わがまま
「ちょっと、五十嵐! 落ち着いて!」
その後一段落したあと、制服に着替えた結月はなぜか焦ったような声を上げていた。
今朝方、突然思い出した記憶に混乱し、結月は酷く取り乱してしまった。
だが、あれから暫く五十嵐が抱きしめてくれたおかげで、なんとか落ち着きを取り戻した結月は、その後、学校に行く準備を始めたのだが……
「なぜ、制服に着替えていらっしゃるのですか!」
両手首を捕えられ、いつもとは違う手厳しい声が正面から降り注いだ。
品のある白と桜色のセーラー服は、結月が通う「純心女子学院」の夏服だ。
だが、清々しい夏の制服に着替えた結月の何が気に入らないのか、今すぐ着替えろと言わんばかりに迫ってくる執事を見て、結月は慌てふためく。
「な、なんでって、今日は学校が……っ」
「ですから、今日は学校をお休みして病院に行こうと、お伝えしたはずですが」
険しい表情でみつめられ、結月はたじろいた。
つまり、執事の言い分はこうだ。
先程、記憶を思い出した際、頭に痛みが生じたため、念のため病院に行き、脳神経外科の先生に見てもらおうと言うわけなのだが
「でも、その後、病院には『いかない』と言ったはずよ!」
「お言葉を返すようですが、お嬢様。流石の私も医師免許は持っておりません。こういったことは、しっかり専門医に見て頂かないと」
「だから大丈夫だっていってるじゃない! なにも病院に行く程ではないわ!」
そう言って断固拒否する結月を見て、レオは無音のため息をつく。
何もなければそれでいい。だが、脳とはとてもデリケートな部分で、万が一ということもある。
「とにかく、着替えてください」
「だから、行かないってば!」
次第に言葉が強まる中、逃げようとする結月と、決して離さず、必死に説得するレオ。
だが、どうやら結月は、余程病院には行きたくないらしく、それを見て、レオは苦々しげに眉を顰める。
「どうして、病院に行って下さらないのですか……!」
「……っ」
どこか悲痛な声が響けば、結月は途端に言葉をつまらせた。
まっすぐに見つめる瞳は、どこか悲しげに揺れていた。それはまるで、何かを失うのを怖がっているかのように──
「だ……だって私……っ」
すると、執事の真剣な瞳から逃げるように、結月はサッと視線をそらすと
「病院……嫌いなんだもの」
「………………」
率直に帰ってきた結月の"答え"
しかし、それを聞いて、レオの表情は一変する。
──病院が嫌い?
つまり、ただ病院が嫌いだから、行きたくないと?
「というわけで、今日は学校に──きゃ!?」
瞬間、結月の視界がぐるりと反転した。
何事かと、目を見開けば、何故か執事によって、ベッドの上に押し倒されていた。
滑らかなシーツの上にドサッと身体が沈み込むと、結月は目を見開いた。
何が起こったのか?
だが、咄嗟に起き上がろうとすると、それをさらに阻まれ、執事は結月の両脇に腕をつき、容赦なく覆い被さってきた。
「お嬢様、いい加減にしてください」
「……っ」
すると、あまりに不機嫌そうな声が降ってきて、結月はグッと息を飲んだ。
「これ以上、ワガママをおっしゃるなら、このまま脱がしますよ」
「な、何言って……っ」
のしかかった反動でベッドが微かに弾んだ。
また、からかわれているのか?
そんなことが一瞬過ぎったが、胸元で蝶結びにされた桜色のスカーフには、白い手袋をした五十嵐の手が、しっかり触れていた。
きっと、このまま引けば、スカーフなんてあっという間にほどかれてしまう。
「ちょ、ちょっと待って!?」
本気か冗談か、スカーフに手をかけた執事を見て、結月が悲鳴を上げた。
部屋の中に二人きり。機嫌の悪い執事から一刻も早く逃げようと、結月はベッドの上ではじたばたと暴れはじめる。
だが、そうして暴れる結月を、レオは涼しげな表情で見下ろすと
「お嬢様。それ以上暴れると、見えますよ」
「……み?」
一瞬、何が?と思ったが、その『何か』はすぐにわかった。
抵抗して身じろいだせいで、膝下まであるスカートが、太股あたりまで捲れあがっていた。
確かに、これ以上暴れたら──確実に見える!
「ッ~~~! 五十嵐、どいて!!」
「では、病院に行くと約束してください」
「っ……」
有無を言わせぬその言動に、結月はある確信を得た。
これは、きっと本気で脱がすつもりはない。多分、こうして追いつめることで、病院に行かせようという魂胆だろう!
なんてタチの悪い。
(っ……どうしよう。でも、やっぱり病院は)
──行きたくない。
結月とて、そこは譲れなかった。
ベッドに組み敷かれつつも、結月はじっとレオを見上げると
「嫌です!」
「…………」
ハッキリとそう告げると、その後ほんの数秒、沈黙したあと
「左様でございますか」
「──ひゃッ!?」
その瞬間、ニッコリと微笑んだ執事は、容赦なくスカーフを奪った。
シュル──と衣擦れの音がして、あっさり襟元から引き抜かれると、途端に無防備になった胸元をみて、結月はより一層高い悲鳴をあげた。
「きゃぁぁ!? ちょ、冗談よね!?」
「冗談ではありません。お嬢様が、嫌だと仰るのなら、このまま無理やり着替えさせて車の中に押し込みます」
「嘘でしょ!?」
イヤイヤと首を振りつつ暴れるが、押しのけようと伸ばした腕は、あっさり絡め取られた。
暴れる腕は、頭の上で一纏めにされて、軽く押さえつけられ、見上げた先では、冗談とはいえないような真剣な表情で見つめる執事と、再び目があった。
「あ、五十嵐……っ」
「お嬢様が悪いんですよ。俺の言うこと聞かないから──」




