執事の悩み
「結月のスリーサイズって、知ってる?」
「……………え?」
突如放たれた言葉に、レオは絶句する。
(スリーサイズ──?)
……て、あれだろうか? 胸とか、ウエストの? いや、でも、なんでそれを、男に聞くんだ?
「申し訳ありません。いくらお嬢様のこととはいえ、さすがにスリーサイズまでは」
「それもそうね。知ってたら知ってたで、今すぐクビにするところだったわ」
──あっぶねー!!
クビと聞いて、軽く震えあがった。何気なしに聞いたんだろうけど、良かった! 言わなくて!?
いや、言うも何も、本当に知らないから、答えたくても答えられないのだが……
「じゃぁ、これ調べてきてくれる?」
「………!」
すると、美結は立ち上がり、一枚のメモを差し出してきた。
見ればそのメモには、バストにアンダー、ウエストだけでなく、肩幅や靴のサイズまで、事細かに記入する欄が書いてあった。
「あの、これを調べて、何を……」
「何って。結月にドレスをプレゼントしてあげるのよ」
「!?」
プレゼント!?
その予想外の言葉に、レオは驚愕する。
今まで、誕生日に会いにすら来なかった親が、まさかプレゼントなんて……
(ありえない。何、企んでるんだ、この女)
軽く警戒心を抱く。だが、美結はそんなレオに気づくことなく、話し続けた。
「あの子も、もう18でしょう。この先は社交界に顔を出す機会も増えるし、ドレスを新調しておいた方がいいかと思って……それに、今まで、ろくに誕生日も祝ってあげなかったから、たまにはサプライズでプレゼントしてあげたら、結月も喜ぶんじゃないかしら?」
「…………」
その珍しく母親らしい発言に、レオは戸惑う。進路のことと言い、今回のこといい、本当に心を入れ替えだのだろうか?
(確かに、喜ぶだろうけど……)
今まで、見向きもしてくれなかった親が、プレゼントなんてしてくれたら、結月はどれほど喜ぶだろう。
そう思うと、無下にはできなくなってくる。
「だからコレ、あさってまでに、調べてきてちょうだい」
(あさって!?)
だが、思ったより早い期日に驚いた。そんなに早く?……と思わず反論しかけたが、美結は、これでもレオの雇い主だ。執事である以上、どうしてもレオには従う義務がある。
だが、あさってまでとなると、一日しか猶予がない。それに、娘の体に関することを、わざわざ男に頼むなんて……
「あの、私がですか?」
「他に誰がいるのよ。いい、あさってまでよ!」
その高圧的な態度に、まんまと押される形となったレオは
「はい……畏まりました」
と、渋々承諾したのだった。
✣
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「はぁ……」
それから、屋敷に戻ったレオはデザートのアップルパイを切り分けながら、深くため息をついていた。
結月の母親にスリーサイズを調べてこいと言われて承諾したはいいか、問題はそれを、どのようにして聞き出すかだった。
しかも、あんな細かいリストまで渡されたのだ。
きっと正確なサイズでなくては納得しないだろうし、なによりサプライズということは、ドレスを作るということを結月に知られずに、聞き出さなくてはならない。
(どうする? 大体、聞いたところで、男の俺に話すか、スリーサイズなんて……)
「五十嵐、どうしたの? さっきから、難しい顔して?」
すると、先程レオが入れたコーヒーを飲みながら、結月が、レオに声をかけてきた。
ため息を着く執事を不思議そうに見上げてくる結月。レオはそんな結月をまっすぐにみつめると
「あの、お嬢様」
「ん、なに?」
「スリ──……ランカ産のコーヒーはいかがですか?」
「え!? スリランカのコーヒーなの、コレ!?」
飲んでいたコーヒーの産地に、結月は驚くと『スリランカって、コーヒーで有名なの?』などといいながら、またコーヒーを味わいだした結月をみて、レオは再び頭を抱えた。
(スリーサイズ教えてくださいなんて、言えるわけないよな)
なにより、それを聞いたが最後、今まで築き上げてきた『信頼』というバロメーターが一気に0まで急降下する気がする。
(でも、引き受けたからには、何とかしないと……)
再び、うーんと考え込むレオ。
するとそれから暫くして、レオは結月の身体に改めて目を向けると、なんとか目視で、分からないものかと目を凝らした。
胸は、そんなに小さくはない。
多分、DとかEとかそのくらいはありそう。
ウエストも、前に抱きしめた時の感覚からすれば、ほっそりとしていたし、結月は、それなりにスタイルがいい。
だが、ウエスト周りのサイズなんてやっぱり、よく分からない。
(バカだろ、俺。目視で当てるなんて、絶対無理だ)
そんなことができるのは、極一部の変態だけだろう。そして、さすがのレオも、そんな特技持ち合わせてはいなかった。
「はぁ……」
するとレオは、再びため息をついて、酷く思い詰め、暗く影をおとす執事に、結月が更に心配し、レオを見上げる。
(五十嵐、本当にどうしたのかしら? よほど深刻な悩みがあるのね)
まさか、自分のスリーサイズについて悩んでいるなんて夢にも思わない結月。レオをみれば、酷く思い詰めているようにしか見えなかった。
すると『何か、人には相談できない深刻な悩みを抱えているのかもしれない』そう思った結月は──
「五十嵐!」
「!?」
心配のあまり、立ち上がると、ガシッと両手でレオの手を掴んだ結月は、様子のおかしい執事に、これでもかと詰めよった!
「どうしたの? 何か悩みでもあるの?」
「え……?」
「そんなに思い詰めた顔をして……もし、困ったことがあるなら、相談して。私、いつも五十嵐に励まされてばかりだし、五十嵐が困っているなら、力になりたいわ。だから、私に出来ることがあれば、なんでも言って?」
「な……なんでも」
キュッと手を握りしめ、執事を見つめる結月に、レオの鼓動は心做しか早まる。
本当に、なんでもしてくれるのだろうか?
するとレオは、意を決して結月の両肩を掴むと
「では、お嬢様。服を脱いで頂けますか?」
「え?」
酷く真剣な表情で放たれた言葉。それを聞いて、結月は困惑する。
「ふ、服を……?」
「はい。お嬢様のスリーサイズが知りたいので、調べさせてください」
「ス、スリーサイズ? なんで……っ」
「それは、執事として、お嬢様のことを、全て知っておきたいからです」
「す、全て……」
真面目な表情で詰めよられ、結月は咄嗟に視線をそらした。
「い……五十嵐の悩みって……私の、身体のことなの?」
「はい」
「で、でも、服を脱ぐなんて……っ」
「……やっぱり、ダメですよね」
「え?」
「いえ、いいです。──今のは、忘れてください」
そう言って、シュンとした執事。それを見て結月は
「ダ、ダメじゃないわ!」
と、慌てて声を発すると、顔を真っ赤にしてそういった。
すると結月は、自分の胸元のボタンに手をかけると、恥じらいながらも、再び執事を見つめる。
「五十嵐になら、見せてもいいわ……私の身体のこと、じっくり調べて……っ」
✣
✣
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(なーんて、なるわけないしなぁ……)
「?」
結月に手を掴まれたまま、都合の良い妄想を膨らませたレオは、自分の邪かつ、ありえない思考に苦笑いをうかべた。
妄想の中でなら、結月も素直に脱いでくれるだろうし、それこそ、何でもしてくれるかもしれないが、悲しきかなこれは、現実!
やはり、スリーサイズを知りたいなんて、言えるはずがなかった。
「五十嵐、大丈夫? もしかして、具合が悪いとかじゃ……」
「あ、いえ! 大丈夫です。特に悩んでなどいませんから、心配なさらないでください」
そう言うと、レオは結月から離れ、再びデザートを切り分け始めた。
焼きたてだったアップルパイは、レオが悩んでいたせいで、程よく冷めて、ちょうど食べ頃になっていた。
(どうしよう。あさってまでに、調べなきゃいけないのに……)
果たして、執事はお嬢様のスリーサイズを、調べ尽くすことができるのか?




