいなら……」


両手でチョキチョキとハサミのポーズをとる透真に、

数ヶ月前の悲劇が甦る。


「この間もそう言って、すごく短く切った……」


(あの時の姿は……思い出したくない)


ジト目で見つめる私に、透真は一瞬きょとんとする。

だけどすぐにハッとして、

慌てて「あの時はほんとごめんっ」と謝った。


透真の口元が、わずかに緩んでる……。


「……透真には、お願いしない」


透真は目を見開いて、

緩んでいた口元はきゅっと下がった。


(……?)


私は透真の顔に、ある違和感を覚えた。


「……はい」


私の言葉に落ち込む透真。

そんな透真にズイッと顔を寄せて、顔をじーっと見つめる。


「あの……音凪さん。 近いんですが……」


たじろぐ透真のことなどお構いなしにまじまじと見つめていると、違和感の正体に気づいた。


(あれ?)


「透真の瞳って、こんな色だったっけ?」


「!」


「もう少し、暗かったような……」


私は首を傾げた。


透真はほんのわずかな沈黙のあと、


——バッ!


私の後ろにある鏡を覗き込んだ。


「……うーん。 こんな色だったと思うけど」


「音凪の気のせいだろ」と言って振り向いた透真の笑顔はどこかぎこちなかった。


(何か隠してる?)


様子のおかしい透真を不審に思っていると、

透真が「そうだそうだ」と言ってポケットからスマホを取り出した。


「これ預かったままだったの、忘れてた」


そう言って透真が片手でスマホを操作すると、

もう片方の手に光の粒子が集まって——

私の上着が現れた。


「ほんと、便利だね……」


上着を手渡す透真にお礼を言いながら、

その便利さに感心する。


透真のスマホは、

〈光線〉が出せるようになっただけではなかった。

アイテムを収納することも、できるようになったのだ。


スマホで対象のアイテムの写真を撮ると収納可能になって、収納したアイテムはアルバムから取り出すことができる。


ただ、生き物や大きな物は収納できないらしい。

それでも、便利なことには変わりがない。


それに——

透真のスマホには、他にも能力がある。


ラウハの森の小屋で、

透真がその能力たちを見せてくれた日のことを思い出す。


つくづく、

異世界は何でもありだなぁと苦笑いしながら、

とある紺色の傘を思い浮かべた。


「ネナ〜、トーマぁ……」


眠たそうな目をこすりながら、ゆっくり歩いてきたフィン。

まだ半分夢の中なフィンは、片方の手にタオルを握って、「ん…」と両腕を広げる。


「フィン、おはよう」


透真に抱き上げられたフィンの頭を撫でながらあいさつすると、

口元をおぼろげに動かして「ぉあよ〜…」と返してくれる。


フィンを抱いた透真が、

「顔を洗って目を覚まそう」と言いながら、フィンに洗顔を促す。


そんな光景を微笑ましく眺めていると、

タンタンタンと階段を上る音が聞こえてきた。


「おや?みんな勢揃いで」


そう言って「おはよう!」と元気に声を掛けて来たのはラミアさん。

ラミアさんが「朝ごはん出来てるよ」というと、

顔を洗い終えたフィンが「あさごはん!」と目を輝かせた。


どうやらすっかり目が覚めたらしい。


「冷めないうちに食っちまいな」


そう言って一階へ戻るラミアさんの言葉に私たちは顔を見合わせて頷くと、

そのままその後ろ姿を追って、一階へと降りて行った。


***



朝食を頂き、出かける準備を終えた私たちは教会の前に来ていた。


昨晩、ラミアさんとデミドアさんのご厚意で、

町に滞在する間はずっと泊まらせて頂けることになった。

今は最低限の荷物だけを携えている。


ちなみにフィンはというと、

お兄さんの代わりにお手伝いをすると張り切って、今日は別々に行動している。


「ようこそ、いらっしゃいましたね」


階段を上り教会の入り口に立つと、

二、三十代くらいの温和そうな雰囲気の男性司祭さんが、優しく迎え入れてくれた。


「本日はどのようなご用件でこちらに?」


「スキル鑑定と、身分証の発行をお願いしたくて……」


司祭さんの問いに、門番さんから頂いた紙を差し出しながら今回の目的を伝える。


「なるほど。あの、モリス様の所の……」


私と透真から紙を受け取った司祭さん。

その中身を確かめると「それではこちらへ」と、

奥の部屋へ案内をしてくれた。


「モリス様より聞いているかと思いますが、スキル鑑定はお一人ずつ行います」


「ギルドと異なり、教会では原則として立会人は認めず、スキル鑑定を行う司祭のみが立会い、お連れ様は別室でお待ち頂くことになります」


通路を歩きながら、説明をしてくれる司祭さん。


そう、

私たちはあらかじめモリスさんから、

二つの鑑定場所の話を聞いていた。


その上であえて、教会に来たのだ。



『ネナ、君たちはまず教会に行きなさい』


『教会……ですか?』


どうしてだろうと首を傾げる私に、

モリスさんは真剣な眼差しで重々しく頷いた。


『スキル鑑定を行う場所は二ヶ所。……ギルドと教会だ』


『しかし、ギルドでスキル鑑定を受けてしまえば、君たちの能力は公になる』


『その力を——国のために使わせようとする者たちが現れるだろう』


モリスさんの言葉に、

背筋がぞくっと震えた。


(特別……なんだ)


自分たちの力がどういうものなのか、

あまり深くは考えていなかった。


今分かっているのは【身体強化】のみ。

モリスさんが忠告をするということは、

それさえも、この世界では貴重なのかもしれない。


私と透真は顔を見合わせて頷いた。


『モリスさん、ありがとうございます。

——教会へ、向かいます』



(モリスさん……)


少し前のやり取りを思い出して、

今は側にいないモリスさんの存在の大きさを、改めて実感した。


しばらくして、

司祭さんはある部屋の前で足を止めると、

「さて、初めはどちらから鑑定致しましょうか?」と尋ねた。


「音凪からどうぞ」


そう言って微笑む透真に、「ありがとう」と微笑み返す。


私たちのやり取りをにこにこ見ていた司祭さんは、

「それでは、トーマさんはこちらの部屋でお待ち下さい」と目の前の扉を開けた。


「透真、行ってくるね」


部屋に入って行く透真に小さく手を振ると、透真は笑顔で「いってらっしゃい」と手を振り返した。


「それではネナさん、行きましょうか」


「はい」


扉が閉まったのを見届けて、

歩き出した司祭さんの後に着いて行く。


「お二人は、とても仲がいいんですね」


唐突に世間話を始めた司祭さんに、

「……え?」と間抜けな声を出す。


「……あ……家族同然、なので……」


「おや? 私はてっきり、恋仲かと……」


「……えっ?」


(こいなか?)


聞きなじみのない言葉に、

一瞬思考が止まる。


(こい……なか……恋仲?)

(恋仲、って……そういう意味の?)


「……ふふっ」


言葉の意味が分かって、私は思わず笑ってしまった。

司祭さんはきょとんとしている。


(久しぶりだなぁ……そういう風に、言われるの)


懐かしさに、口元はほどけたまま。

司祭さんはますます不思議そうに私を見る。


私は"あっ……いけない"と、小さく首を振って、

ゆっくりと口を開いた。



「透真とは幼馴染で——


弟なんです」



しっかり訂正しないと。


「???」


司祭さんは、ぽかんと目を丸くした。


(…….あっ。 これだけじゃ、よく分からないよね)


私はさらに続けた。


「あの、血は繋がってないです。

でも、そんな感じなので、恋人同士ではないです」


私が透真との関係を説明していくにつれ、

司祭さんの眉がどんどん下がっていく。


「……まだお若いですからね。気づかないこともあるでしょう」


司祭さんはコホンと咳払いをした。

私は言葉の意味が分からず、首を傾げる。


同時に、スキル鑑定を行う部屋に辿り着いたのか、

司祭さんは一際大きな扉の前で足を止めた。


「さあ、こちらがスキル鑑定の間ですよ」


そう告げた司祭さんは、何やら呪文のようなものを唱えはじめた。

司祭さんの額に、水色に輝く紋様が現れて周りを照らす。その直後、


キィイイ——


目の前の大きな扉が音を立て、ひとりでに開いていった。


「……すごい」


思わずそう呟いた私に司祭さんは「ふふっ」と笑うと、

ゆっくりと部屋の中へと歩を進めて行った。

私も後に続いて、部屋の中に入る。


部屋の中はとてもシンプルだった。

置物といえば中央にある台座と、

その台座の上にある水晶玉くらいしかない。


だけど、部屋の中の装飾は精巧かつ過度ではない煌びやかさがあり、

ステンドグラスから差す陽の光が、神聖な雰囲気をより感じさせる。


台座の前まで行き、司祭さんが水晶玉を挟んで向かい側に立つ。


「それでは、スキル鑑定を始めましょう」


「ネナさん、一歩前へ」


司祭さんの言葉に従って、一歩踏み出す。


「改めまして……私、スキル鑑定を行いますエーリオと申します」


「どうぞよろしくお願いします」と微笑む司祭——エーリオさんに、

「よろしくお願いします……っ」と頭を下げる。


「ああっ、頭をぶつけないように気をつけてください」


水晶玉に頭突きをしてしまいそうな勢いに驚いたエーリオさんが、

咄嗟に水晶玉と私の間に手を滑りこませた。


「す、すみません…」


「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ」


優しく微笑むエーリオさんに、恥ずかしくなって顔を赤くする。


自分で思ってるよりも、随分と緊張していたらしい。

胸に手を当て「ふぅー……」と大きく深呼吸をして、気持ちを切り替える。


「ではネナさん、両手を水晶玉にかざして下さい」


エーリオさんに言われた通りに、そっと両手を水晶玉にかざす。

その上からエーリオさんがさらに片手をかざして「鑑定」と呟くと、

水晶玉が大きく輝き出し、部屋中をその光で包み込んだ。


魔力によるものなのか、風に煽られるように髪が靡く。


何もないと思っていた真っ白な床。

そこには、水晶玉の光に反応する仕掛けが施されていたらしく、

魔法陣のような模様が浮き上がってきた。


私が部屋の様子を見回していると——


「……?」


いつの間にか水晶玉の上空に、

一際強く輝く象形文字のような光が二つ浮いていた。


「スキル、身体強化」


エーリオさんがそう言うと、二つのうちの一つが、

まるでパリンッという音を立てるかのように弾け飛んだ。


「もう一つは……何でしょう? 霞がかって読めませんね……」


エーリオさんが「ううん……」と頭を捻っていると、

どんどん光が収縮しはじめた。


やがて水晶玉の周りのわずかな光だけを残して、

部屋中を包んでいた輝きはきらきらと零れる光の粉のように、

ゆっくりと、床に吸い込まれていった——。


魅入られたように、呆然と床を眺めていると、

エーリオさんが静かに話しはじめた。


「ネナさんのスキルは二つ。

一つは身体強化ですが……もう一つはまだ、覚醒前なのでしょう」


(覚醒前のもう一つのスキル。一体、どんなスキルなんだろう……)


自分の手を、じっと見つめる。


「ネナさんはモリス様の所からいらっしゃったということは、転移者なのでしょう?」


「未覚醒のスキルがあることは、そんなに珍しいことではありません」


自分の手を見つめていた視線を、そっとエーリオさんに移した。


「神は意味のない力などお与えにはなりません。きっと、その力はあなたに相応しい、

……あなたの助けとなることでしょう」


胸の前で両手を握るエーリオさんが微笑む。

ふと、あの傘が頭をよぎった。


(……うん。 エーリオさんの言う通り)


「……ありがとうございます」


未知の能力に微かに感じた不安は消え去った。

私は微笑みながらお礼を告げると、

水晶玉から一歩下がって、今度はゆっくり頭を下げた。


「それでは、こちらがネナさんの身分証です」


水晶玉の周りにわずかに残っていた光が、

エーリオさんの手の中で一枚のカードとなり、私に手渡した。


「あ、ありがとうございます」


(これが私の身分証……)


そのカードは何かが書いてあるわけではなく、

紺に銀の装飾が施されているだけだった。


(まるで私の傘みたい)


見れば見るほどそっくりなそのデザイン。

とても偶然とは思えない。


不思議そうにカードを見つめる私に、

エーリオさんが説明をする。


「身分証はその人自身から作り出される物です。世界にたった一つしか存在しない物なんですよ」


その言葉に、どうしてこの手の中にある物が、

既視感のあるデザインをしているのか、腑に落ちた。


私自身から作り出されたのなら、

私に関連する物のデザインであってもおかしくはない。


「あの、無くしたり壊れてしまったら……どうなるんですか?」


世界にたった一つしか存在しないカード。

再発行は、できない気がするけれど……。


「ご安心ください。身分証が持ち主の元から消えるのは、その方が天に召された時だけです。失くしても戻り、壊れても復元します」


エーリオさんはそう続けた。


(絶対に失くすことのない身分証……)


異世界事情には本当に驚かされる。

同時に、この世界で身分証がないということは、

周りの反応や自分が考える以上に重大なことなのでは……と、身震いをした。


「あなた方がこちらへ来られたということは、森には戻らず、旅をされる予定でしょうか?」


「はい」


続けて「次の行き先は決まっていますか?」と尋ねたエーリオさんに、

「次はリベルタに向かう予定です」と、

モリスさんに教えてもらった港町の名を答えた。


「リベルタですか!いいですね」


常に浮かべてる笑顔と違い、少年のような笑顔を見せたエーリオさん。

どうやらリベルタには良い縁があるようだ。


「リベルタということは、そこからは船に?」


「いえ、特に決めてはいなくて…」


そこまで言って、一度言い淀む。


(……エーリオさんには話してもいいよね?)


転移者だと、知っているのだから。


私は「実は…」と話し始めた。


「元の世界に繋がる情報を集めるために、旅に出るんです。

港町なら、何か掴めるんじゃないかって……」


少しだけバツの悪い気持ちになり、どんどん尻すぼみになっていく。


そんな私にエーリオさんは、

「なるほど、そうだったのですね」と頷くと、ふわっと微笑んだ。


「後ろめたく思う必要はありませんよ。故郷に帰りたいと願うのは、当然の事ですから…」


エーリオさんは振り向いて、

窓ガラスになっているステンドグラスを見つめた。

そのステンドグラスには、

女性が赤ん坊を抱きしめる姿が彩られている。


私はエーリオさんがそのステンドグラスを見つめる様子を、少しだけ、複雑な心境で見ていた。


「ネナさんたちの目指す場所が元の世界への道ならば、そうですね……

魔塔に向かうのがいいかもしれません」


ステンドグラスを見つめていた瞳を、

私に移して助言をする。


そのまま再び体をこちらに向き直すと、

司祭服の裾がふわりと揺れた。


「魔塔には、異なる分野の研究者が多くいますから、何か手掛かりがあるかもしれません」


(そうなんだ……)


魔塔ということは、魔法に関する研究……だよね?

それなら、エーリオさんの言う通り、

元の世界へ帰るための、足掛かりになるかもしれない。


見えた希望に頬が緩みだす。

"期待しすぎるのは危険だ"と冷静な自分が諭すけれど、

一度抱いてしまえば、期待することを止めるのは難しい。


「ありがとうございます……!透真と話して、魔塔を目指そうと思います」


ぺこりと頭を深く下げてお辞儀をする。

にこっと微笑んだエーリオさんは「いえいえ」と言って、

両手を胸のあたりでぽんっと合わせた。


「さて、お次はトーマさんですね。彼の待つ部屋に戻りましょう」


静かに歩き出したエーリオさんの後に続いて、私も歩き出す。


二人で部屋を出ると、後ろからキィイイという音が響いた。

ちらっとその音の方を振り向くと、

鑑定の間の扉がゆっくりと閉まっていった。


「そうそう、ネナさん」


透真の部屋までの道中、

エーリオさんが思い出したかのように声を掛ける。


「これは、司祭としてではなく、ネナさんよりも少しばかり長く生きた者としての言葉なのですが……」


エーリオさんはそんな前置きをして、足をぴたりと止める。

透真のいる部屋に着いたようだ。

エーリオさんは扉の取手を握った。


「少し見方を変えるだけで、世界が違って見えることもありますよ」


そう言いながら扉をノックしたエーリオさんは、

そのままの流れで扉を開いていく。


——どうして私に、その言葉を伝えようと思ったのだろうか。


私がその言葉の意味を知ることになるのは、


もっとずっと、先の話——。


第六話

はじまりの町-白の導き- 完

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