#間話 湖の女
前世のお話。ホラー回です。
#間話 湖の女
スタジオの照明が落ち、カメラがゲスト席に座る峰須るかを捉える。
彼女はゆっくりと口を開いた。
「とある映画の撮影で、長期の地方ロケがあったんです。1ヶ月ほどの滞在になるということで、私たちはホテルではなく賃貸アパートを借りることになりました」
語りが始まると、画面は再現ドラマへと切り替わる。
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ロケバスが長いトンネルを抜けると、そこは静かな湖畔の景気が広がっていた。
るかが降り立ったのは、湖畔の木造アパート。古びた外観に少し不安を覚えながらも、荷物を部屋に運び入れ、周囲を散策する。
目の前には大きな湖。夏の陽射しを受けて、穏やかに波打っている。
ボートが数艇、ゆるやかに揺れていた。周囲には店も建物も少なく、自然に囲まれたその場所は、静かすぎるほど静かだった。
「冬になると湖が凍って、その上を歩けるらしいですよ」
スタッフのひとりが言った。
「かまくらや氷像が並んで、屋台も出て、ちょっとした祭りになるんですって」
夕食は、アパートの隣にあるホテルで取ることになった。
食堂で食事をしていると、スタッフがぽつりと漏らす。
「あの湖、出るらしいですよ。女の霊が。湖の真ん中に立ってるんですって。しかも……なんかこのホテルの部屋から見えるらしいです」
るかは箸を止め、
「じゃあ、アパート暮らしの私たちは大丈夫そうですね!」
そう言って笑ったが、その夜から奇妙なことが起こり始めた。
寝室の天井から、パキッと乾いた音が響く。
撮影中、バッテリーが十分残っているはずのカメラが突然電源を落とす。
誰もいないはずの湖畔で、風もないのに木々がざわめく。
そんな日々が続いたある夜。
るかは眠れず、ひとり湖畔へと足を向けた。
月明かりに照らされた湖面は、昼間とは違う顔を見せていた。
その静けさの中で、背後から足音が聞こえた。
コツ、コツ――
自分の歩調に合わせて、誰かがついてくる。
るかは振り返らず、歩を速めた。
足音も速くなる。
気配がすぐ後ろに迫る。
誰かが、彼女の肩に手を伸ばそうとして――
画面が切り替わる。
昼下がり、スタッフたちとお弁当を広げるシーン。
「手を伸ばしてきたので、背負い投げしてしまいました」
るかが言うと、周囲が爆笑する。
「後ろにいたの、監督だったんですよ。」
「そうだよ!夜中に出歩いてるから心配で声をかけようとしただけだったのに、いてて……」
撮影はその後順調に進み、最終日。
ロケバスに乗り込み、湖畔を離れようとしたとき、これでこの湖も最後だと思うと気になり、るかは振り返った。
湖の真ん中に、
女が立っていた。
「 」
「えっ、なにか言ってる……?」
思考する間もなくロケバスがトンネルに入ってしまう。
すると反対側の窓の方から――
ダンッ!
あちこちの窓から――
ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!
ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン
窓に、夥しい数の手形がベッタリとついていた。
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再現ドラマが終わり、スタジオに戻る。
出演者たちが「ヒエ〜」「怖っ!」と騒ぐ中、
るかは言う。
「あとで調べてみたらあのトンネルも地元では有名な心霊スポットだったみたいなんです。」
司会者が笑いながら言う。
「いやー!怖かった!ほんまに!!
けど監督を背負い投げってなに?!」
るかは涼しい顔で答える。
「だって、私の後ろに立つので」
司会者が即座にツッコミを入れる。
「裏家業の人かい!」
スタジオが笑いに包まれる。
るかは続けて番宣に入る。
「そんな私が出演するドラマ『影の花道』、今シーズンのくノ一役を務めます。表の顔は村娘、裏の顔は暗殺も請け負う影の者。ぜひご覧ください」
るかはニッコリと笑った。
私は実際にホテルに泊まりまして、ええ。
全部が本当の話ではないです。本当の部分もありますが。




