ダメなのに
(どうしよう、手が……っ)
その後、レオに手を引かれペットショップに向かうことになった結月は、その状況に酷く困惑していた。
お互いの手がしっかりと重なる感覚。いつもは手袋越しにしか触れないし、触れられたとしても手を添える程度だ。
それが、こんなにもしっかりと握りしめられたとなると、さすがに動揺せずにはいられなかった。
(は、離してって言わなきゃ……っ)
こんな所を、誰かに見られたら大変だ。
なにより、五十嵐の彼女がいる。もし万が一にでも、彼女にこんな所をみられてしまったら。
だが、何故か「離して」と、その一言が言えず
(っ……なんで? やっぱり、私おかしいわ)
今日は、どこかにおかしい。
ただ執事の手を取っているだけなのに、不思議と胸の奥がざわついた。
自分よりも大きくて、逞しい手。
まるで、大切に守っているかのように、優しく強く握られた手に、不思議と安心感を覚える。
(このままじゃ、ダメなのに……っ)
どうして、この手を、離すことが出来ないのだろう──
「ついたよ」
「……ぁ、はぃ」
不意に呼びかけられ顔を上げると、そこは既にペットショップの前だった。
透明なケースの中には、まだ生まれて数ヶ月の仔猫や仔犬が、欠伸をしたり遊んだり、居眠りをしたいと、和やかに戯れていた。
(わッ……かわいい!)
「結月は、猫好き?」
「う、うん。好きよ……! 猫が一番好き」
「そう……」
愛らしい動物たちに、思わず胸を高鳴らせた。
すると、そう言った結月の言葉に、レオは、どこか安心したように微笑んだ。
その表情に、結月の心はまた乱される。
繋がった手は、ずっと熱いままで、動揺が、今にも伝わってしまうのではないかと言うくらい。
「ル、ルナちゃんて、どんな子なの?」
「え?」
すると、それを気取られぬように、結月は話を逸らす。
「ほ、ほら、色とか、年齢とか? 五十嵐、猫飼っているのでしょう?」
「うん……黒猫だよ。今8歳」
「8歳? 性別は? 女の子?」
「うん」
「可愛い?」
「あぁ、可愛いよ。とっても」
「そう……あ、品種とか?」
「……雑種かな」
「雑種?」
「あぁ、ルナはこのケースの中にいる猫みたいに値段なんて付ける価値もない、誰にも求められなかった猫だよ」
「…………」
透明なケースの中には、毛並みの美しい猫たちが十数匹。そしてその下には、それぞれ品種と一緒に金額が書かれたプレートがあった。
命につく──値段。
結月には、その金額が高いのか安いのかすら、よく分からなかった。
「雑種って、価値がないの?」
「こういった市場ではね」
「同じ命なのに?」
「あぁ、でも、例えそうだったとしても、俺にとっては、かけがえのない家族だよ」
そう言って笑ったレオは、とても優しい目をしていて、それを見れば、そのルナという黒猫のことを、とてもとても大切にしているのが伝わってきた。
(きっと、ルナちゃんは幸せね……)
誰にも求められなかった。
その言葉は酷く胸に突き刺さった。
だけど、世間から、どんなに「価値がない」と言われても、こんなに愛してくれる
飼い主に出会えたのは、きっと幸せなことだと思った。
「ルナちゃんのこと、とても大切にしているのね」
「あぁ、世界で二番目に愛おしいとすら思うよ。それに、顔つきもシュッとしてて毛並みもすごく綺麗だし、きっと、ここにいるどの猫よりも美人!」
(っ……案外、親バカ)
だが、まさに目に入れても痛くないとでもいうように、酷く可愛がっている姿を見て、結月は更に表情を引き攣らせた。
(ぅう、どうしよう。世界で二番目なんて……そこまで可愛がっている飼い猫の名前を、私が"ぬいぐるみ"に付けたなんて、すごく言いにくいわ!)
困った。非常に困った!
こうなれば、もう名前を変えるとか、初めから付けなかったということにした方がいいかもしれない。
(せっかく刻印してもらったけど、五十嵐に気を使わせるよりは……)
「結月」
すると、再びレオに呼びかけられ、結月は顔を上げた。




