表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
三章:羽ばたきの峡谷
13/20

第九話:歌う鳥と空躍る音(前)


「っ!」

「音凪、下がれっ!」


透真の叫び声に反応して、私は地面を蹴り飛ばすようにして後ろに飛び退く。刹那——


——ボォオオ!!


轟炎が地を焼いた。


「ギャォオオオン!!」


少しでも避けるのが遅れていたら、丸焦げだった。

目の前で雄叫びを上げる【スカイリザード】を見る。


先ほどから、岩壁と岩壁の間を飛び回りながら火炎を吐き出すこの生物。

吐き出される炎は峡谷の岩肌を滑るように熱波を広げ、籠る熱気に汗がダラダラと流れる。


加えて、素早い速さで空を駆けるように襲いかかってくる相手に、私たちは苦戦していた。


(でも、見えてきた)


つま先をジリリと、外に向ける。


次にスカイリザードが攻撃を仕掛けてきた時がチャンスだと、わずかな変化も見逃さないように機を窺う。



——スカイリザードの口から、残火が散った。



シュンッ!


すぐに、岩壁に留まっていたスカイリザードが再び動き出した。


シュンッ!シュンッ!

   ——ボォオオ!!


「ひゃあああ!」


後ろにいるフィンが怯えた声を上げる。


——バッ!

反射的に傘を開き、黄金の光の盾が炎を弾く。

傘のシールドは熱波が肌を焼く前に、後方に立つ二人ごと包み込んだ。


(いま——!!)


私はシールドを展開しながら、火炎を吐くスカイリザードへ向かって地面を強く蹴った。

そして、火炎が切れる刹那、傘は私の意思に応えるように軸を返し、



——ザンッ!


飛び散る残火ごと、スカイリザードの肢体を斬り裂いた。




タッ、タン!

着地の感覚が足に戻るより早く、私は振り返った。


声を上げることなく絶命したスカイリザードの翼がバサバサと空しく痙攣し、血を散らしながら地に叩きつけられる。


ドサッとその肢体が落ちる音が峡谷で反響し、やがて静寂が訪れた。


「……」


(なんとか、倒せた……)


私はピクリとも動かないその姿に安堵し、

ほっと胸を撫で下ろした。


「ネナぁああ!」


フィンがぱたぱたと駆け寄ってくる。

その後ろから透真も小走りで駆け寄ってくる。


(怪我はしなかったかな……?)


確かめようと、フィンに尋ねようとしたとき。



「ネナありがとおお!

ぼく、ジンギスカンになるとこだった!」



フィンは私に飛びついて、そんな事を言い出した。

思わず目を丸くして、伸ばした腕がぴたりと止まる。


(これは……笑っていいの……?)


ブラックジョークなのか本気なのか分からない言葉に、

どう反応したら……と、おろおろしてしまう。


そもそも、どうしてジンギスカン?


異世界にも、あるの……?


戸惑いながらひとり、そんなことを考えていると、


ポンッ。


「!」


急に頭に訪れた感覚。

意識を外に向ければ、目の前に立った透真が、私の頭に右手を乗せていた。


(びっくりした……)


私は透真の顔を見るために、目線を少しだけ上に向けた。


「お疲れ」


透真はふっと笑って、目を細めた。

私もその笑顔につられて、気づけばそっと口元が解けていた。


"ありがとう"

そう返そうと小さく息を吸った、次の瞬間。


ぐしゃぐしゃっ。


透真が頭に乗せた手を、大きく掻き回し始めた。


「透真……」


「ごめん」


謝って、すぐに手を離した透真。

その口元は緩んでいて、まったく悪いとは思ってなさそう。


(ぼさぼさ……)


乱された前髪を、そっと撫でた。


「トーマ! ぼくのっどうぞ〜」

抱きついていた私の腰から離れて、にこにこと透真に頭を差し出すフィン。


「お」


透真は短く呟くと、

今度はフィンの頭をわしゃわしゃと掻き回しはじめた。

フィンはきゃっきゃっと楽しそうにはしゃいでいる。


——まるで、さっきまでの戦闘がなかったかのように、和やかな時間。


私は、屍となったスカイリザードへと、視線を戻した。

スカイリザードの炎に焼かれて焦げた地面や岩の匂いと、血の鉄臭い匂いが鼻につく。


(……慣れてきて、しまってる)


もう何度目か分からない光景に、

ここまでの旅路がふと頭を過った。


私たちがラウハの町を出てから、今日まで。

気づけば、一週間も経っていた。


ミサイルバードの爆発で荒れ果てた大地を進み、そんな災いの中で残った森を進み……。

そうして三日目を迎える頃に、この【ビエント峡谷】の入り口に辿り着いた。


直前まで続いた森とは一変して、リベルタまでの峡谷の道は草木が殆ど生えておらず、荒々しく削れた岩壁が高々と両側に聳え立っている。


当初は

"まるで神様が岩山を割って道を作ったみたい……"

と、異世界の自然が織りなす神秘的な光景に心が躍った。


だけど、四日五日……と、いつまでも変わらない景色が続くと、新鮮な気持ちは失ってしまう。

今に至っては"いつまでこの道は続くのだろう"と、途方に暮れていた。


とはいえ、歩き続けるしかないのだけれど……。


延々と続く景色の中で、ひたすら歩きながら、襲いかかってくる魔物や野生動物を倒すだけ。


開けた場所もなければ、水辺もない。

同じ場所をぐるぐると歩いているのではないか。

そんな錯覚に、囚われてしまいそうになる。


私はスカイリザードの前にしゃがみ込んでいる透真をそっと見た。


——透真のスマホがあってよかった。


せめてもの救いは、透真のスマホのおかげで、

ここまで困ることなく来られたことだった。


透真のスマホには、森を出る前から、日用品や食料、水なんかも収納していた。

おかげで、この一週間は飲み物や食べ物に困らないだけではなく、ちゃんと体も清潔に保つことができていた。


(それと……)


透真のスマホに宿る、

複数の能力のうちの一つ〈発火〉。

点けられるのは小さな火だけ。

けれど、これにとても助けられていた。


物を焼くことだけではない。

陽が落ちると急激に寒くなるこの峡谷で、

暖を取るための種火をつくることができるこの能力は、

とても重宝していた。


(ほんとうに、よかった)


私はこの数日間の道中を振り返り、心の底から透真のスマホに感謝した。その時——



(……?)



私はふと、首の後ろ辺りがチリつくような視線の気配を感じた。

思わず、首をぶんぶんと振って辺りを見回す。


「ネナ、どうしたの?」


視線をそっと、フィンに移す。

透真の隣でスカイリザードを見ていたフィンが、私を見上げていた。


「誰かに、見られていた気がして……」


だけど、辺りを見回しても、それらしい影はなかった。

私は傘を握る手に、ぎゅっと力を込めた。


「え〜!」

私の言葉に、フィンはぴょんっと跳ねて、


「おばけ?ぼくおばけに会ってみたい!」


期待に胸を膨らませて、目を輝かせた。


(おばけ……)


……斬れるのかな?

そんなことを考えていると、透真が

「うーん、おばけじゃないなあ」と苦笑いした。


どうやら透真も何かを感じたらしい。

崖の上の一点を見つめて、呟いた。



「あそこにいたけど……もう逃げてる」



(そこまで分かるの……?)


透真の持っているスマホの能力?

……ううん。探知系の能力はなかったはず。

……【身体強化】、だろうか。


ひとり考え込みながら首を傾げていると、


「あー、聴覚も鋭くなってるみたい」


透真は自分の耳を指しながら答えた。


「! そうなんだ」


確かに、私も元の世界にいたときよりは、

五感が研ぎ澄まされているような気がする。

ただ、今みたいに透真ほど詳しい状況は見えないけれど。


【身体強化】といっても、個人差があるんだなぁ。


元の世界基準では人間離れした能力。

それなのに存在する人間らしい違いに、何だか不思議な気持ちになった。


「少し気味は悪いけど、直ぐ逃げるくらいだ。そこまで脅威じゃないだろ」


「え〜?」


大した事ないと言って、淡々とスカイリザードの解体を続ける透真と、

肩透かしをくらって、しょんぼりするフィン。


「おばけがよかったあ」


そう言ってへにょへにょとしゃがみ込んだフィン。

透真は静かにフィンへと顔を向けて、ふっと笑った。


「フィンがおねしょでもしたら出てくるかもな」


透真の冗談に、フィンは一瞬目を丸く見開いた。

そしてすぐに、むんっと口を尖らせて、再び立ち上がる。


「ぼく、もうおねしょなんてしないよっ」


両手を腰に当ててぷんぷんしているフィン。

私はフィンのその姿にくすっと笑みをひとつ落として、

ゆっくりと視線を崖の上に戻した。


高く聳え立つ崖の先はいくつもの太い針が乱立しているかのように荒々しく、上空では強い風が轟々と鳴り響いている。



「よし。行こう」


その声に、私は透真を見た。

いつの間にか解体と片付けを終えて、立ち上がる透真。


「はあい」

フィンも透真の声に合わせて、先を向いた。


「……うん」


私も返事をして、もう一度だけ崖をちらっと振り返った。


——杞憂だといいんだけど……。


微かに感じるざわめき。

私は胸の奥の不安が拭えないまま、

先を歩き始めた二人の後を、ゆっくりと着いて行った。



***



《???視点》


「はああっ! 危なかったわあ!」

「あの男っ、こっち見てた……鋭すぎ」


音凪たちから少し離れた岩陰で、緊張に速まった心臓の鼓動を落ち着けるように身を隠す二人組。

暫くして、ようやく鼓動が落ち着くと、二人は同時に「ふぅうう〜」と息を吐いた。


「それにしても、あの傘 なんだろう……」


「ほんとよお! あんなの初めて見たわ!」


首を傾げる蒼碧色の瞳を持つ少年に、琥珀色の瞳の少女がズイッと顔を寄せた。


「魔道具みたいだけど……少し違う? 生き物……? もっと近くで見たいなぁ」


「あたしはぁ〜あいつらの驚く顔がみたいなあ♪」


「ということは?」


「と、いうことはぁ〜?」


お互いの考えが一致したと、顔を見合わせて笑う二人。


「ひひっ! わくわくしちゃう!」


少女の歓喜に震える声が立ち並ぶ岩峰へと吸い込まれる。


少年と少女はクスクスと笑う。

彼らの声は、峡谷を吹き抜ける風に掻き消され、

音凪たちの耳には届かなかった——。



《???視点》 end.


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ