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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
二章:はじまりの町
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第五話:異世界の景色③


***



「えーーー!!

 おにいちゃん、いないの〜?!」



そう叫ぶのは、カウンターに手を伸ばして、この店の女主人を見上げるフィン。


フィンのお兄ちゃんがいるというご飯屋さんに着いて中に入ると、

フィンはトテトテとカウンターに駆け寄り、


「おじちゃん、おばちゃん、こんにちは!」


と、声を掛けた。


その声に、目の前にいた五十代くらいの女性は「おや、フィンじゃないかい」と驚くと、

続けて、「今日の明け方にテオが帰って行ったってのに、どうしたんだい?」と尋ねた。


その言葉にショックを受けたフィンの反応が、先ほどの叫び声だった。


「かえっちゃったんだあ……」


大きな耳を垂らして、しょぼんと項垂れるフィン。

そんなフィンを励ますように、肩をポン、ポンと叩いた。



「あら、初めて見る顔だね」



私たちの存在に気付いた女性が「どちらさんだい?」と声を掛けた。


「はじめまして。フィンとモリスさんにお世話になってます、音凪と申します」


「透真です」


軽くお辞儀をして自己紹介をする。

さっきの門番さんには最初、疑いの目を向けられてしまったけど、大丈夫かな……。


恐る恐る視線をちらりと上に向けると、


「あー! そういうことね」


女性はそう声を上げて、カラッと笑った。


門番さんと違って、この女性はモリスさんからの手紙を見ていない。

それなのに、すべてを察したかのように頷いている。


どうやらここの人は、モリスさんたちの役割を知っているようだ。


「大変だったろう。 ゆっくりご飯でも食べていきなさい」


そう言ってテーブル席に案内してくれる女性。

私は「ありがとうございます」とお礼を言いながら、その後を着いていった。



「そういえば、あたしたちの紹介をしていなかったね。 あたしはラミア」



「そしてあっちにいるのが、旦那のデミドア」


後ろ手に、親指で厨房を指しながら紹介するラミアさん。

ラミアさんに紹介されたデミドアさんは「……おう」と小さく応えると、

すぐに調理に戻って行った。


(寡黙な人みたい)



「おばちゃん、ぼくいつもの〜」


席に着いて注文を始めたフィンに、

待たせちゃいけないと私も慌てて席に着く。


すばやくメニュー表に目を滑らせていると、

パッと目に入ってきたとある料理名に目を奪われた。


(こんなところで、出会えるなんて……!)


私はうれしさのあまり、自然と頬がほどけるのを感じた。

かすかに震える指先をそっとその料理名に添えて、ゆっくりと口を開いた。



「この——


『サラマンダーも火を噴く 激辛スープパスタ』を、ひとつお願いします」



フィンとラミアさんが、ギョッとした目で私を見つめてくる。


「俺はこのカツ丼でお願いします」


いつものことだと、ふたりの様子なんて気にも留めず、呑気に注文をする透真。

ラミアさんは驚きつつも、そんな透真の注文をちゃんとメモしている。


(ラミアさん……プロだぁ)


ラミアさんの動きに、

ぼーっと感心していると、


「ネナ……ほんとうに、これたべるの?」


「用意しているあたしが言うのも何だが、あまりおすすめはしないよ?」


"やめときなよ"と止めるふたりに、

「大丈夫です」と笑顔で答える。


「そこまで言うなら……」


ラミアさんは渋々といった様子で、注文内容をデミドアさんに伝えに厨房へと向かった。


「ネナ〜! ほんとうに、だいじょうぶ?」


目を潤ませ心配そうに見上げてくるフィンに笑いかける。



「大丈夫だよ。

 辛いの、大好きなの。 ふふっ」



期待で胸を弾ませ頬を綻ばせている私とは対極的に、

フィンは信じられないという顔をして固まってしまった。


透真がフィンの頬をツンツンするがぴくりともしない。


しばらく待っていると、

まずはフィンのハンバーグと、透真のカツ丼が運ばれてきた。


ハンバーグはじゅわあっと肉汁が滲み出ていて、

デミグラスの酸味の効いた香りが鼻をくすぐる。


カツ丼は香ばしい揚げ物の匂いと、

艶やかな黄身と白身が食欲をそそる。


おいしそうな料理の前では、

フィンも固まり続けてはいられない。


目の前に置かれたハンバーグに目を輝かせて、

垂れそうになる涎を、ごくりと飲み込む音がした。


「いただきます」と言ってさっさと食べはじめた透真。

そんな透真と私の顔を、ブンブンと交互に見ながら様子を窺うフィン。


「先に食べていいよ」


私がフィンにそう言うと、横から透真が、


「むしろ先に食べないと、食べれなくなるぞ」


真剣な面持ちでフィンに助言する。


フィンは慌てて「い、いただきます!」と言って、

フォークをハンバーグに突き刺した。



ぱくっ!



「ん〜!」


目を輝かせて、感嘆の声を上げるフィン。

そのままおいしそうに、ハンバーグをパクパクと食べはじめた。





ふたりが食べ終わる頃、

ラミアさんが神妙な面持ちで、テーブルへとやって来た。



「……まずは、これを着けるんだ」



手渡されたのは三人分のゴーグルと、二人分のマスク。


(どのくらい辛いんだろう)


大袈裟なほどの対策に、辛さへの期待が高まって口元がほどけていく。


そんな私とは裏腹に、フィンと透真の顔は真っ青になっていった。


「音凪……いくらお前でも、さすがにやばいんじゃ……」


「? 透真まで、どうしたの?」


うきうきとゴーグルを着けて準備万端な私。

透真は"これ以上何も言うまい"と、

自身もゴーグルとマスクを装着する。


フィンは受け取って早々に装着していた。


三人が装備したことを確認して、

ラミアさんは厨房へと戻る。


少しして、私たちと同じくゴーグルとマスクを装着したラミアさんが、

ついに私の料理を運んできてくれた。


「……無理はするんじゃないよ」


言葉に続くように、コトンと置かれたスープパスタ。

その見た目は、料理名に劣らない"赤"だった。


マグマのように真っ赤に染まるスープはまさに原色の赤。

鼻を刺激する強烈な辛さに、胸がとくとくと鳴っているのを感じる。


私はそっと、両手を合わせた。


「いただきます」


(まずはスープを……)


ふうふうと熱を冷ましながら、

煮えたぎるような真っ赤なスープをすくったスプーンを口に運ぶ。


その様子を、透真とフィンが戦々恐々と見ている。


「はわわ……」

「……」


スプーンが口に触れる。

誰かがごくりと、息を呑む音がした。


静かにスプーンを傾ける。



「——!!」



スープを口に入れた瞬間の、衝撃。


「音凪! 吐き出せ!」

「ネナ〜!」


固まった私に、透真とフィンが椅子から立ち上がって焦り出す。けれど、



ごっくん。



「おいしい……!」



すぐに目を輝かせてパクパクと食べはじめた私に、呆然とする二人。


そんな二人はゆっくりと顔を見合わせた後、心配して損したと言わんばかりの顔で、力なく椅子に沈んでいった——。


***


「ご馳走様でした」


激辛スープパスタを食べ終えて、そっと手を合わせた。

目の前に置かれたお皿には、ひとすくい分のスープも残っていない。


(スープまで飲みきっちゃった)


まだ感じる口の中の余韻に、そっと目を細めた。


「あれを食べきっちまうなんてねぇ」


ラミアさんが感心しながら笑顔で呟く。

厨房から覗くデミドアさんも、心なしかうれしそう。


「おいしかったです」


「ネナ……あれ、ほんとうにすごいんだよ?」


眉を垂らすフィンに、私は首を傾げた。

横で透真とラミアさんが苦笑いをしている。



「ところで、今夜はどこに泊まるんだい?」



ふと、ラミアさんが尋ねた。


「これから探そうかと」


透真がそう答えるとラミアさんは、

「それならうちに泊まってきな!」と、

この建物の二階を指差した。


「ちょうどテオが家に戻ったからね。部屋は足りる」


「それなら宿泊代を……」


私がそう言いながら、モリスさんに頂いた旅資金を取り出そうとすると、


「いいっていいって! 良いもん見せてもらったお礼さ」


ラミアさんは豪快に笑って、

ポケットに入れようとした私の手を止めた。


そんなラミアさんにフィンは飛びついて、

「おばちゃんたちの家にお泊まり、やった〜!」とはしゃいでいる。


"良いもん"が何かは分からないけど、

ここまで言ってくれていることだし、旅の資金も節約できる。


フィンもここに泊まれることを喜んでいて、これ以上断る理由はなかった。


「ありがとうございます」


私はラミアさんとデミドアさんに深く頭を下げた。


「ゆっくりしていきな!」


にかっと笑うラミアさん。

デミドアさんもわずかに口端を上げて、小さく頷いた。


(あたたかいなぁ……)


ふたりの笑顔につられて、気づけば私も頬が緩んでいた。



そうして、思いがけず今日の宿泊先も決まり、

私たちは旅の初日を、ここで締めくくることになった。



第五話

はじまりの町-異世界の景色- 完

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