#14 スラムの騎手
セリダ湾の街に着いたのは、いつの間にか日が傾き始めた頃だった。
馬車を降りたミネスは、荷物を肩にかけたまま、まっすぐ競艇場へ向かった。
目的はただひとつ――リオの走りを見ること。
そして、見た。
「……すごかった……」
レースが終わった直後、ミネスはスタンドの階段を降りながら、興奮を抑えきれずに呟いた。
5号・黄のオルカヌー。騎手はリオ。黄金の髪に金色の瞳。名前も、姿も、走りも、すべてが焼き付いていた。
「いい騎手だな……セリダ湾、狭い会場だったけど、あんなに綺麗に逃げ切るなんて……」
水面の反射、魔力の揺らぎ、波の跳ね返り――すべてを読んでいた。
難しそうで、だからこそ面白い。
「ん~、前世で言う戸田みたいなところかな……あ、串焼き!」
屋台の香ばしい匂いに釣られて、ミネスは足を止めた。
「一本ください!」と声をかけ、受け取った串をもぐもぐと頬張る。
「さっきのレース、5号がリオで、1号、3号って続いてたけど……普段はアウトコース側が入賞しやすかったりしない? もぐもぐ……」
口の中に広がる甘辛いタレの味と、頭の中でぐるぐる回るレースの展開。
「また無意識に“号”って言っちゃった……直さないとな……」
そんなことを考えていたら、いつの間にか街の中心から外れていた。
石畳は割れ、建物の壁にはひびが入り、通りを歩く人の数も減っている。
「……あれ? なんか、きれいな街並みじゃなくなってきた……」
ミネスは立ち止まり、周囲を見渡した。
薄暗く、空気も少し重い。所謂、スラム街というやつかもしれない。
「宿取らなきゃいけないのに……やらかした!」
慌てて踵を返し、元来た道を戻ろうとしたその瞬間――
「うわっ、ごめんなさい!」
急反転した勢いで、外套のフードを目深に被った人物とぶつかってしまった。
ミネスはすぐに頭を下げるが、ぶつかった拍子にフードがずれてしまう。
そこから覗いたのは、黄金のような金髪。
そして、見覚えのある金色の瞳。
「わっ! あ、リオ! さっきのレース見たよ!」
リオは眉をひそめた。
ぶつかった上に、いきなり呼び捨てで馴れ馴れしく話しかけてくる男に、明らかに不機嫌そうな顔をしている。
だが、ミネスは止まらない。
「セリダ湾のコース、狭いのにあんなに綺麗に逃げるなんて……黄のオルカヌー、あれ魔力の流れ読んでたでしょ? ターンのタイミングも完璧だったし、あの加速、魔導強化じゃなくて技術でしょ? いや、もしかして……」
リオは歩き続ける。
ミネスはその横を並んで歩きながら、喋り続ける。
最初は鬱陶しそうにしていたリオだったが、ミネスがオルカヌーレースの話題を出すたびに、気になったことをひとつ聞けば十返ってくる。
その熱量と知識量に、次第に表情が和らいでいく。
気づけば、二人は立ち止まって話し込んでいた。
リオの目的地にはすでに着いていたのだ。
「あ、ごめん。着いたんだね! 僕も今夜の宿を探さなくちゃ……」
ミネスが言うと、リオは少し笑って言った。
「お前、面白いから泊まっていけば?」
ミネスが周囲を見渡すと、そこはスラム街の一角。
建物は古びているが、窓からは灯りが漏れていて、人の気配がある。
「ここ……孤児院?」
「そう。泊まるスペースくらいはある」
ミネスは荷物を探りながら言った。
「お土産、芋くらいしかないけど……いい?」
リオは目を細めて、ミネスの手にある芋を見た。
「久しぶりに見た。貴重な甘味だ」
そのまま受け取ると、孤児院の中へと案内してくれた。
すぐに焚火が用意され、ミネスは芋を焼いた。
ねっとりと甘く、香ばしい香りが広がる。
子供たちは目を輝かせながら芋を頬張り、院長は深々と頭を下げて感謝した。
「こんなに喜ぶなんて……持ってきてよかった」
その夜、ミネスとリオは並んで座りながら、オルカヌーレースの話を続けた。
気を抜くと、話題はすぐに水面の揺らぎや魔力の流れ、ターンの技術に戻ってしまう。
「セリダ湾の魔力周期は……」
「読めるようになったら、加速のタイミングが変わる」
「黄のオルカヌー、あれってさ……」
「個体差あるけど、あいつは波に強い」
楽しい夜が、静かに更けていった。
話の展開に悩んでいるのでこちらはちょっとお休みします。




