#間話 三兄弟と影の舞台
「ミネス!」
「ミネス兄。」
「「俺の話を聞いてくれ!」」
朝の湖畔に、兄と弟の声が重なった。
青のオルカヌーに餌をやっていたミネスは、振り返って目を瞬いた。
「……え、なに?どっちから?」
マーカスは帳簿を握りしめ、ムウノスは魔道盤を抱えている。二人とも顔が真剣だ。
「町に偽商人が来てる。領主認可って嘘ついて、粗悪な魔道具を売ってる。うちの信用にも関わる」
「僕の魔道具が盗まれた。試作中のやつ。魔力制御石も入ってるから、悪用されたら危ない」
ミネスは一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸った。
「……よし、順番にいこう。まず兄さんから」
広場では、偽商人が滑らかな口調で魔道具を並べていた。
「領主の印章入りです。品質保証もありますよ」と言いながら、見た目だけは立派な装飾を施した魔道具を並べている。
だが、マーカスが見たところ、魔力の流れが不自然で、制御石の質も低い。
それでも「領主認可」という言葉に町の人々が集まり始めていた。
「このままじゃ、うちの店の信用が落ちる。何とかしないと……」
ミネスは少し離れた場所から観察していた。男の話し方、手の動き、目線――どこかで見たことがある。
(嘘をつくときの癖だ。……あの時の役作りで覚えたやつ)
男が「保証」と言った瞬間、左手で耳を触った。次の瞬間、「印章」と言いながら、目線が泳いだ。
ミネスはマーカスに耳打ちする。
「兄さん、あの人、嘘をつくときに耳を触る。あと、目線が泳ぐ。そこを突いてみて」
マーカスは頷き、商人に詰め寄る。
「じゃあ、保証書を見せてもらおうか。領主の印章も、確認させてもらう」
男は言葉に詰まり、逃げようとしたところを町の衛兵に取り押さえられた。
「……助かった。お前、なんでそんなの分かるんだ?」
「なんとなく、顔がうるさかったから?」
「次はぼくの番。」
ムウノスの工房には、魔道具が盗まれた痕跡が残っていた。
盗まれたのは、魔力制御石を組み込んだ試作型の魔道具で、魔道障壁の展開に使う重要な部品だった。
「魔力の流れを安定させるために、特殊な石を使ってる。だから悪用されたら、障壁を壊されるかも……」
ミネスは足跡と魔力の残留を辿り、町の裏路地へ向かう。
「危ないからムウは待機ね。」
気配を消し、足音を殺して歩く。物陰に潜み、犯人の動きを観察する。
(舞台で音を立てたら怒られた。忍び役のときは、気配を消す訓練もした。……癖になってるな)
犯人が袋を開けた瞬間、ミネスは背後から静かに近づき、手刀で意識を奪う。
その隙に魔道具を奪い返した。
「……シノビ?」
「実はみんなに内緒でシノビごっこにハマってたんだ」
「……意外な一面。」
ムウノスはぎゅっと魔道具を抱きしめた。
夕方。湖畔の祭りの準備が進む中、劇団から連絡が入る。
「すみません、交通の都合で到着できません……」
ステージが空白になり、町の人々がざわつく。
「兄たち、これ……」
「宣伝のチャンスだ!」
「即興劇でいこう!」
ミネスは即座に脚本を書き始める。
テーマは「湖の精霊と騎手たちの物語」。湖を守る精霊と、それに挑む者たちの葛藤と絆を描く。
「ムウ、背景は幻影魔道具で湖の風景を再現して。照明は魔力で調整。音響は……この小型魔道具で風の音を流して」
ムウノスは目を輝かせながら装置を組み立てる。
マーカスは屋台の配置を調整し、観客の誘導と宣伝を担当。
そして夜。
ステージに立ったミネスは、精霊役として登場した。
白銀の法衣に身を包んだミネスは、湖の風を受けて静かに立っていた。黒髪が淡く揺れ、瑠璃色の瞳が水面を見つめるその姿は、男とも女ともつかず、まるで湖そのものが人の形を取ったかのような神秘的な気配を纏っていた。
精霊は湖の風を受けて語り始める。
「この湖は静かに語る。風と波と、命の流れを――」
騎手役の町の子どもたちが登場し、精霊に挑む。
だが、精霊は彼らを試す。風を読み、波を越える。
そうして心を通わせる者だけが、湖に認められるのだ。
観客は息を呑み、子どもたちは真剣な表情でセリフを繋ぐ。
最後に精霊が美しく微笑み、騎手たちを受け入れる場面で、風の音と水の幻影が舞台を包む。
拍手が巻き起こった。
子どもたちは歓声に包まれ、ミネスは静かに舞台の中央で一礼する。
「ミネスだよな?本物の精霊さんじゃないよな?」
「ふふ、今夜だけは精霊さんかもね」
祭りの夜。三兄弟は湖畔に並んで座る。風が吹き、オルカヌーが静かに鳴く。
「今日は、ほんとにお疲れさま」
「お前が一番働いてたろ」
「……ミネス兄って、何者なんだろうね」
ミネスは笑って、湖を見つめる。
「便利な精霊さん……ではなく、ただの土産屋の次男坊だよ。たぶん」
湖は静かに波を揺らしていた。
誰も知らない前世の記憶は、今日も誰かを助けていた。
12:00と18:00に更新するようになりました(今更)




