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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
一章:目覚めの森
4/7

第四話:決意と別れ


「フィン、もうベッドに行こう?」


夜も更け、小屋の中はほのかな灯りに包まれ、柔らかい影を落としている。

こっくりこっくりと頭を揺らすフィンに、私はそっと声を掛けた。


「うぅん…」


大きな目を半開きにして、いやいやと首を横に振るフィン。

……どう見ても、もう限界だ。


小屋に戻ってきてから改めて透真を紹介すると、フィンは新しいお客さんが来たのがうれしかったのか、いつも以上に元気いっぱいだった。

夕ご飯の時も、透真と一緒にお風呂に入った後もあれこれと尋ねていたけど——


こっくり、こっくり……びくっ。

急に体の力が抜けたことに驚いて、フィンは小さな肩を震わせた。

誤魔化すようにきょろきょろと見回すが、数秒後にはそおっとまぶたが下りて、またウトウトし始める。


「もう目が開いてないな」


寝かけているフィンを見て、静かに笑う透真。

そのまま「部屋に連れて行くよ」と、私の隣にいるフィンに手を伸ばす。

だけど、


「透真、見て」


私はそう言って指を差した。

示した先には、

私の服をしっかりと握る、フィンの小さな手があった。


「…しっかりと握ってるな」


「…うん」


この間に、フィンは既に夢の中へ。

それなのに、この手は全然外れそうにない。


せっかく寝たのに、起こすのも可哀想だ。

「私が連れて行くよ」といってフィンを抱き上げた。


「んん…」


突然の浮遊感に少し驚いたのだろう。

フィンは服を握っていた手を離すと、

今度は両腕を私の首に回して、ぎゅっと抱き着いてきた。


「ふふっ」


幼子の愛らしさに、つい笑みがこぼれる。


「あとで戻るね」


横目で透真に声を掛けると、透真は笑いながら何も言わずに、ただ片手をひらひらと揺らした。

私は答えるように静かに頷き、見送られる中フィンの部屋へとゆっくり歩き出した。


***


《???視点》


ぎしっ


近くから床の軋む音が響いた。

モリスたちの暮らす小屋はおんぼろではないが、それなりに使い込んでいて趣のある、そんな小屋だった。


「おや、一人か」


お風呂から上がってきたモリスが、部屋に一人いる透真に声をかける。


「ええ。フィンが眠ってしまったので、音凪が部屋に連れて行ってるところです」


「そうか」


テーブルに置いてあるポットを手に取り、カップに白湯を注ぎながら相槌を打つモリス。

言葉少ないが、その表情は穏やかであり、孫への慈しみが感じ取れる。


「おまえさんもどうだ?」


ポットを持ち上げ、ソファに座る透真に問いかける。


「それじゃあ、せっかくなので」

透真はそう答えて微笑んだ。


二人分のカップを持って透真の元へ行き、右手に持っていたそれをゆっくりと透真の前に差し出す。


礼を言う透真にモリスは、

「ただの白湯だがな」と笑うと、

隣にある1人掛けのソファへと慎重に腰を落としていった。


「君も随分と苦労をしているようだね」


透真への言葉なのだろう。

しかし、モリスの視線は正面を向いていて、まるで独り言のようだ。


モリスの言葉に透真も耳を傾けるだけで、返答する様子はない。


「暫くはここにいるといい。

今くらいは休んでもいいだろう」


ずずっ。

左手に持っていたカップを持ち上げて白湯を啜る。


透真は何も言わず、ふっと笑った。


そして、手に持っていたカップを静かに啜った——。


《???視点》end.


***


フィンをベッドに寝かせ、首に回した小さな腕が離れるのを待つこと数分。

寝返りを打ったフィンが、温もりを離していった。


私は起こさないようにそーっと部屋を出て、透真の待つダイニングへと戻った。



ダイニングに入ると、さっきと変わらずソファに座る透真の姿があった。

透真は私の気配に気づいたのかスッと振り向いて、肩越しに「おかえり」と声をかけた。


「ただいま」


そう答えて、ふと視界の端に映る人影に気づく。


「あ……モリスさん」


透真が座るソファの横に置かれた一人掛けソファ。

そこには、先程までいなかったモリスさんが座っていた。


「ネナ、フィンを連れて行ってくれたと聞いたよ。ありがとう」


モリスさんは続けて、

「さて、ネナも白湯はどうだい?」と言った。


肘掛けに手をつきながら慎重に腰を上げようとしたモリスさんに、私は慌てて「自分で注ぎますからっ」と制止する。

焦って止めたことで、いつもより声が大きくなってしまった。


(あまり、脚が良くないから……)


「おや? そうかい」


強くなってしまった語気に気を悪くしていないかと、胸の奥が少しだけざわついていた。

けれど、そんな不安も杞憂なほど、普段と変わらない穏やかな笑みを浮かべるモリスさん。


(よかった……)


ほっと胸を撫で下ろした。


私はカップに白湯を注いで、そろそろと透真の横に腰を下ろした。

そしてひとくち、白湯を口にする。


「ネナ」


カップから口を離し、一息ついたとき。

機を見計らったのか、モリスさんは私の名前を呼んだ。

その声は、穏やかながらも真剣だった。


私はいつもと違うトーンに、気づけば背筋を伸ばしていた。

一拍置いて、

呼びかけに答えるように、モリスさんの顔をまっすぐ見つめる。


「何があったんだい?」


紡がれた言葉は責めている訳ではなく、ただの問いかけだった。

それでもやっぱり、申し訳なさが胸に残って、居た堪れない。


手元にあるカップに、ゆっくりと視線を落とした。

白湯から出ている湯気が、ゆらゆらと揺れている。


「ごめんなさい、実は……」


私はフィンのタオルを追いかけて森に入ったこと、

気づいたら森の奥まで来てしまっていたこと、

魔物に遭遇したこと、そして———

透真に助けられたことを、順を追ってゆっくりと話した。


私がひと通り話し終えると、静かに話を聞いていたモリスさんは「そうだったか…」と呟いた。

そのまま、何かを考えるようにして目を閉じる。


振り子時計の音だけが響く静寂の中。

再び目を開いたモリスさんは灰色の瞳で私を見つめて、

皺の刻まれた唇を、そっと動かした。


「今回は運がよかった。それはおまえさんが一番、身をもって感じているだろう」


「はい…」


モリスさんの言葉に震える声で答え、小さく頷いた。


魔物に同時に襲われていたら。

透真がいなかったら。

そうしたら……私は、死んでいたかもしれない。


私はあったかもしれない最悪の可能性に、背筋がぞっと凍る思いがした。


「それが分かっていれば十分だ。それに……」


顔を青くする私を見てモリスさんはそう言いかけると、壁に立てかけてある私の傘をちらっと見た。


「破ってしまった約束もあったが、守られた約束もあった」


『しばらくは常に持ち歩きなさい』

いつかのモリスさんの言葉を思い出す。


傘を見る横顔は口角が上がっていて、目尻には深い皺が刻まれていた。


「そして、君は私の孫の大事な物を守った」


モリスさんは傘に向けていた顔を私に向き直して——


「___ありがとう」


満面の笑みで感謝を送ってくれた。


喉の奥がきゅっと詰まって、うまく言葉が出てこない。

"ごめんなさい"でもなく、"どういたしまして"も違う。


私が言葉に詰まっていると、横にいる透真が「よかったな」と笑う。

その言葉に、私はただ喜んだらいいのだと、頭の中が澄み渡った。


(…そっか。……そうだね)


そうしたら自然と、返したい言葉が浮かんでくる。


「こちらこそ、ありがとうございます」


私は笑って感謝を伝えた。

大きな優しさで包んでくれて、身を案じてくれる——

その導いてくれる存在に、ただただ感謝した。



***



私たちはそれからも、しばらく話をした。

その中で話題に上がった、フィンのタオルの飛んで行き方の違和感。

モリスさんが言うには、あれはどうやら妖精のいたずらによるものらしい。


「フィンは【妖精の愛し子】だからなあ……」

急に現れたフィンとなかよくする私に嫉妬し、困らせてやろうとタオルを運んだのだろう、とモリスさんは言う。


【妖精の愛し子】というくらいだから、妖精から無償の愛を注がれる体質なのだろう。

モリスさんの話を聞きながら、いたずらで死にかけたなんてと思いつつ、

"このことはフィンには言えないな"と、苦笑いをした。


それともう一つ。

傘と、私の能力についても話をした。


後から気づいたこと。

それは、森までタオルを追いかけた時や、魔物を斬ったとき、

緊張による疲れは感じていたものの、動作そのものによる疲れは一切感じていなかったということ。


それと——透真を強く抱きしめたとき。

あのときは、透真が冗談を言っているのだと思っていたけど……結構本気で痛かったらしい。


その話を聞いて私は透真に謝ったけど、

透真は「そのくらいの方が安心だ」と、励ますように私の頭を撫でた。


この事で私の能力に【身体強化】があることが確定し、私はやっとこの世界の自分を少しだけ知ることができた。


自分に異能があるなんて不思議な気持ちだったけれど、異世界で生きるのなら心強いこと他なかった。


「傘が剣のようにか……」

傘をまじまじと見つめながらそう呟くモリスさんは、口元に手を当てて暫く考え込むと、


「恐らく、持ち主の強い意志に呼応する武器なのだろう」

そこで一度言葉を切り、ふっと目を細める。

そして私に傘を差し出しながら、


「その傘は——君の心次第で、いくらでも姿を変えるやもしれん」


「色々試してみなさい」


モリスさんは一度こちらを振り返り、

微笑を深めた。


ゆっくりと立ち上がり——

「おやすみ」

そう言って、自室へと向かって行った。


透真とふたり残された部屋に、静寂が訪れる。


「……どうして、この傘なのかな」


気づけばぽつり、そう呟いていた。

実を言うと、この世界に一緒に来てしまったのはこの傘だけじゃない。


あの日、私は自動車教習の合宿の帰りで、傘と一緒に、転がせるタイプのトランクケースも側にあった。


けれど、こっちに来た瞬間にはその姿はなく、

後になってフィンが「おみやげだよ〜!」と言いながら持ち帰って来たことに、

目を丸くして驚いたのは記憶に新しい。


(まさか、こんな大きなものまで来てるなんて……)


確かに、トランクの中には武器になりそうな物はない。

だけど、傘が武器になるなら、

トランクが四次元バッグになったり、

服が防具になったりしても良さそうなのに。


結局、それらは何の変化もなくて、モリスさんも特に言及はしなかった。


こほん。


私が一人考え込んでいると、横からわざとらしい咳払いが聞こえてきた。


「ところで音凪さん」


「?……どうしたの?」


急に改まり、眉間に僅かに皺を寄せながら、気恥ずかしそうに視線を逸らす透真。

おかしな様子に、私は小さく首を傾げた。


(怒っている……わけではなさそうだけど、どうしたんだろう)


透真は私が不思議がっていることは気づいているだろうに、そのことには触れず、


「モリスさんに、『しばらくここにいても良い』と言われたんだが…

音凪は、どうしたい?」


そう尋ねた。


透真が言いたくないなら…と、私も無理に触れることはせず、透真の言葉に向き合った。


「うん……そうだね。

しばらくは、お言葉に甘えちゃおうか」


まだこの世界のこと、何も知らないから。

きっとその方がいい。


透真は目を細めて、こくりと頷いた。


「……でもね」


そう言葉を紡いだ私に、細めた目をわずかに見開いた透真。

そんな透真の手を、両手でぎゅっと包み込む。

そしてまっすぐ、透真の瞳を見つめた。



「ここにいるのは、少しだけ。

必ず……戻ろう——元の世界に」


私とは違って、透真にはたくさんの居場所がある。

大切な友だちや、養護施設の幼馴染たちや——帰りを待っている人たちが。


私の「戻ろう」という言葉に一瞬、透真の表情が翳った……気がした。


(……透真?)


そんな微かな違和感は、私の首に手を回した透真の動きで、

一瞬で意識の外へと追いやられてしまった。

「強いなぁ」と、透真は私の頭をわしゃわしゃと掻き回す。


「?! ……透真、なに?」


「音凪の強さに感動して」


そう感動しているフリをして、いつまでも手の動きを止めない透真。

すこしだけ、"しつこい……"と感じて、引っぺがそうとする。

けれど——動かない。


(……どうして?)


【身体強化】を持つ私の方が強いはずなのに、なぜだか全くびくともしない。


もう一度引き離そうと試してみる。

だけどやっぱり、透真の手ははがせなかった。


どうしてなんだろう……と考えて、ふと。


(もしかして……)

ある可能性が頭を過ぎる。


「透真」


私が透真を呼ぶと、透真はぴたりと動きを止めた。そして、


「透真も【身体強化】、あるんじゃないかな?」


「え?」


私の言葉に、透真は気の抜けた声を漏らした。

そのまま、やっと私の首から腕を離して、今までのことを思い返すように少し目線を上げている。


「……ああ、言われてみればそうかも」

そう答えた透真に「やっぱり…」と呟いた。


「そういえば……さっきのビームのことも、ちゃんとは聞いてなかったね」


今日までの間に透真がどうしていたのかは、フィンとの会話の中で話があったから知っていた。

だけど、肝心の透真の能力についての詳細は話していなかった。


「あー、それは……これ」


そう言って透真が見せてくれたのは——透真のスマホ。

それは元の世界で透真が使っていた物と全く同じだった。


思わず、目が丸くなる。


透真も私の傘と同じような物があったんだなぁと、何となく察した。

それにしても——


「スマホから、ビームを出したの?」


私の傘といい、元の世界ではありえない出来事に、つい再確認をしてしまった。

透真は苦笑いをしながら「まあな」と答える。


「それだけじゃないみたいだけど。

まあ……また今度な」


途中で話すのを止めた透真に"どうして止めるの?"と聞こうとしたけど、


「ふわ……」

こみ上げた欠伸によって、それは声にならなかった。


「今日は疲れたもんな。 もう寝よう」


透真は眠そうにする私の頭を今度はやわらかく撫でながら、やさしく諭した。

落ち着いた声と、そっと触れる手つきに、余計に眠気が増していく。


私は素直に「…うん」と答え、ゆっくりと立ち上がった。


一緒にダイニングを出て、私の部屋の前で別れを告げる。


「…おやすみ、透真」

「おやすみ、音凪」


自分の部屋に向かう透真を見送り、扉を静かに閉める。

ふらふらと揺れる足取りでベッドに近づき、倒れ込むように身を沈めた。


眠気で思考がゆるやかに溶けていく中、

『明日も、透真がいる』

そんな喜びを胸に抱えながら——。



***



翌朝、透真と改めて今後のことを話し合った。

(すぐに終わっちゃった……)

ほとんど私の提案通りに進んだ、その話し合いの結果、

あと一週間はここでお世話になって、その間に旅の準備をすることになった。


そのことをモリスさんとフィンに伝えると、

フィンは「やだやだ」と泣きながら駄々をこねてしまった。

その一方でモリスさんは、「できる限りのことをしよう」と、

私たちの判断を優しく受け入れてくれた。


そうして数日は、拗ねてしまったフィンを宥めつつ、この世界に関する知識を蓄えながら穏やかな日々を過ごしていた。


フィンは私や透真が家事をしている間、ずっと抱き着いて離れなかったり、かと思えば私たちの声掛けにぷいっとそっぽを向いたり……。


本人は真剣なのだろうけど、

その可愛らしいそぶりに、頬が緩まないようにするのが大変だった。


そんなある時——


「フィンを一緒に連れて行ってはくれないか」


部屋の掃除をしていた私と透真に、モリスさんが真剣な声でそう告げてきた。


「……フィンを?」


私と透真はお互いの顔を見合わせる。

モリスさんの考えが全く分からなかった。

幼いフィンを一緒に旅に連れ出してくれと言うのだから、この反応は無理もないと思う。


私たちの疑念を払うように、モリスさんはこう続けた。


「我らヒツジ族は元々群れをなし、季節によって住処を移す種族だ。その過程で様々な経験を積み、大人へと成長していくのだが……」


モリスさんはチェストに立て掛けてある写真を見つめた。

そこにはフィンたち家族の写真——フィンのご両親が写っている。


「一度群れから離れてしまえば、子どもたちだけで群れに戻るのは難しい。

そして、この老ぼれには、そんな孫たちを群れまで戻してやることもできなかった」


自身の膝を摩りながら語るその姿は、とても小さく見えた。


「……あの子の兄には群れで過ごした経験があり、今は森を管理する者としての経験を積む段階に来ている」


モリスさんはそこまで言うと、写真に映るフィンの姿をそっと撫でた。


「だが、フィンは違う。まだ幼く、群れを殆ど知らぬまま育ってしまった。


このままでは……

フィンは何にも成れぬまま、

ここで生きていくことになるかもしれん」


伏し目がちにした瞳は白い睫毛に隠されて見えない。

けれど、その姿と声だけで切実な思いが伝わってくる。


「どうか、フィンに外の世界を見させてはくれないだろうか」


「頼む……」

杖で体を支えて、深々と頭を下げた。

あまり腰の良くないモリスさん。

杖を握る手が、わずかに震えている。


私は知っている。モリスさんにとって、フィンがどれだけ大切な存在か。

けれど、ただこの小屋でずっと一緒に暮らすことより、フィンの将来を想って、危険でも外に出すことをモリスさんは選んだ。


私はその眩しさに

(……これが、家族の愛なんだ)

少しだけ目を細めた。


腰を折るモリスさんに私は駆け寄る。


「頭を上げてください」


モリスさんの肩に触れながら、そう声を掛ける。

モリスさんが頭を下げる前から、私の答えは決まっていた。


「透真……いいよね?」


振り返って、透真に問いかける。

声を掛けられた透真は、私を見てすぐに笑った。

そして、まるで最初から私がそう答えると知っていたかのように、「もちろん」と頷いた。


透真の答えに、自然と笑みがこぼれる。

そのままモリスさんに向き直り、彼の瞳をまっすぐ見つめて——


「フィンと、一緒に行きます」



***


それからしばらくして、帰ってきたフィンに話をした。

はじめはきょとんとしていたけれど、

話が終わる頃には、丸い瞳がさらに大きくなっていて、

小さな口は半月を描いていた。


そして次の瞬間、

ぴょんぴょんと飛び跳ねたり、小屋の中を駆け回ったりしながら——

「きゃあーーー!」と大よろこびした。



——それからまた数日が過ぎ、

いよいよ、旅立ちの日がやってきた。


「フィン、忘れ物はないかね?」

「うんっ、ばっちり!」


雲ひとつない晴天の中、爽やかな風が草木の匂いを運んでくる。

それはまるで、私たちの旅立ちを温かく見守ってくれているようだった。


大きなリュックをモリスさんに見せながら、えっへんと胸を張るフィン。

今はこんな様子だけれど、二日前にはモリスさんと離れる実感が沸いてきて、一日中モリスさんに引っ付いて泣いていた。


(私も、少しだけ寂しくなっちゃった)

近づく別れに、ちょっぴり涙ぐんだ夜が私にもあったことは……誰にも内緒。


「モリスさん……

短い間ですが、ありがとうございました」


フィンの頭を撫でるモリスさんをまっすぐ見据えて、透真とニ人頭を下げる。


「こちらこそ、私の我儘を聞いてくれてありがとう」


モリスさんは私に歩み寄ると、私の手をそっと握り「フィンをよろしく頼む」と微笑んだ。


「はいっ」


握られた手をギュッと強く握り返し、モリスさんの想いに応える覚悟を示す。


「ネナ、君なら大丈夫だと信じているよ。


——フィンの事だけじゃなく、な…」


目を細めながら紡がれた意味深な言葉に、思わず笑顔はほどけて、きょとんとする。


(どういう意味だろう……)


首を傾げる私をよそに、モリスさんは今度は透真の元へ向くと、肩をポンッと叩いた。


「……少しの勇気で、掴み取れる幸せもある」


そこで言葉を切り、ふっと目を細める。

「君なら、そのことに気づけるはずさ」


その言葉に目を見張る透真。

私は先ほどモリスさんに言われた意味深な言葉に気を取られて、二人の様子に気づくことはなかった。


「さあ、そろそろ出発の時間だ」


この世界の時間事情は有難いことに元の世界と同じで、時刻はもうすぐ午前十時を回ろうとしていた。


あまり遅くなると、近くの町に着く前に日が暮れてしまう。

旅の初日だから、野宿は避けたい。


改めてモリスさんに向き直る。


(……)


「さようなら」の一言がなかなか言えない。

その言葉は違うと、何となく感じてしまったからだ。


「おじいちゃーん!いってきま〜す!」


いつの間にか森の入り口まで行っていたフィンは、モリスさんに向かって大きく手を振っている。


「ネナ」


フィンを見ていた私に、モリスさんが声をかけた。

まだ何と言って別れを告げたらいいのか分からないまま、モリスさんを見つめる。




「いってらっしゃい」




「…!」


その言葉はすとんと胸の奥に落ちていった。


そう、モリスさんはいつだって私の迷いを打ち消してくれる___


「はい! いってきます!」


笑顔で暫しの別れを告げて、フィンの元へ駆け寄る。

隣にいた透真も「ありがとうございました」と言いながら軽く会釈をすると、ゆっくりと私たちの元へ歩き出した。


そよそよと穏やかな風が吹く中、一際大きな風が頬を撫でる。


あんなに怖かった森も、今はもう怖くない。

横にいる透真とフィンの存在を確かめながら、私は森の中へと一歩踏み出した。



第四話

目覚めの森-決意と別れ- 完

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