夢の中
✣✣✣
『ねぇ、また来てくれる?』
幼い姿の結月が、静かに問いかける。
大きな瞳で、まっすぐに見つめる先にいるのは、結月よりも幾分か身長の高い『男の子』
その男の子は、まだ幼い結月に視線をむけると、少しぶっきらぼうに言葉を返す。
『嫌だって言ったら、泣くくせに』
それはまるで、断ったら結月が泣き出すのを分かっているかのように……
『泣かないわ』
『じゃぁ、来ない』
『……っ』
『ほら、泣きそう』
そう言って、クスリと笑った少年は、その後、そっと結月に、小指を差し出してきた。
『……なに?』
『指切り。知らない?』
『し、しってるけど……でも私、指切りなんてしたことなくて』
『……そう』
すると少年は、結月の手を引きよせ、自分の指と結月の指を絡ませた。
まだ肌寒い季節。繋がった小指は、少しずつ熱を持ち、二人の指が、しっかりと触れ合っているのがわかった。
『顔、赤いけど』
『っ……あ、赤くないわ』
『赤いよ。俺と指切りするのが、そんなに恥ずかしい?』
目の前にいるはずなのに、その男の子の姿はまるでモヤがかかったように、どこか朧気だった。
だけど、その声は、なんだか、とても落ち着く声で……
『また、来る。だから、泣くなよ』
『──うん』
ぎゅっと小指に力がこもると、結月も返事をするように力を込めた。
交わした約束に、自然と心も身体も温かくなる。
だけど───
──ピシャ!!
「ん……っ」
瞬間、結月は外から響いた雷の音に、ハッと目を覚ました。
ベッドの中から宙を仰げば、外には激しい雨と、雷の音が不気味に鳴り響いていた。
(……朝?)
その雷の音を聞きながら、重い体をゆっくりと起こす。すると、昨日の晴れ間が、嘘のような荒模様に、結月は、スっと目を細めた。
(昨日は、あんなに晴れてたのに……)
昨日の学校帰り、五十嵐と公園にいった時のことを思い出して、結月は、自分の小指にそっと視線を落とす。
自分を気遣い、連れ出してくれた五十嵐は、またあの公園に連れていってくれると約束してくれた。
それは、まるで、結月の心にぽっと明かりを灯すような、温かな約束だった。
(きっと、五十嵐と、あんな約束にしたからね)
その指を見つめながら、先程の夢のことを思い出し、結月は、幸せそうに微笑む。
見知らぬ男の子と、指切りを交わす夢──
久しぶりにみた、その記憶に残る夢は、甘くて優しくて、それでいて、とても居心地のよい夢だった。
(あれ? そういえば私、男の人と指切りするの初めてだったんじゃ……?)
だが、夢の中の自分が、とても恥ずかしがっていたのを思い出し、結月は、その夢に、引きづられるように頬を赤くする。
昨日、五十嵐に小指を差し出されて、なんの躊躇いもなく指を絡めてしまった。
だが、よく考えたら、男性と指切りをするのは、初めてのことで……
(私、なんで……)
なんの躊躇もなく、男性と指切りなんて、今になって、すごく恥ずかしくなってきた。
「お嬢様」
「ひゃッ!?」
だが、その瞬間、突然、部屋の外からノックの音が聞こえて、五十嵐に声をかけられた。
結月は、ビクリと身体を弾ませると、慌てて時刻を確認する。
どうやら、もう6時を過ぎていたらしく、五十嵐はいつも通り、起こしに来てくれたようだった。
(あ、私まだ着替えてない……!)
だが、寝坊をしたせいか、朝の支度が何も出来ていなかった。
それに、昨日の指切りのことを思い出していたせいか、今は五十嵐と顔を合わせづらい。
「い、五十嵐、私まだ着替えてなくて……だから、まだ入って来ないでね!」
夜着姿のまま、結月は、慌てて扉の外に話しかける。すると外からは、いつもと変わらない、執事の声が返ってきた。
「また、お手伝い致しましょうか?」
「な、なにいってるの!?」
「はは、冗談ですよ。では、身支度が整いましたら、またお声かけください。モーニングティーをお持ち致します」
「う、うん……わかったわ……っ」
外はあいにくの雨で、今日は、両親だって尋ねてくる。
だが、不思議と今の結月の心は、意地悪な執事のことで、いっぱいになっていたのだった。




