#11 出会いの波
宿の食堂には、潮風がふわりと入り込んでいた。
夕暮れの光が窓辺を染め、テーブルには色とりどりの料理が並ぶ。
「お待ちどうさま!港町の味、たっぷり召し上がれ」
女将さんが笑顔で運んできたのは、豪快な一皿。
皿の中央には、甲殻が艶やかに輝くカニのような魔海獣――“シェルクラブ”が鎮座していた。
脚はしっかりと焼き色がつき、香草と魔導オイルで香ばしく仕上げられている。
周囲には、魔力を帯びた小魚“スパークフィッシュ”の香草ロースト、海藻と果実を合わせた冷製サラダ、魚介の旨味たっぷりのスープ、そしてパン屋のバゲットの薄切り。
「カニ……!」
ミネスは目を見開いた。
異世界でカニを食べる日が来るなんて。
前世で何度も食べた記憶が蘇り、思わずよだれが垂れそうになる。
「いただきます!」
脚を一本手に取り、殻を割る。
中から現れた身は、ぷりっとしていて、ほんのり魔力の光を帯びていた。
口に運ぶと、甘みと香ばしさが広がり、鼻に抜ける海の香りがたまらない。
「うまい! うますぎる!」
ミネスは思わず椅子から立ち上がりそうになる。
スパークフィッシュは、皮がパリッと焼かれ、身はふわふわ。
香草の香りが爽やかで、バゲットに乗せて食べると絶妙な塩気が広がった。スープは魚介の旨味がたっぷりで海を感じる一品。ミネスは海を最後の一滴まで飲み干した。
「ミネスさんのおかげで、他のお客さんの料理も豪華になったよ」
女将さんが笑う。
「えっ?」
「市場であれだけ貰ってきたら、そりゃね。みんな喜んでるよ」
食堂の隅では、他の客たちが笑顔で食事をしていた。
「兄ちゃん、ありがとな!」
「これが美味いんだよなぁ」
「また来てくれよ!」
ミネスは照れくさそうに笑いながら、最後の一口を口に運んだ。
翌朝。
ミネスは魔法生物学者の研究所へ向かった。
港の外れにある、白い石造りの建物。
扉を叩くと、眼鏡をかけた職員が出てきた。
「すみません、ミネスと申します。オルカヌーの世話について学びたくて……領主からもお話が通っているかと思うのですが」
「領主からそんな話は聞いていませんが?」
「え……?」
ミネスは言葉を失った。
領主に伝え忘れたナディアが慌てて手紙を送り、まだ届いていないのだ。ちなみにミネスはそれを知らない。
(まただ……前にも、領主にオルカヌーレースを認めてもらうとき、こんな感じだったよなぁ……)
職員は申し訳なさそうに頭を下げたが、話は進まなかった。
ミネスはショボショボと歩き、その足は自然と海岸へ向かっていた。
砂の感触が心地よく、前世ではあまり海に行く機会がなかったことを思い出す。
(……こっちの海の方が、きれいだな)
波は穏やかで、空は広く、潮の香りが心をほどいていく。
そのとき――
「ぷかーっ」
水面に、見慣れたシルエットが浮かび上がった。
オルカヌーだ。海に生息する個体だろうか。
「……乗せてもらえるかな」
ミネスは靴を脱ぎ、濡れることも構わず水辺へ近づいた。
オルカヌーも、キューと鳴いて尾を振りながら寄ってくる。
「ありがとう。ちょっとだけ、癒されたいんだ」
背に乗ると、オルカヌーはゆっくりと水面を滑り始めた。
海は広く、陽光が水面をきらめかせる。
風が頬を撫で、水の冷たさが心地よい。
ときどき、オルカヌーが加速する。
水しぶきが跳ね、ミネスの髪が風に舞う。
「わっ、速っ! でも僕は乗り慣れてるよ!」
ぷかぷかと漂う時間も、ただただ幸せだった。
地元の人が浜辺から手を振ってくる。
「いいぞー! 回ってくれー!」
ミネスが加速したまま旋回すると、歓声が上がる。
「すげー!何者だよ!?」
(……この世界、やっぱり好きだな)
しばらくして、そろそろ降りようかと思ったそのとき。
「おーい、そこのオルカヌーに乗ってる人ー!」
浜辺に、二人の男が立っていた。
ひとりは真っ白な肌に眼鏡。もうひとりは程よく日焼けした細身の男。
(この町であの肌の白さは珍しいな……)
ミネスはオルカヌーに誘導してもらい、浜辺へ近づいた。
「こんにちは。何かご用ですか?」
眼鏡の男が微笑む。
「君の乗り方、興味深かった。私は魔法生物全般の研究者で、彼は海洋生物の専門家。フィールドワークでよく海に出てるんだ」
日焼けした男が頷く。
「オルカヌーの動き、よく見てるな。君、何者だ?」
「僕はミネス。湖の町でオルカヌーレースをやってます。今は、オルカヌーの世話について学びたくてこの街へ来ました。」
「ふっ、それなら俺が教えよう!海のオルカヌーは基本は同じだ!!」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
眼鏡の男も笑う。
「君のような若者が、魔法生物に興味を持ってくれるのは嬉しいよ。ナディア嬢の紹介なら、なおさらね」
時間差はあったがナディアの手紙が届いていた。
ミネスは、ようやく風向きが変わった気がした。
めっちゃカニ食べたい




