お嬢様の苛立ち
「あなた達、そこでなにしてるの?」
壁に手を付き、恵美に迫るような体勢のままレオが視線を向ければ、そこには、お風呂からあがった結月が、二人をしっかり見つめて立っていた。
まるで、執事がメイドを口説いているような、そんな体勢の二人を見て、結月が少しばかり困惑した表情を見せる。
すると、ことの事態を察知して、はっと我に返った恵美が、慌ててレオを押しのける。
「い、五十嵐さん、お話はまた後で! 先に、お嬢様の髪を!」
「え! あ……はい」
すると、恵美から離れた執事は、バツが悪そうに視線を泳がせた。
それを見て、結月は心の中で、モヤモヤと何かが渦巻くのを感じた。
「お嬢様、どうぞ中へ」
「………」
だが、その後、いつも通り扉開け、エスコートする執事に、結月はモヤモヤの原因がわからぬまま、中へ入ると、そのままドレッサーの前に腰掛けた。
「失礼します」
そう言って、結月の濡れた髪に触れ、櫛でとかしはじめる執事。
優しく髪に触れられれば、いつもならリラックスしながら、軽い雑談に花を咲かせたりするのだが、何故か今日の結月は、終始無言のまま。
(もしかして、結月……怒ってる?)
あんな所を見られ、尚且つ、ずっと黙ったままの結月に、レオは軽く冷や汗をかく。
「……あの、お嬢様。お風呂はいかがでしたか?」
「えぇ、いつも通りよ」
レオから話を振るが、どこか冷たい声が返ってくる。
あ。やっぱり、怒ってる。
声のトーンが、ちょっと低いし。
そして、それから暫く、ただただ無言のまま時が過ぎ去った。いつもと違う空気感に、レオは困り果て、そして結月は、案の定怒っていた。
(五十嵐、やっぱり悩みがあるんじゃない。私には、何もないって言ってたのに……)
先程のレオと恵美との会話を一部始終聞いてしまった結月は、実はレオが恵美に何かを相談しようとしていたのに気づいていた。
自分だって、心配で相談に乗ろうとしていたのに、五十嵐は自分ではなく、メイドの恵美を選んだのだ。
(なんで、こんなにイライラするのかしら……)
さっきから、ずっと感じているモヤモヤの原因は、これだろう。
自分を選んでくれなかった。
ただ、それだけの事が、何だかとてもショックで、自分は、こんなにも五十嵐に心を開いているのに、五十嵐は、そうではないのだ。
そう考えると、胸の奥にまたモヤモヤと悲しい影が渦巻いていく。だが、よくよく考えれば、それも仕方のないことだった。
五十嵐は執事で、自分はお嬢様。
いくら『相談して』といったところで、そこには、絶対的な主従関係がある。
(バカね……気軽に相談し合えるような対等な立場になんて、なれるわけないのに)
結月の心は、更にズキズキと痛む。それはまるで、"一方通行の片思い"でもしているかのよう……
「お嬢様」
「……!」
すると、執事がまた声をかけてきて、結月は顔を上げた。
「あの、先程は……失礼致しました」
「あぁ、恵美さんとのこと? 別に、構わないわ。相談したいことがあるのでしょう。なら、しっかり聞いて貰ってね、恵美さんに」
「……っ」
まるで、突き放すような結月の声に、レオは思わず手を止めた。
きっと、自分に相談してくれないことを怒っているのだとおもった。
相談出来る話なら、いくらでも相談していた。
だけど、やはりスリーサイズを知りたいなんて、聞けるはずがない。しかし、このまま、結月とぎこちなくなるのも嫌だった。
(もう、こうなったら、思い切って本当のことを話して──)
あんな親のサプライズ企画なんて無視して、結月にありのままを話せば、結月だって、自分の悩みを理解してくれるかもしれない。
「五十嵐、もういいわ。ありがとう」
「……!?」
すると、髪をまだ乾かしきらないうちに、もういいと言われた。まるで拒絶するような結月の態度に、レオはぐっと奥歯を噛み締めた。
触れていた手から、結月の髪が逃げるように遠のくと、なんとも言えない虚無感が襲ってくる。
ドレッサーの前から立ち上がり、自分に背をむけた結月。
このまま、誤解されたままは、嫌だ。また、なにもかもふりだしに戻るなんて、絶対に嫌だ。
「お嬢様!!」
「……きゃ!?」
瞬間、立ち去る結月の肩を掴むと、その体を強引にこちら側へと向けさせた。
不意に距離が近づけば、まるで捨てられた子犬のように、悲しげに瞳を揺らす執事と目が合って、結月は大きく目を見開く。
「い……五十嵐?」
「お嬢様。私の悩み、聞いていただけますか?」




