懐柔
「では、本日の業務は先程お話した通りです。今日も一日、宜しくお願いします」
朝──執務室では、ミーティングを行うためレオを中心とし、恵美、冨樫、矢野の四人が一堂に会していた。
手帳片手にレオが本日のスケジュールを確認しながら指示すれば、残る三人は「はい」と素直な返事を返す。
「それにしても、昨日は斎藤さんが来てくれて良かったね。お嬢様、凄く喜んでたし」
すると、昨日のことを思い出し、冨樫が言葉を挟んだ。恵美は、その横で『あ!』と声をあげると、思い出したとばかりにレオに語りかける。
「そうですよ、五十嵐さん! 実は昨日、斎藤さんが来て」
「はい。存じております。昨日、帰宅した時に、屋敷の庭で会いましたから」
「そうだったんですか。よかった~。斎藤さん、五十嵐さんにも、お礼を言いたいって言ってたんです! それと、旦那様たちの事は、お嬢様には、お伝えしてないそうです。斎藤さんの奥さんのことも……」
「はい。それも伺っています。妻のことは、退院したとだけ伝えてあると」
「じゃぁ、このまま、お嬢様には」
「そうですね。あえて、お心を痛めるようなことを伝える必要はないかと……話したところで、結果は変わりませんから」
両親の非情な行いも、斎藤の妻が、もう助からないということも、あえて、告げる必要はない。
伝えたら、きっと、結月を泣かせてしまうだけから──
「でも、奥さんのことは辛いけど、斎藤さん、良かったね。最期は奥さんの側にいてあげられるんだもん」
すると、悲しそうに視線を落としつつも、今度は冨樫がそう言って、改めて、レオに頭を下げた。
「五十嵐君、私たちからもお礼を言わせて、斎藤さんから奥さんのこと聞いていたのに、私たちではどうすることも出来なくて」
「そうですよ。これも全部、五十嵐さんのおかげです! 本当にありがとうございました!」
レオの行いに感服したのか、冨樫と恵美が感謝の言葉をのべる。すると、今度は、その横にたつ矢野もまた、レオの身体を案じ始めた。
「しかし、執事の業務に加えて、斎藤さんの仕事まで肩代わりするなんて、本当に大丈夫なのですか?」
「心配してくれるのですか?」
「そ、そういうわけでは」
「大丈夫ですよ。この屋敷は滅多に来客もありませんから、要領よくやれば、まだ余裕があるくらいです」
「さすがですね、五十嵐さん! でも、絶対に無理はしないでくださいね」
「そうだよ。この屋敷は、五十嵐君で回ってるようなものなんだから~」
「そうですね。ありがとうございます」
今回の一件で、三人は見事レオのことを信用しきってしまったようだった。
まさか屋敷から追い出されるなんて、微塵も思ってもいないのだろう。
執事の目論見など知りもせず、真摯に執事の身体を気にかける三人に、レオは少しばかり罪悪感を抱く。
だが、目的に遂行するには、むしろ都合がいい。レオは、手にしていた手帳をパタンと閉じると、その後、小さく笑みを浮かべる。
屋敷を牛耳りさえすれば、なにかと動きやすくなる。
それに、この屋敷を『空っぽ』にしない限り、自分の欲しい女は、絶対に手に入らない──
「あ、そう言えば、昨日はゆっくり出来た?」
「え?」
すると、再び冨樫に話を振られ、レオは我に返った。
昨日は夕方まで、ルイの家にいた。
まー、それなりにゆっくりは出来たとは思う。
「はい。お陰様で」
「もしかして、彼女さんの所に行ってたんですか!?」
「二人っきりでラブラブだったとか~」
「え?」
「いきなり、なにを聞いているんですか、あなた達は」
興味津々にレオに詰め寄る冨樫と恵美を見て、矢野が突っ込む。
だが、なぜいきなり、そんなプライベートな話をしなくてはならないのか?
「いえ、昨日は友人の家に……」
「えー、ほんとに~? なんか信じられないな~」
「そうですよ~。それに、気になってたんですが、五十嵐さんの彼女って日本人ですか? それとも外国人?」
「えーと……」
根掘り葉掘りと、彼女について聞き出され、さすがのレオは苦笑いを浮かべた。
(マズイな……)
このまま、あれこれ聞かれたら、いつか絶対ボロがでる。レオはそう思うと
「さぁ、どっちでしょうね?」
「「ッ!?」」
瞬間、顔を近づけ妖しく微笑むと、その表情をみて、恵美と愛理は顔を赤くする。
心なしか近くなった距離に、ドキッとした。
整った顔立ちと、どこか清潔感のある香り。こんなにも美形な執事に、近い距離で見つめられば、もはや何も言えなくなってしまう。
「では、俺はこれで……そろそろお嬢様を、起こしに行く時間なので」
すると、黙り込んだ二人から離れ、サッと話をそらしたレオは、その後、執務室からでていった。
「~~~なにあれぇぇ! イケメンの笑顔、恐るべし!」
「てか、私たち、絶対はぐらかされましたよ!?」
「あなたたち、早く仕事に移りなさい」
まんまとレオの笑顔にあてられた恵美と冨樫。そんな二人を、矢野は呆れ顔で見つめていた。
✣✣✣
そして、その後、執務室をあとにしたレオはと言うと
(……参ったな)
結月の部屋に向かう廊下で、深くため息をついていた。
執事として屋敷に来た当日。矢野に「お嬢様に恋心を抱くな」と忠告されたこともあり「彼女がいる」と言っておいた方が、使用人達の警戒が薄れると思っていた。
だが、思いのほか自分の彼女について、興味を持たれてしまったようだった。
だが、その彼女が、お嬢様だなんてバレるワケにはいかないし、なにより記憶を失ってる今『結月が彼女』だなんて言ったら、完全にヤバイやつだ。
しかし、あれでは国籍だけではなく、いつか住んでいる場所や名前まで問いただされそうで……
(とりあえず……マジでヤバくなったら、ルイに女装させて乗り切ろう)
国籍を誤魔化したのだ。相手が、フランス人でも何とかなるだろう。
持つべきものは、女顔の友人!
レオはこの時初めて、ルイと友人になったことに感謝したとか?




