参考書の選び方
結月が住む屋敷から、車で15分。
星ケ峯の中心街に建つ商業施設の中に入った結月は、多種多様な店とその人の多さに、戸惑いの表情を浮かべていた。
「す、すごい人ね」
「なにを言ってるんですか。いくら夏休みとはいえ今日は平日ですから、まだ少ない方ですよ」
「え? そうなの!?」
「はい。これが、土日もしくはバーゲンやセールの日に被ったら、祭りのごとく人で賑わいます!」
「祭り……」
恵美の話を聞いて、結月は改めて施設内を見渡す。
一階には、生鮮食品を販売するコーナーの他に、喫茶店や飲食店が十数軒たちならんでいた。
建物は三階建てで、二階~三階には、衣料品や雑貨、文房具などもおかれているらしい。
駅にも近いからか、立ち寄る人も多いこのデパートは、郊外店を何店舗も車で回るよりはいいだろうと、執事が提案してくれたのだが……
「結月」
「は、はい!?」
瞬間、その執事に名前を呼び捨てられ、驚きと同時に声が裏がえった。
いつもは「お嬢様」呼びだからか、まだ慣れない。
「な、なに?」
「コレ、渡しとく」
「?」
そう言って差し出されたのは、シンプルなデザイン長財布だった。
「財布……なら持ってるけど?」
「どうせカードしか入ってないんだろ? 今日は、カード払い禁止。全て現金で払うこと」
「え!?」
渡された財布の中を見れば、10万円分の現金が全て新札で入っていた。
「このお店も、カード使えないの?」
「使えるよ」
「え? じゃぁ、なんで」
「そうだな。強いて言うなら、社会勉強。値段も見ずに、あっさり高価なものなんて選んだら、レジでお金が足りなくて恥ずかしい思いをするから、気をつけて」
「──え?」
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そして、始まった三人でのお買い物!
だが、その後、本屋にやってきた結月は、いきなり学参コーナーで気難しい顔をしていた。
「……さ、参考書って、こんなにあるのね?」
目の前の棚いっぱいに敷き詰められた参考書や問題集の山に軽く狼狽える。
いつもは「買って来て」の一言で届く参考書が、まさかこんな山の中から選ばれていたとは
「め、恵美さん、ごめんね。いつも探すって大変だったでしょ?」
「あ、いえ。私は店員さんに聞いて、その時の売れ筋を選んでいただけなので」
「店員さん?」
なるほど──と、結月は感心する。
確かに書店員に聞けば、いい参考書を教えてくれるかもしれない!!
「そうね! 店員さんに聞けば──」
「相原さん、本屋の中、自由に見てきていいですよ」
すると、結月の言葉を遮り、レオが恵美に声をかける。
「多分、選ぶのに時間がかかると思うので」
「あはは、そうですね。わかりました。こんな狭い通路に三人で固まっていたら邪魔ですし、私はその辺ブラブラしてきます!」
「え! ちょっと、恵美さん」
「どうぞ、ごゆっくり~」
驚く結月の横で、レオがヒラヒラと手を振ると、恵美はあっさり二人から離れ、どこかに行ってしまった。
「時間がかかるって、何いってるの? 店員さんに聞けば、すぐでしょ?」
少し不服そうにする結月に、レオは乾いた笑みを浮かべる。
「結月。お前、参考書の選び方知らないだろ?」
「選び方?」
「確かに店員さんに聞けば、教えてくれるよ。オススメの参考書をね? そうだな。大抵はこの平台の中から……ここには、今人気のある商品、よく売れる定番商品、改定もしくは出版されたばかりの新刊、あとは店員さんが今売りたい本が陳列されてる。いわゆる、さっき相原が言ってた"売れ筋"ってやつだよ。でも、いくらみんなが買っているからと言って、それが自分にもあっているとは限らない」
「え?」
「今日、買いたい参考書は……数学と英語だったよな?」
「うん」
「じゃぁ、まずは数学。どれがいいと思う?」
「どれって……」
そう言われ、結月は目の前の平台に視線を落とす。
「うーん。そうね。数学は苦手だから、これかしら?」
すると結月は、その中から分厚い参考書を一冊手にとった。紙質がよいからか、それはずっしりとした重さがあった。
「ちょっと大変そうだけど、このくらい厚い参考書の方が、しっかり勉強できるわよね?」
「はい。不正解!」
「えぇ!?」
だが、笑顔でダメ出しを食らってしまい
「なんで? これじゃダメなの?」
「別に、その参考書がダメって言ってるわけじゃない。ただ、結月には向いてないってだけ」
「私には?」
「参考書を選ぶうえで大事なのは、自分のレベルにあっているかどうかだよ。例えば、文章は読みやすいかとか、解説は頭に入りやすいかとか、書き込みできる余白はあるかとかね。手に取って、実際に問題を読んで見て、自分が一番理解しやすいと思うものを見極める。だけど、それ以上に大事なのは──勉強を続けるモチベーションを、どう維持するか」
「モチベーション?」
「そう。自分にあっているものを選んでも、続かなきゃ意味がないんだよ。意気込むのもいいけど、苦手科目で、いきなりそんな分厚い参考書を選んでいたら、まずやる気が出ない。やる気がでなければ、成績も伸びないし、一冊終える前にあっさり自信喪失。大体、始める前から『大変そう』だなんてネガティブな思考持ってたら、記憶力を司る海馬にも悪影響だし、はっきりいって、最悪!」
「……っ」
歯に衣を着せずズバズバと一刀両断する執事に、結月は眉を顰めた。
なんというか、言っていることはいつもと変わらないだろうに、敬語を使っていないだけで、すごく上から目線に感じてしまう。
「そ、そこまで言わなくても……」
「まずは、薄い参考書から始めて、自信をつけるところから──はい」
すると棚から別の参考書を手に取り、レオはそれを結月に差し出した。
それは、今結月が手にしている参考書の半分にも満たない、ページの少ない参考書だった。
「このくらいなら、反復もしやすいし、軽いから持ち運びも楽だよ。大学、合格したいんだろ?」
「…………」
だが、そう言って、優しげな表情で見つめられると、それ以上、何も言えなくなってしまう。
結月は、それを素直に受け取ると
「……うん。ありがとう」
そう言って、小さく顔をほころばせた。
なぜだろう。
執事に上から目線で話されて、本来なら、嫌がってもいいくらいなのに、不思議とこの"口調"が、心地いい──
✣
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その後、じっくりと参考書を選び抜いた結月は、数冊手にした参考書をレオに見てもらっていた。
「こんな感じかしら?」
「うん。いいと思うよ」
「ホント! よかった~。やっぱり凄いわね、五十嵐は」
「ん? 凄い?」
「だって、私の知らないこと、なんでも知ってるもの! 参考書の選び方なんて誰も教えてくれなかったわ。あ、五十嵐も、よく参考書を買っていたの?」
「いや、俺はそんなに頻繁に参考書なんて買えなかったから、同じ参考書を30周くらいしてたかな?」
「30周!?」
「何回も繰り返しやるのは、常識だろ? もしかして一回やって終わりだと思ってたんじゃないだろうな」
「っ……お、思ってました」
「……せめて5周はしろよ」
「5周も!?」
「はは」
そう言って軽く笑うと、レオは結月の参考書を受け取り、背を向けた。すると結月は、そのあとをひょこひょことついて行く。
「やっぱり、五十嵐はいじわるね」
「どこがだよ。俺、結構優しい方だと思うけど」
「なにそれ。自分で言う?」
「言うよ。他に言ってくれる人いないし」
「ふふ、そんなことないわよ。みんな優しいっていってたもの。……それにしても、なんだか懐かしいわね。こういうやりとり」
「…………え?」
瞬間、結月から放たれた言葉にレオはピタリと足を止めた。
振り向いたレオと再び目が合うと、結月は自分の言動に目を丸くする。
「あ、あれ? ごめんなさい。私、何をいっているのかしら!? そ、そうだわ! せっかくだし、ほかの本も買っていこうかしら!」
「……」
そう言うと、結月は足早にその学参コーナーから移動し始め、レオは、結月の背を見つめ、ただ呆然と立ちつくしていた。




