#5 湖上の混戦
「位置について――よーい……スタート!」
魔道具屋の青年の声が湖面に響いた瞬間、6艇のオルカヌーが一斉に水面を滑り出した。
水しぶきが舞い、風が走る。湖が一気に騒がしくなる。
白のオルカヌーに乗った貴族の坊ちゃんが、すぐさま魔法を発動した。
彼の手元から青白い光が走り、水面が盛り上がる。
「波だ……!」
高い波が白の進行方向にだけ立ち上がり、まるでサーフィンのようにオルカヌーが滑り出す。
他の乗り手たちは驚き、バランスを崩しかける。
「これくらいの遊びは必要だろう?」
坊ちゃんは余裕の笑みを浮かべていた。
おいおい、魔法ってありかよ!?いや、確かにダメとはいってないけどさあ!
だが、緑のオルカヌーに乗ったお嬢さんが、それを見てニッコリと笑う。
「それなら、わたくしも風を」
彼女の指先がそっと動くと、湖面に風が走った。
緑のオルカヌーが風に乗って加速する。
白の波を横から抜き去るように、緑が前に出る。
「おおっと、これは風と波の魔法合戦か!?」
桟橋の魔道具屋の青年が思わず叫ぶ。
黒のオルカヌーに乗った兄・マーカスは、魔法には頼らず、体重移動とバランスで粘り強く追い上げる。
黄と赤のオルカヌーも、町の青年とパン屋の息子が必死にしがみついている。
こんなのめちゃくちゃだろ!!でも、意地だ。言い出しっぺが負けてたまるか。
青――僕と僕のオルカヌーは、波にも風にも頼らず、ただ水面の流れを読む。
前世の記憶が、ターンの感覚が、僕の体に染みついていた。
「今だ……!」
僕はオルカヌーの角を軽く引き、波の隙間を縫うように進路を変える。
風の流れを横切り、白と緑の間に滑り込む。
「これは混戦になったぞ!どうなる?だれが勝つんだ!?」
湖面の中央、白・緑・青が横に並び、ゴールの浮きが目前に迫る。
その瞬間――
白の坊ちゃんが、最後の魔法を放つ……!
水柱が立ち上がり、ゴール地点に向かって巨大な波が押し寄せる。
「勝つのは僕だ!」
だが、緑のお嬢さんも負けじと風を強めた!
波と風の魔法が出力を上げた結果、干渉してゴール前で水面が爆発したようにしぶきを上げる。
「っ……!」
「きゃっ!」
「アッーーーーー!」
白、緑、青――3艇が同時に水しぶきに飲まれ、ゴール直前で転覆。
黒と黄色も巻き添えを食らい成すすべなく転覆。
乗り手たちは水に投げ出され、オルカヌーたちはキューキューと鳴きながら水面をくるくる回っている。
その瞬間、湖畔からどっと笑い声が上がった。
「なんだなんだ、あれはレースか!?」
「ひっくり返ったぞ! ゴール前で全員沈没って!」
「見てたか? あの青いやつ、すごい動きだったぞ!」
「おい、あれってミネスじゃないか?」
「土産屋の? あんなことできるんだなぁ」
僕は水の中から顔を出して髪をかき上げながら笑った。
いつの間にか、町の人々が集まっていた。
釣り人、果物屋の夫婦、宿の女将、子どもたちまで。
誰かが噂を聞きつけ、誰かが呼びに行き、気づけば湖畔はちょっとした人だかりになっている。
そんな中、僕はこれだけは言っておかねば、と大きく息を吸い込む。
「……レース中の魔法は禁止ーー!!!」
お嬢さんも坊ちゃんも、顔を合わせて笑い出した。
マーカスも、パン屋の息子も、釣り人も、みんな笑っていた。
湖面には、笑い声とキューキューという鳴き声が響いていた。
ファンファーレもコースもない、観客席もないただの湖。
転覆したから勝敗だってうやむやになった。
でも、今日のこのレースは、間違いなく記憶に残った。
さて、ここまでとても勢いがあり、作者的にも気に入っているのでまとめて投稿しました。明日からは12:00ごろに1話ずつ投稿していきます。たぶん、ボートレースを見たことがない人も楽しく読めると思うけど、分からないところがあったら教えてくれると嬉しいよ。
変なところを見つけても教えてほしいよ。よろしくね




