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お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。  作者: 雪桜
第5章 二人だけの秘密

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不安


「すごい雨ね」


 レオが、結月の髪を手にした瞬間、窓の外を見て、結月がポツリと呟いた。


 首元に、赤いリボンがあしらわれた白のブラウスに、黒のロングスカート。実にお嬢様らしい清楚な身なりをした結月は、身支度を整えた後、レオに髪をといてもらっていた。


 厚い雲がかかった空からは、どりゃぶりの雨が、朝から、ずっと降り続いていた。


 ──こんな日に、雨まで降るなんて。


 二人の気持ちが暗いのは、きっと今日の午後、結月の両親が尋ねてくるからだろう。


「お父様たち、本当に来るのかしら?」

「…………」


 結月が、何気なしに問いかければ、レオは一瞬だけ手をとめる。


 こんな天気だ。あの両親なら、いつ気が変わってもおかしくない。だが……


「先程、別邸に確認を取りましたが、今のところ、予定に変更はないそうです」


「……そう」


 再び、髪をときながらレオが返せば、結月は、一層表情を暗くして俯いた。


 その不安げな表情に、レオの心には、またふつふつと黒い感情がよみがえってくる。


 もしかしたら、結月は、今もまだ、あの両親にわずかばかりの期待を寄せているのかもしれない。


 昨日、話してくれたように『いい子にしていたら、いつか娘として受け入れてくれる』と。


 だけど、正直あんな親、期待するだけ無駄だと思う。


 確かに傍から見れば、あの両親だって「被害者」なのかもしれない。


 次男として産まれながら家督を継がされた洋介も、その妻であったがために跡取りを産めとキツイ言葉を浴びせられた美結も、歪んだ一族の犠牲になっただけなのかもしれない。


 だけど、それで結月を恨むのはお門違いで、同情なんて出来るはずもなかった。


 レオにとって、あの二人は「被害者」ではなく「加害者」でしかないから──



「ねぇ、五十嵐はどう思う?」


「何がですか?」


「私の進路のこと。お父様たち、どう考えてると思う? 進学かしら、就職かしら、それとも──」


 一瞬過ぎった、その先の言葉に、二人は同時に眉をひそめた。結月が言おうとしていることは、大体わかった。


 きっと、婚約者を紹介されるかもしれない。そう言いたいのだろう。


 だが、ハッキリ言って、そんなサプライズ誰も望んでない。結月だって、まだ結婚したくはないだろうし、レオだって、自分以外の男が結月に触れるなんて、考えただけでも虫唾むしずが走る。


 だが、結月が"阿須加家の娘"である限り、いつ、そんな日が来てもおかしくはなく


(不安、なんだろうな……)


 あの両親が、わざわざ屋敷に尋ねてくる。ならば、今後のことについて、なにか重大な話があるのだろう。


 そして、その話が、結婚に関することだったとしても、なんら不思議はない。


 だが、レオは優しく微笑むと


「大丈夫ですよ」


「え?」


「今日は、旦那様も奥様も、すぐに別邸にもどられると仰っていました。それに、もし、婚約者を紹介されるなら、もっと正式な場を設けるでしょう」


「そうかしら……?」


「そうですよ。それにお嬢様は、まだ学生ですからね」


 漠然とした不安は抱えつつも、結月の心を和らげるようにレオが優しく諭せば、結月は、心なしか安堵の表情を浮かべた。


 いくら18歳とはいえ、結婚させるには、それなりに段取りというものがある。


 ならば、今日の話は、もっと別のことだろう。


 そんなことを考えながら、仕上げとばかりに髪に赤いリボンを結びつけると、結月はその後、無邪気に笑って、レオにお礼の言葉を返してきた。


「ありがとう、五十嵐」


「いえ。では、朝食のご用意ができましたら、また参ります」


「えぇ……あ、待って!」


 だが、レオが部屋から去ろうとした瞬間、結月が、レオの服を掴み、引き止める。突然、服を引っ張られ、レオが驚きと同時に振り向けば


「あの……昨日は、ありがとう」


「え?」


「まだ、ちゃんとお礼を言ってなかったから……昨日は、公園につれていってくれてありがとう。いきなりで、少し驚いたけど、とても楽しかったわ」


「……っ」


 頬を、ほんのり桜色に染めながら言った結月の言葉に、レオは目を見開いた。


 昨日、結月を公園に連れ出して、一時間ほど二人で過ごした。


 ただ公園を散歩して、メロンパンを食べて、雑談をしただけの、なんの特別感のない時間。


 しかも、親の言いつけを無理矢理、破らせたというのに、わざわざ、お礼を言ってくるなんて──


「……お嬢様」


 レオは、嬉しさのあまり、そっと手を伸ばすと、結月の頬に触れ、嬉しそうに微笑んだ。


 なにげない言葉や、仕草の一つ一つに、いつも心をかき乱される。


 側にいるだけで、話をするだけで、こうして肌に触れるだけで、心の奥底から、また愛しいという気持ちが、溢れだし、自分でも驚くくらい、感情を抑えきれなくなる。


 だけど──


「……そう言っていただけると、私もお嬢様の執事として大変嬉しく思います」


 だけど、そんな思いを必死に抑えこみ、レオは自分の『立場』を言い聞かせた。


 自分は『執事』だと。

 これ以上、触れることは許されないと。


 そして──


「また旦那様たちのことで、お辛いことがあれば、私には全てお話しください。昨日も申し上げましたが、私は絶対に、お嬢様が悲しむことは致しません」


 たとえ、今は、執事として見守ることしか出来なくても、それでも……


「うん、ありがとう。五十嵐がそばにいてくれるなら、とても心強いわ」


 ほんの一筋でも、彼女の心に光を灯せるように……


「しかし、その引き止め方は、少し反則ではないでしょうか?」


「え?」


 だが、名残惜しくも結月から手を離せば、レオは、またからかうように、そういった。


 依然、レオの服を掴んだまま離さない結月。

 すると、やっとのこと、その行動に気づいたらしい。


「あ、ごめんなさい!! いきなり引き止めて!」


「いえ、でも、俺以外の男にそんなことをしたら、気があるのでは?と勘違いされてしまいますよ?」


「え!? そうなの!?」


「はい。お嬢様、可愛いんですから、気をつけてください。決して俺以外の男に、そのようなことをしてはいけませんよ」


「わ、わかったわ……っ」


「はい。では、私は一旦失礼致しますが、他に聞いておきたいことなどは、ありませんか?」


「え……と。それは、あの…………大丈夫」


「そうですか。では、また後ほど伺います」


 するとレオは、また一礼して、部屋から出ていった。


 雨の音が響く室内。一人残された結月は、レオが出ていった扉をみつめ、ボソリとつぶやく。


「聞いておきたいこと……か」


 そういえば、前にいっていた『お嬢様のために執事になった』と。


 あれは、一体、どういう意味なのだろう?


 顔も名前も知らない男性が、自分のために、執事を目指すなんて、あるわけがない。


 だけど、不思議と五十嵐の言葉は、結月の心を、落ち着かせてくれた。


 それはまるで、遠い昔から、知り合いだったみたいに──


「やっぱり……五十嵐と、どこかで会ったことがあるのかしら?」


 漠然とそんなことを考えながら、結月は外を見つめた。だが、降り続く雨は強まるばかりで、重い空はどこまでも続いていた。




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