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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
三章:羽ばたきの峡谷
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第十一話:忍び寄る雷雲(後)


「……え?」



"姿、変えられるよ"

その言葉に私は大きく目を見開いた。

目の前のその子を、じっと見つめる。



姿を変えられるって、どういうこと?

そもそも、なぜそれをフアンくんが知っているの?



何から聞いたらいいのかと、言葉に詰まる。

動揺する私とは反対に、フアンくんはとても落ち着いていて、

一瞬目を伏せると、すぐにまた私に視線を戻した。



「使ってない時限定だけどね。


……試しに、“変われ”って願ってみたら?」



——。



「!」


私はフアンくんから傘に視線を向けた。

ほんの一瞬、まるでフアンくんの言葉に頷くように、手に持つ傘が震えた気がした。


私は再び、そっとフアンくんを見つめた。


「変われって……」


「アクセサリーとか、いいんじゃないかな」


考えるように口元に手を当てて、「指輪とか、腕輪とかさ」と呟いた。


(アクセサリー……)


私はゆっくり目を閉じて、

傘が変化する姿を思い描いた。


穏やかな風がたちはじめ、髪を優しく揺らす。

瞼の裏が明るくなり、傘に光が帯びていくのを感じた。



(お願い。——変わって)



そう願ったのと同時に、辺りは一際眩しい光に包まれる。

呼吸をするように光が次第に収まっていくと、右手首にじんわりと温かな熱を感じた。


そっと目を開き、右腕を見る。

そこには——


深い紺色に、銀の装飾が施された腕輪があった。


私は腕輪をじっと見つめたあと、ゆっくりとフアンくんに目を向けた。



「どうして……?」

どうして分かったの?



その疑問に、フアンくんは何でもないことかのように答えた。



「じじいの家に、似たような物があるんだ」


「ホーマンさんの家に?」


「うん」


長い睫毛を揺らして答えたフアンくんの横顔は、どこか大人びて見えた。


「さっき、姉さんとちびっ子がじじいの家のお宝を見に行ったって言ったでしょ?」


「う、うん」


「じじいは光り物や骨董品集めが趣味で、たまに不思議な物を持って帰ってくるんだ」


「似たような物っていうのは、そのうちの一つ」


フアンくんは私の右腕を真っ直ぐ見つめた。


「じじいは"ただの骨董品だ"って言ってるけど……

僕はあれ、たぶん違うと思ってる。だって——」


……スッ。



「それと同じ"波動"だから」



フアンくんは、腕輪を指差した。



(はど……う?)


聞き慣れない言葉に、思考が止まる。


それはつまり、どういうことなんだろう……?


フアンくんに尋ねようとした、その時——



「フアンが前に言ってた"サマンサ"のはなしぃ?」



ふいに、ひょこっと影が動いた。

いつの間に来たのだろう。

フアナが私とフアンくんの間に入って「ねえねえ、何の話ぃ〜?」と首を傾げた。


(……びっくりした)


私は突然のフアナの登場に驚いた心臓を落ち着かせながら、

「サ、サマンサ……?」と聞き返した。



「……じじいが、その似たような物に付けた名前」



フアンくんが、"ほんとあり得ない"とでも言いたげな顔で答えた。


「ネナさんも昨日見たでしょ?

じじいが骨董品に“ミーシャ”って名前つけてたのを」


「あ……そう、いえば?」


ホーマンさん、集めた物に名前つけてるんだ……。

どうしてなんだろう。


(かわいいから、かな……?)


ぼんやりと、そんなことを思っていた。



(……あれ?)



私はフアナの周りを見回して、首を傾げた。


「フアナ……」


「なあに? ネナ」


フアナは少し吊り上がった大きな瞳で私を見上げる。



「フィンは、一緒じゃないの?」



フアナと一緒にいるはずのフィンの姿がない。

私の問いかけにフアナは一瞬だけ顔を逸らして、琥珀の瞳が映す視線だけを再び私に向けた。


「じじいの宝物自慢が始まったからぁ……置いてきた!」


「興味津々だったわよぉ」


にかっと、悪びれもせずに笑うフアナ。

私は思わず苦笑いをした。


(フィンが楽しんでるなら、いいんだけど……)


そうである事を祈ろう。

ホーマンさんが一緒なら、安全ではあるはず。


そう自分に言い聞かせて、再びフアンくんに疑問を投げかけた。


「フアンくん。さっきの傘のことだけど……」


フアナを見ていたフアンくんの視線が外れる。

そして静かに振り向いた。


「"波動が同じ"って、どういう意味なの?」


そう尋ねると、フアンくんは小さく頷いた。


スッ。


フアンくんは四本に立てた指を目の前に出して話しはじめた。


「物には力の流れが四種類あるんだ」


「斑らに痕跡が残る物、

 一点から脈のように流れる物、

 内側から滲み出る物、

 そもそも、力そのものがない物」


フアンくんは立てた指を人指し指だけ残すと、そっと私に向けた。


「例えば、その羽織り。

 それは魔法を使って作られた物だね。力の痕跡が残ってる」


モリスさんからいただいたケープ。

無意識に、指先で触れていた。


確かに、フィンから風魔法で編んでいたと聞いていた。


「逆に、魔法を使わず作られた物には力はない。

 魔石を組み込んだ『魔道具』は別だけどね」


フアンくんの視線が、私の背後へと流れる。

つられて振り向くと——



「魔石から力が流れる。それが脈のように広がっていくということか」



ずっと黙って聞いていた透真が、そう言った。


そんな透真が急に口を挟んだことに、私は小さく首を傾げた。

フアンくんは「うん」と頷く。



「それで、音凪の傘は?」



透真が尋ねた。

フアンくんは透真から、私の腕輪に視線を注いで——



「滲み出てる」



そう答えた。


「じじいの骨董品もそう。

 このタイプは物そのものに力が宿ってるんだと、僕は思ってるけど……」


フアンくんはそこで言い淀んで、口をきゅっと結んだ。


説明しづらいことなのか、言いたくないのか。

なんとなく、それ以上は聞くのを止めようと、

「そうなんだね」と言葉を返した。


そして、もうひとつ。


「……どうして、使用中は姿を変えられないんだろう」


たとえば、

剣なら剣の姿に、

盾なら盾の姿に、

翼なら翼の姿に——。

そう変化してもいいはずなのに。


そんな疑問にも、フアンくんはすぐに答えてくれた。


「本来の姿じゃないと、力を出しきれないからでしょ。たぶん」


「本来の、力……?」


一体どういうことなんだろう。

フアンくんは続けた。


「うん。

そいつらには意思があって、持ち運ばれるために姿を変える。

でも、使う時には持ち主を守るために


——力を解放するんだと思う」


「たぶんだけどね」

そう曖昧に言葉を締めたフアンくん。

けれど、その蒼碧の瞳は、どこか確信を宿していた。



「……フアンくん、物知りなんだね」



幼いのに本当にすごい。

フアンくんの知識の深さに、感心どころか尊敬の気持ちすら湧いてくる。



——ぎゅっ!



突然、腰のあたりに温もりが伝わる。



「そうよぉ!

あたしのフアン、すっごいんだからぁ!」



下を向くと、"えっへん!"と胸を張るフアナが抱きついていた。


「よく言うよ……」


フアンくんはそう言って顔を逸らした。

その頬は、うっすら赤く染まっている。


「ふふっ」


私は微笑ましいふたりの様子に、笑い声をこぼした。



「そういえば……」


まだ少し照れくさそうなフアンくんが、ふいに思い出したかのように切り出した。


(まだ、他にもあるのかな?)


フアンくんの次の言葉に、自然と耳を傾けた。



「僕、トーマさんのも気になってるんだよね」


「四角いやつ」



そう言ったフアンくんが思い浮かべているのは、恐らく——"スマホ"。


透真もすぐに察したようで、「これか?」とポケットから取り出した。


フアンくんは差し出されたスマホを見て、うれしそうに頷いた。


「これ、アイテムボックスでしょ?

すごいなぁ……僕、本物は初めて見た」


「どういう仕組みなんだろう?」

傘の時と同様に、隅から隅まで観察するフアンくん。


透真のスマホは、ただのアイテムボックスじゃない。


光線も、発火も、放電も。

思念伝達に、映像や音声の記録と再生まで。


現代のスマホに関連することを、無理やり魔法にしたみたいな——

いわば“万能アイテム”。


(なんだっけ……ち……ちいと?)


幼い頃、どこかで聞いた名前をふと思い浮かべた。

確か、"なんでもありだね"っていうときに、呼ぶ名前だったはず。


ただ、戦闘面はやや心許ない。

戦闘特化のこの傘とは——相性抜群だ。


その"理由"に、私はどこか意図的なものを感じていた。


他の能力のことまで話したら、フアンくん、驚きすぎて腰抜かしちゃうんじゃないかな?


そんなことを考えていたけど、透真は他の能力について触れる気はないみたいだった。

フアンくんが観察しているのを、黙って見つめている。


(透真が言うつもりないなら、私も言わないでおこう)


私は腕輪になった自分の傘にそっと触れた。

銀の装飾を撫でるように、指先でなぞる。


(傘に戻したいときは、『手伝って』って思えばいいのかな……?)


試しに、そう願ってみる。すると——



「!」



腕輪は瞬く間に、傘へと姿を変えた。


手首から光が解けるように伸び、

次の瞬間、私の手の中に、いつもの傘があった。


まるで、私を助けることをよろこんでいるみたい。


「……ふふっ」


私は胸の奥がじんとして、気づけば笑みをこぼしていた。



(また、よろしくね)



心の中で呟くと、傘はふわりと光に溶け、

やさしく右手首に戻っていった。


私は傘が腕輪に戻ったことを確かめると、

相変わらず透真のスマホを観察しているフアンくんに、そっと目を向けた。

そのとき——



バサバサッ!



翼をはためかせる、一際大きな音が響いた。

今度は誰だろうと入り口に目を向けると、額に汗を滲ませたホーマンさんが仁王立ちしていた。

その表情は、どこか焦っている。



フィンは——?



ひやり。冷たい風が頬を滑る。

胸騒ぎがして、思わず声をかけようとした瞬間。



「お前さんたち!

今すぐ、わしの家に来るんじゃ!!!」



ドクンッ。

胸の奥で、嫌な音が響いた。



「ホーマンさん、どうしたんですか?」


「フィンは?」

透真が冷静に尋ねる。


「フィンはわしの家におる!」


短く答えると、ホーマンさんはサッと身を翻した。


「説明は後じゃ。

今はとにかく、わしに着いてこい!」


言い捨てるように叫ぶと、ホーマンさんは走り出した。

状況が全く飲み込めないまま、私たちも慌ててその背中を追う。


「あたしたち、先行くわよお!」

「あとでね、ネナさん、トーマさん!」


フアナとフアンくんも、ただ事ではない様子に素直に従う。

ふたりは両手を翼に変え、空へと舞い上がっていった。


先を走るホーマンさんの少し後ろを駆けていく。



フィン……

あなたに、何かあったんじゃないよね?



私は止まない胸騒ぎに、胸の辺りを揺れるケープをぎゅっと掴んだ。



(お願い……。無事でいて……!)



峡谷の空はまるで灰色の海のように、一面雲で覆われている。

遠くから聞こえる雷の音が、心臓の音と共鳴した。



第十一話

羽ばたきの峡谷-忍び寄る雷雲- 完

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