#14 静謐なる旋律
湖面に、風が走る。
魔道障壁に囲まれた楕円の水上を、色とりどりのオルカヌーが滑るように進んでいた。
ミネスは青の艇に、ナディアは緑に。
レイグラン家が選んだ騎手たちも、それぞれのオルカヌーに跨り、初の実戦練習に挑んでいた。
「第1ターンマーク、入るよ!」
ミネスの声が響く。
青のオルカヌーが、滑るように外から回り込む。
だが――
「うわっ!」
「曲がりきれない!」
「ぶつかる!?」
他の騎手たちは、ターンで大きく膨らみ、コースアウト寸前だったり、鋭く差そうとしてぶつかりそうになったり。
てんでバラバラだ。
オルカヌーとの呼吸を合わせるのは、想像以上に難しい。
ミネスは振り返りながら叫ぶ。
「焦らないで! オルカヌーの動きに合わせて、角を引いて合図!タイミングを見て体の重心を思い切って寄せるんだ!」
湖畔では、ムウノスが魔道盤の前で調整を続けていた。
「魔力制御石、補充完了。障壁の安定も良好。記録石の反応も、誤差ゼロ……ふふ、いい感じ」
マーカスが腕を組んで笑う。
「お前が石を確保してくれたおかげで、魔道券売機の増設も進められそうだ。実況用の魔道具も手配できたし、屋台の配置も最終調整に入った」
ムウノスは頷く。
「うん。あとは騎手たちが、ちゃんとターンを決めてくれれば……」
そのときだった。
湖畔に、ゆるやかな鐘の音が響いた。
風に乗って、祈りの歌声が届く。
それは、湖西の町――ミーキャヴィから来た者たちの到着を告げる音だった。
白と藍の法衣をまとった一団が、ゆったりとしたオルカヌーに乗って湖の一角にある小さな水上神殿へ向かっていた。
その姿は、まるで湖と語らうような静謐な儀式。
オルカヌーは彼らにとって、祈りの場へと至る神聖な舟だった。
やがて、神殿から戻った一団の中から、銀髪の老神官が湖畔に立ち、ミネスたちを見下ろすように言った。
「騒がしいな。湖は語りかける場であって、競い合う場ではない。
我らミーキャヴィの民は、湖の声を聴き、祈りを捧げるためにオルカヌーに乗る。
その本質を忘れ、ただ速さを競うなど――浅ましいことだ」
ナディアが眉をひそめる。
「でも、湖を舞台にすることで、町の人たちが集まり、風を感じて、命の流れを知ることができる。競技は、祈りとは違うけど……それでも、湖を敬う気持ちは同じです」
神官は鼻で笑った。
「敬う? そのような騒音と魔道障壁で? 我らが神殿へ向かうとき、オルカヌーは静かに湖を滑る。風に逆らわず、波を乱さず、ただ祈りのために進む。
それが本来の姿だ。お前たちのように、角を引き、跳ね回るなど――湖への侮辱に等しい」
ミネスは一歩前に出る。
「でも、僕たちは湖と一緒に走ってる。風と、波と、オルカヌーと。祈りじゃなくても、敬意は込めてるつもりです」
神官は目を細め、冷笑を浮かべた。
「ふん……オルカヌーに乗るだけなら、誰でもできる。
我らの町では、子どもでも神殿まで漕いで行く。
お前たちのような騒ぎ屋が、湖の精霊に選ばれるとでも? その程度の操舵で?」
ミネスは、静かに角を握り直した。
「じゃあ、見ていてください。祈りのために乗るのも、湖を走るのも――どちらも、湖と向き合う方法です。
僕が風に選ばれるかどうか、あなたの目で確かめてください」
神官は口元を歪めた。
「よかろう。ならば、我らの若き祈り手を一人出そう。
神殿までの祈りの道を、競ってみるがいい。
湖がどちらに微笑むか――それで決着をつけよう」
ナディアが驚いたように振り返る。
「まぁ!レースをするんですか!?」
ミネスは頷いた。
「挑まれたなら、応えるだけさ。湖が、僕たちの走りをどう見るか――それを知りたい」
湖畔に、静かな緊張が走った。
祈りの町・ミーキャヴィと、風を追う者・ミネス。
湖は、静かに波を揺らしていた。
おすしたべたい
オルカヌー
じゅるり




