#14 旅の衝動
湖畔に朝の光が差し込む。
水面は穏やかで、オルカヌーたちはそれぞれの気ままな動きで漂っていた。
「背びれの根元、撫でてみて。嫌がらなければ、今日は乗ってもいい合図だよ」
ミネスは騎手候補生に声をかける。
カイさんから教わった世話の方法を、ひとつずつ丁寧に伝えていた。
「エサはあげすぎないこと。彼らは自分で獲れるから、甘やかすと動きが鈍くなる。あと、尾の先は触らないように。嫌がるからね」
候補生たちは真剣な顔で頷き、オルカヌーの背に乗る。
水面を滑るように進み、ターンで膨らみ、加速して、また戻る。
「今のターン、悪くない。もう少し内側の手で引いてみて」
「はい!」
試走のあと、少しだけ本気で走ってもらう。
魔力の流れを意識しながら、オルカヌーの動きに合わせて体を預ける。
それを繰り返し、体で覚えてもらう。
平和だった。
騎手候補生たちは成長し、オルカヌーたちも安定していた。
湖の町では、オルカヌーレースが“日常”になりつつあった。
そして――ミネスは、退屈だった。
(……僕、いらなくなってきてるな)
指導は順調。騎手たちは自立し始めている。
オルカヌーの世話も、皆が分担してこなしている。
ミネスがいなくても、レースは回る。
(前世は、もっと娯楽に溢れてた。ゲームも、映画も、賭けも、遊びも……)
オルカヌーレースで走ることは楽しい。
でも、今は“教える側”だ。
手に汗握るレースを“見る側”になってもいいのではないか。
(賭けたい。遊びたい。熱狂したい)
翌朝、ミネスは早くに目を覚ました。
荷物は昨夜のうちにまとめてある。
焼くとねっとり甘くなる芋のような実も持った。休憩が楽しみだ。
机の上に、短く手紙を残す。
「探さないでください。他所のレース見てきます。
ミネス」
誰にも見つからないように、そっと家を出た。
湖を迂回するように歩き、森の縁を抜けて進む。
空気は澄んでいて、鳥の声が遠くで響いていた。
ミーキャヴィの町に着いたのは昼前だった。
小さな交易の町で、馬車の発着所がある。
ミネスは、ホルト町に出入りしている商人から聞いた話を思い出す。
「セリダ湾に、いいレース場ができたらしい。金の騎手が熱いってさ」
(……金の騎手。そんなの、見に行くしかないじゃないか)
突出する騎手が出てくるのを、ずっと待っていた。
その走りを見て、心を震わせたかった。
発着所で、セリダ湾のある街まで行ける乗り合い馬車を見つけた。
ミネスは迷わず乗り込む。
馬車の中には、すでに二人の乗客がいた。
ひとりは赤い髪の体格のいい男。
背には大きな剣を背負っている。
無言で窓の外を見ているが、視線は鋭い。
(……馬車の用心棒かもしれない)
ミネスは少しだけ身を縮めた。
平和な湖の町に慣れていたが、この世界は魔獣が出る。
セリダ湾に行くのが楽しみすぎて、武器のことをすっかり忘れていた。
(あ、一応ナイフはある。調理用だけど……)
もうひとりは、フードを深くかぶった人物。
旅装束はくたびれていて、ところどころほつれている。
顔はよく見えないが、動きに無駄がなく、旅慣れた雰囲気がある。
馬車が揺れる。
車輪が石畳を叩き、風が窓を通り抜ける。
ミネスは、荷物の中から芋のような実を取り出した。
焼けば甘くなる。休憩のときに焚火があれば、きっと美味しい。
(……セリダ湾。どんな水面なんだろう。どんな騎手がいるんだろう)
胸が高鳴る。
指導者としての役割を離れ、ただの観客として、ただの旅人として――
ミネスは、再び“走り”に心を焦がしていた。




