ライオンと子兎
「ねぇ、五十嵐……どこに向かってるの?」
不安そうにこちらを見つめる結月の姿が、ミラー越しにレオの視界に入り込んだ。
どこか疑心に満ちた瞳。
そんな顔をさせてしまうということは、きっと自分は、まだ結月にとって、あまり信頼できる人物ではないのだろう。
そう思うと、レオは自然とハンドルを握る手に力をこめた。
記憶がない結月にとって、今の自分はただの執事でしかない。
そこには、明らかな主従関係があって、あの頃のような、対等な立場ですらない。
(まるで……子兎だな)
どこに向かってるのかと問いた声は、どこか弱々しく、その不安な気持ちは、直接、目にしなくても、レオの背に伝わってくるようだった。
逃げ場のない車内に、男と二人きり。
見知らぬ景色に、行き先を告げない執事。
びくつくその姿は、今にもライオンにとって食われそうな、子兎のよう。
(もし──このまま君を連れ去ったら、君は、俺をどう思うだろう)
このまま連れ去って、二人っきりの部屋の中で、あの頃の想いも約束も、何もかも全て打ち明けたら、君は、俺を思いだしてくれるだろうか?
もし、思い出してくれるのなら、このまま、奪い去ってしまいたい。
この気持ちを伝えて、今度はその身体に、直接、この想いを刻み込みたい。
だけど、もし……思い出してくれなかったら?
「…………」
感情と理性の狭間で、心が大きく揺れていた。
もう、あんな顔はさせたくない。
それは紛れもなく、レオの本心だった。
だが、お嬢様と執事として始まった、この関係を覆すことは、そう簡単な事ではなく。
きっと、今、結月を連れ去ったところで、彼女を怖がらせるだけだということは、レオが一番、よく分かっていた。
「お嬢様」
「……っ」
瞬間、ずっと黙ったままだったレオが、やっと口を開いた。結月は、その後ろでビクリと肩を弾ませると
「な……なに?」
怖々とした面持ちで、結月がレオを見つめた。
するとレオは、走らせていた車を停車させると、結月の方へと振り返り
「着きましたよ」
「え?」
──着いた?
そう言われ、結月が車内から外を見れば、それはどこかの駐車場のようだった。
怯える結月に失笑しつつ、レオは運転席から下りると、そのまま後部座席にまわり、結月が座っている方の扉をあけた。
「どうぞ、お嬢様」
「え……?」
ドアを開け、結月の手をとると、レオはそのまま結月を車の中から引っ張り出した。
薄暗い車内から、無理やり明るい外へと連れ出される。
久しぶりに晴れた空から降り注ぐ陽射しは、やけに眩しくて、視界が、わずかにぐらついた。
「ッ……」
その眩しさに、結月が目を瞑る。
だか、その後、ゆっくりと目を開けば、自分を見つめる執事と、再び視線が交わった。
そして──
「お嬢様、私と、デートをしませんか?」




