嫉妬
「お嬢様。私の悩み、聞いていただけますか?」
珍しく、余裕のない執事のその表情に、結月は目を見開いた。
あの執事が、悩みを聞いて欲しいと言っている!
「も、もちろんよ! なんでも言って!」
すると、途端に目を輝かせ、結月はレオの前に身を乗り出してきた。だが、そんな結月を見て、レオは、ハッと我に返る。
(しまった。思わず……っ)
つい感情任せに、悩みを聞いてくれなどと口走ってしまった。
だが、これで「お嬢様のスリーサイズについて、悩んでいました」なんて言ってみろ。
確実に、変態と化す。
「何を、悩んでいるの?」
「あ、えと……その」
小首を傾げる結月に、レオは一瞬、躊躇し、その後
「か、彼女と喧嘩しまして……」
「え? 彼女と?」
「はい。それで、仲直りするには、どうしたらいいかな、と」
「まぁ……だから、あんなに悩んでいたのね」
「あはは……」
思わず、苦笑いを浮かべる。すると、興味津々の結月は、その話題に更に切り込んできた。
「なんで、喧嘩したの?」
「えーと……私が悩みごとを、彼女以外の女性に相談していたのが気に食わなかったみたいで、急にへそを曲げて、怒りだしてしまいまして」
「まぁ、それは大変ね」
(うん。その大変な相手、お前なんだけどね?)
思わず、つっこむ。
だが、実際に悩んでいることだし、こうして相談することで、結月の機嫌が直るかもしれない。
すると、結月はフムフムと顎に手を当て考え出した。
「驚いたわ。五十嵐も、彼女と喧嘩したりするのね?」
「え、えぇ、まぁ……」
「ふふ、五十嵐が困ってると、なんだか新鮮ね。でも大丈夫よ、きっとそれは、嫉妬だわ」
「……え?」
「彼女さん、相手の女性に嫉妬してるのよ。でもそれは、それだけ五十嵐のことが好きってことだわ!」
「…………」
だが、その瞬間、レオはただただ硬直し、結月をみつめた。
嫉妬? 結月が──?
「あの、それって……」
「だって、好きな人が、自分以外の人に相談なんてしていたら、ヤキモチくらい妬いてしまうでしょう? だから、仲直りしたいなら、思いっきり抱きしめて、ごめんねって謝るのが一番いいとおもうわ!」
(だ、抱きしめて……ゴメンね?)
頭の中で、くるぐると思考が巡る。
結月がヤキモチを妬いている。それに、抱きしめてって、これは、抱きしめろってことなんだろうか?
「お嬢様」
「……?」
すると、レオは結月の両肩を掴み、真剣な表情を浮かべた。だが、それを見て、結月は首を傾げる。
「五十嵐?」
だが、可愛らしく見上げてくる結月の姿は、もう「抱きしめて」と言っているようにしかみえなかった。
…………のだが。
「わ、わかりました。今度、試してみます」
そう、もしここで抱きしめたら、執事として終わる!!
そんなこんなで、なんとかすんでの所で踏みとどまったレオ。しかし、問題は全く解決せず、レオは、悶々としながら再び仕事に戻ったのだった。
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「五十嵐さん、相談ってなんですか?」
そして、それから数時間がたち、仕事を終えたレオは、また恵美を呼び止めていた。
場所は、使用人の部屋がある別棟の談話室。ここなら、結月に見られることもないし、ゆっくり話が出来る。
「あの、相原さんに、折り入ってお願いが」
「?」
レオが口を開けば、その神妙な面持ちに、恵美が微かに身構える。
(あの五十嵐さんが、私にお願いだなんて……っ)
どんな仕事も完璧にこなす五十嵐さん!
そんな彼が、ここまで思いつめた表情をするなんて、余程、深刻な話に違いない!!
そう思った恵美は、ゴクリと息を飲む。
だが、レオは──
「実は、お嬢様のスリーサイズを教えて頂きたいのです」
「………………」
瞬間、恵美は目をぱちくりと瞬かせた。
あれ? スリーサイズってなんだっけ?
おかしいな。私の知ってるスリーサイズは、乙女にとって内密なサイズだぞ?
それを、五十嵐さんが、教えて欲しい???
「ギャァァァァァァァ!! 何言ってるんですか、五十嵐さん!! スリーサイズを知りないなんて、見損ないました!! 私、五十嵐さんだけは、五十嵐さんだけは、お嬢様のことを性的な目で見ないと信じていたのにぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「いや、違ッ(わなくもないけど!) あの、誤解しないでください! とりあえず、花瓶を下ろしてください!」
近くにあった一輪挿しを、頭上にかざし威嚇する恵美を見て、レオが冷や汗混じりに静止する。
だが、前の執事のことがあるからか、はたまたレオに裏切られたのがショックなのか恵美は
「何が誤解ですか!! お嬢様のスリーサイズを知りたいなんて、もはや変態じゃないですか!?」
「そ、そうですね。あの、でも、違うんです。実は、これを奥様から」
すると、レオが何かのメモを差し出してして、恵美は眉をひそめた。
「それは?」
「お、お嬢様に、サプライズでドレスをプレゼントしたいそうで、奥様がこれを調べてこいと」
「…………」
差し出されたそれを見れば、まさにスリーサイズ諸々のサイズを記入する欄があった。
だが、お嬢様にサプライズ?
「五十嵐さん、嘘つかないでください。あの奥様に限って、ありえません!」
「……っ」
すっぱり、キッパリ、一刀両断した恵美!
どうしよう。全く、信じてくれてない!!
「あの、私も驚いたのですが、本当です。でも、私が、お嬢様の体を直接、調べるわけにはいかないので、相原さんにお願いしたいなと」
「……え? 本当に、本当なんですか?」
「はい。だから本当だと」
「そんな……っ、奥様が、あの奥様が、お嬢様にプレゼントだなんて……!」
ぶわっと、目に涙を滲ませた恵美。使用人にここまで疑われる、あの親も親だが、どうやら信じてくれたらしい。
「そうだったんですね、びっくりしました。でも、そういうことなら、私に任せてください!」
「ありがとうございます。助かります」
「ところで、これはいつまでに?」
「明日の朝です」
「明日!!?」
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──そんなこんなで、次の日の朝。
「身体のサイズなんて、調べてどうするの?」
結月の部屋では、メジャーを手にした恵美が、結月の肩幅や手の長さなどを手際よく測っていた。
白いブラウスにワインカラーのロングスカートを着た結月が、恵美にされれがまま不思議そうに問いかけると、その後、恵美は、サプライズに気づかれないように返事を返す。
「また仕立て屋さんに、洋服をオーダーする際に必要なので、正確な数字を測っておきたかったんです。それにお嬢様、最近また胸が大きくなったのでは?」
「え? そう言われたら、確かに胸のあたりが少し苦しいかも?」
「ダメですよ。しっかり体のサイズにあった衣類を身につけておかなくては! あ、次は、アンダーとトップとウエストを測りますので、服を脱いで頂いても宜しいですか?」
「えぇ、分かったわ」
部屋のカーテンを閉め切って、恵美と二人きり。
結月は、何の疑いもなくスカートとブラウスを脱ぐと、華奢な肢体がさらけ出される。
「やっぱりお嬢様、スタイルいいですね~」
「そうかしら?」
「そうですよ! ここ一年で、より色っぽくなられて、それに肌も白くてスベスベだし!」
「んッ……ちょっと、恵美さん。くすぐったいわ……っ」
「あはは。敏感なところは、相変わらずですね~」
「もう、恵美さんが、変な触り方するからじゃない!」
そして──
そんな女の子特有の会話に花を咲かせる二人の声を、部屋の外から聞いていた執事は
(とりあえず、なんとかなったな)
と、深く深く胸をなでおろしていたとか。




