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お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。  作者: 雪桜
第7章 夢の中の男の子

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モチヅキ君


「五十嵐、あなたは──」


 結月の指先が、そっと執事の頬に触れる。


 髪の色が、同じだった。声は、子供の声だったから、違うようにも聞こえたけど、声質や、その雰囲気は、どことなく、似ている気がした。


 あなたは──あの男の子ではないの?


 記憶の中で、私にヤマユリの花を届けてくれた


 あの───





 モチヅキ君






「…………」


 瞬間、頬に触れていた手が、ゆっくり降下する。


(……そんなわけ、ないわよね)


 何を考えているのだろう。


 名字だって違うのに、あの記憶の中の男の子が、五十嵐かもなんて……


「お嬢様?」


 呆然と見上げていると、戸惑い声をかけてきた執事と再び目が合った。


 自身のありえない想像に、結月は苦笑すると、その後、何事もなかったように微笑みかける。


「うんん。なんでもないわ。それより、この体勢、何とかならないかしら? 押し倒されたままというのは、さすがに……」


「……あ」


 お互い我に返って、自分たちの状況を、改めて確認する。


 乱れた制服と、ほどかれたスカーフ。


 男が女を押し倒すその光景は、なんとも刺激的な光景で……


「こんなところ誰かに見られたら、五十嵐、クビになっちゃうわよ?」


「あはは、それは困りますね」


 さすがにクビは、マズイ。レオは結月からはなれると、横になる結月の手をとり引き起こすと、そのまま結月の足元に膝をついた。


「大変、失礼致しました」


「本当に反省しているの?」


「勿論」


(っ……こういう所は信用出来ない)


 ベッドに腰掛けたまま、結月は、執事を見下ろし、眉を顰める。


 にっこり笑顔の執事。本当に反省しているのかは、はなはだ疑問だ。


「それにしても、人の悪口が聞きたいなんて相変わらず、五十嵐は変わってるわね」


「そうでしょうか。主人の愚痴を聞くのも執事の役目ですよ。それに、誰だって負の感情の一つや二つ持っているものです」


「誰だって? それは、五十嵐も?」


「はい。俺なんてきっと、真っ黒ですよ」


 そう言って笑えば、結月はキョトンと首を傾げた。


 さっきの話を聞いて、結月を奪いたいと言う気持ちが益々強くなった。


 きっと、結月をあの親から奪えば、自分は世間から「悪」とののしられるのだろう。


 お嬢様に恋をして、その一人娘を親から奪った「悪魔」のような執事


 でも──善と悪なんて、見方が変われば、あっさり入れ替わる。


 例えそれが、常識的に「間違ったこと」だとしても……俺は、俺にとっての「正義」を貫く。


「ふふ、真っ黒は言い過ぎじゃない? 五十嵐にはどんな"負の感情"があるの?」


 すると、結月がクスクス笑いながら問いかけてきて、レオはそれを聞いて、再び結月を見上げると


「そうですね、例えば、お嬢様を誘拐してみようかな?……とか」


「……え?」


 軽く小首を傾げた結月の瞳が、よりいっそう丸くなる。


 驚いているのか? 呆れているのか?

 その後、結月は──


「ふふ、なにそれ! 相変わらず、ふざけたことばかりいうのね、五十嵐は!」


 案の定、その言葉はあっさり流され、予想通りの反応にレオは苦笑すると、その場から立ち上がり、改めて、時刻を確認する。


「それより、お嬢様。そろそろ朝食のお時間です」


「そうね。身支度を整えたら、すぐに行くわ」


「かしこまりました」


 その後、レオが一礼して部屋を出ていくと、結月はレオがいなくなった部屋の中で、ポツリと呟いた。


「誘拐……か」


 一瞬、誘拐されてみたいと、思ってしまった。


「バカね。冗談だってわかってるのに……」


 甘い夢を見るのはやめよう。

 私は一生、この家から逃げられない。


 きっと、この先もずっと、私は、あの親の元で



 心を殺して


 生きていくしかないのだから──







 ✣


 ✣


 ✣





「それで、どうだったの?」


 阿須加家・別邸にて──


 結月の母親である美結みゆは、朝食をとりながら、隣に座る洋介ようすけに話しかけていた。


 洋介は、昨夜、高級レストランでの会食を終え、遅くに帰宅した。


 その席でのことを言っているのか、洋介は、手にしていたナイフをピタリと止めると、ふと、昨夜あった男のことを思いだす。



 ✣✣✣


『どうですか、モチヅキさん。うちの娘は』


 レストランの奥、広く洗練されたVIPルームに通された洋介は、上座に座る強面の男に声をかけていた。


 イタリア製のスーツに身を包んだ恰幅のいい男・餅津木もちづき 幸蔵こうぞうは、手にした写真を、まるで品定めでもするかのようにじっくりと見つめていた。


『はい。お話に聞くとおり、とても聡明なお嬢さんにお育ちのようですね』


『ありがとうございます。では、縁談の話は』


『はい。今度、うちの長男の誕生パーティがある。そこで、改めて、顔合わせといきましょう』



 ✣✣✣


 男との会話を思い出し、洋介は、その後小さくほくそ笑む。


「あぁ、問題ない。上手くいきそうだ」


「そう、なら融資の件も?」


「あぁ、この縁談が上手くいけば、阿須加家の将来も安泰さ」




 それは、からりと晴れた初夏の朝。


 親の思惑など知りもしない、お嬢様と執事の──波乱に満ちた夏が、始まろうとしていた。



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