眠药
少年が小さなランプの灯りを頼りに、机に向かっている
手元に広がった紙には意味の通らない言葉の羅列が並んでいる
部屋には薬剤を炙った時に出る黒い煙が、死骸に集まる蝿の様に立ち込めていた
「うん、ありがとう」
彼は時折、感謝の言葉を口にしながらそれを抱き締める
枯木のような色をしたそれは、彼の恋した青年の手首だ
少年は薬剤の与える酩酊の中でだけ、恋人との時間を過ごす事が出来る
蜘蛛の巣が張り巡らされたこの部屋で、少年は痩せ衰え、死に逝く蝶のような最期の瞬間を過ごしていた
「ありがとう」
「好きだよ…」
少年が手に口付ける
彼の心の物語の中では、幸せな時間が終わること無くいつまでも続いていたように視えた
だが口付けながら、微笑みながら、彼はその一方でつらそうに涙を流してもいた
「ねえ、帰ってきてよ」
「帰ってきて」
「ここは、とても寂しいんだ」
少年は手に言葉をかけ続ける
既に、こうして多くの日が過ぎていた
この部屋も、手も、少年自身も、総てが乾ききっていた
その時、手が僅かに動いた
音も無く浮かび上がると、手は少年を慈しむ様に優しく撫でる
少年の眼が驚きに見開かれる
彼は手が浮かんでいるのを、まじまじと視た
そして、ついに椅子から崩れ落ちると声を上げて泣き始めた
「最後の幻がこんなに優しいのは、みじめだね」
「ねえ、助けて」
「帰ってきてよ」
手は、彼を見詰める様にそこに浮かび続けていた
手には、少年に対し説明を行う術が存在しなかった
「これは現実だ」「自分はここに居るのだ」と証明する手段が、手には無かった
しばしの間、少年は涙を流し続けていたが、やがて静かに眼を閉じ、氷の様に冷たくなっていった
手は、いつまでもそこに浮かび続けていた




