#13 風を聞く者
パドール・レイグランは重厚な椅子に腰掛け、腕を組んだまま娘を見据えていた。
その視線は冷たく、そして厳しい。
「貴族の令嬢が、魔獣に乗って水遊びとはな。湖の魔道障壁を勝手に設置し、平民と共に騎手……?だったか。良い歳してごっこ遊びか?お前はレイグラン家の名を何だと思っている」
ナディアは一歩も退かず、静かに言った。
「ごっこ遊びではありません。風を聞いたんです。湖が、動いていたんです」
パドールは鼻で笑った。
「風?湖?そんなもの、貴族の責務とは何の関係もない」
ミネスは黙って資料を抱えたまま立っていたが、パドールは彼を一度も見ようとしない。
まるで空気のように。
ナディアは、資料を差し出した。
「これを見てください。ムウノスさんが作った競艇の計画書です。騎手の安全対策、魔法の制限、収益の
分配、そして湖の再興案まで――全部、書かれています」
パドールは資料に目もくれず、ただ言った。
「お前が騎手になったところで、何が変わる。湖は貴族のものだ。平民が勝手に使うなど、言語道断」
そのとき、ナディアの妹、ノエル・レイグランがそっと口を開いた。
「……あの、お父様。私も見ていたの。お姉様が湖を走るのを。風に乗って、舞うように、優雅に。それでいて飛ぶように疾走していくの。すごく、綺麗だった」
パドールが、初めて少しだけ眉を動かした。
「ノエル、お前まで……?」
「うん。お姉様は騎手なんだと思う。湖が、ちゃんと応えてた。だから、私も乗ってみたいって思ったの」
ナディアは、妹の手をそっと握った。
「お願い、父様。この湖を、もう一度生かしたいの。騎手として、責任を持って走るから」
沈黙が落ちた。
パドールは、ようやくミネスの方を向いた。
「……お前が、この計画の発案者か?」
ミネスは深く頭を下げた。
「はい。ハマナー湖東の町、土産屋の次男、ミネスと申します。この湖を近くで生まれ育った僕の湖を愛する気持ちは誰にも負けません」
パドールは資料を受け取り、ざっと目を通した。
「……ふむ。騎手の選定、魔法の制限、収益の分配。乗り手不足の対策まで考えてあるとはな」
ミネスはすかさず言葉を重ねた。
「領主様のご許可があれば、湖の使用料もお支払いします。騎手は貴族・平民問わず選びますが、貴族の方には優先枠を設けます。安全対策も万全です。何より、湖が生き返るんです」
パドールは資料を閉じ、しばらく考え込んだ。
「……金は出す。湖の使用も許可する。ただし、騎手の選定には我が家の監督を入れること。事故が起きれば、即刻中止だ」
「っ……!!」
ミネスは深く頭を下げた。
「ありがとうございます!必ず、湖を誇れる場所に再興してみせます!」
パドールは娘に目を向けた。
「ナディア。お前は正式に、緑のオルカヌーの騎手として登録する。レイグラン家の一員として責任を持って湖を再興しなさい」
ナディアは、目を見開いたあと、静かに頷いた。
「はい。騎手として、湖に誓います」
窓の外で湖面に風が走り、オルカヌーが跳ねたような気配がした。
それはまるで、湖が答えたようだった。
やっぱり、子が親元にいる間なんて出来るだけ甘やかしたくなりますよ




