#4 はじまりのレース
湖の広い水面には、6色のオルカヌーたちがぷかぷかと浮かんでいる。
赤、白、黒、黄、緑、そして僕の青。
それぞれが、まるで呼応するように、ゆるやかに動き始めていた。
青に乗った僕が右に動けば、他のオルカヌーも右に。
左に動けば、他のオルカヌーも左に。
「うーん、乗り手が必要だな……」
僕はオルカヌーたちを見つめながら首を傾げ、オルカヌーたちも真似して首……は、ないけど体を傾げた。
湖畔を見渡してみる。
すると、少し離れた桟橋の上に、質の良いシャツを着た若い男が腕を組んで立っている。
なんとちょうどいいところに!
貴族の坊ちゃんだ。でも、この際関係ない。なんかお付きの人もいるけど、退屈そうにしており刺激に飢えていそうだ。
「そこの君、乗ってみないか?」
「……アレに乗るだけでいいのか? まあ、暇つぶしにはなるだろう」
坊ちゃんは白のオルカヌーに向かって歩き出す。
オルカヌーはキューと鳴いて、背を差し出した。
坊ちゃんは何の迷いもなく乗り込み、角に手を添える。
少し離れた木陰には、町娘のような格好をした少女が立っていた。
しかし、ワンピースの質や髪飾りの細工から、ただの町娘ではないことがわかる。
彼女もまた、貴族の血筋であろう。だが、僕には関係ない。
「そこのお嬢さん、よかったら乗ってみない?」
「……わたし?わたしでも、乗れるの?」
「もちろん。オルカヌーは人が好きだし、君みたいに静かな人には特に懐くよ」
少女は少し微笑んで、緑のオルカヌーにそっと手を伸ばした。
オルカヌーはキューと鳴いて、背を差し出す。
彼女は慎重に乗り込み、角に手を添えた。
貴族っぽい二人はお互いに顔を見合わせて、ふい、とすぐに逸らす。お互いにお忍びっぽいので見てみぬフリをしたのだろうか。まあ、もう二人は乗ってるんだし次だ!
「兄さん!」
振り返ると、兄のマーカスが腕を組んで笑いながら立っていた。
商人らしく、何か面白いことが始まりそうな気配を察していたらしい。
「俺も乗る。黒、空いてるな?」
「いい判断だよ、兄さん」
マーカスが黒のオルカヌーに乗ると、残るは赤と黄。
僕は湖畔の方へ走り、ちょうど釣りをしていた町の青年と、パン屋の前で配達帰りの少年に声をかけた。
「ちょっとだけ、乗ってみてくれない? 面白いことやるんだ」
「え? 乗るだけなら……まあ、いいけど」
「パン配達終わったとこだし、ちょっとくらいなら!」
釣り人は黄、パン屋の息子は赤のオルカヌーに乗った。
これで6艇、6人。色も揃った。
「さて……スタートの合図を出す人が必要だな」
僕は桟橋の方に目を向けた。
そこには、町の魔道具屋で働く青年とムウが、興味深そうにこちらを見ていた。
「君、ちょっと手伝ってくれない? スタートの合図を出してほしいんだ」
「俺が? 面白そうだな。魔道具は使わなくていいんだよな?」
「うん、声で十分。タイミングだけ、しっかり頼むよ」
青年は頷き、桟橋の先端に立った。
僕は湖の中央に戻り、声を張り上げた。
「みんな、聞いてくれ! これから、湖の端から端まで、まっすぐ走るだけのレースをやる!ルールはすっごく簡単だ!」
オルカヌーたちがキューキューと鳴いて、乗り手たちも笑っている。
「スタートはこの桟橋の前。ゴールは向こうの岩場の先にある浮きまで。途中で落ちたら失格。オルカヌーの力を信じて、まっすぐ走れ!」
「勝ったらどうなるんだ?」
兄が聞いてきた。
「勝ったら……そうだな。僕が、明日の昼飯を奢るよ。パン店で一番高いやつを!」
「よっしゃあ! 乗った!」
「まあ。ふふ」
「おお……なんか、楽しくなってきたな」
湖面に、風が吹いた。
水面がきらめき、6艇のオルカヌーが並ぶ。
僕は青の背にまたがり、角に手を添えた。
ファンファーレもコースも何もないけど、今日のことは間違いなく記憶に残るだろう。
魔道具屋の青年が、桟橋の先端で声を張る。
「位置について――よーい……スタート!」
前世の記憶が蘇り、オルカヌーのことを1艇、2艇と数えています。作中で口に出したらたぶんツッコミが入ります。




