表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。  作者: 雪桜
第4章 執事の策略

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/289

生きる目的


「だって五十嵐には、彼女がいるんでしょ?」


「……え?」


 瞬間、レオは固まった。


「か、彼女?」


「えぇ、五十嵐には、結婚の約束をしてる彼女がいるって聞いて……いくら仕事とはいえ、彼女さんが嫌がるんじゃないかしら。彼氏が自分以外の女の人の髪に触れたり、身の回りの世話をするなんて」


 ──なんで、その話が、結月にまで伝わってるんだ?


 レオは、おもむろに眉をひそめた。どうやら、ここの使用人たちは、かなり口が軽いらしい。使用人のプライベートなことまで、主人に話すなんて……


(……なるほど。つまり結月は、俺に結月以外の彼女がいると思っていて、その彼女に気をつかって、ダメだといっているわけか)


 だが、それには、レオも納得した。


 女性にとって、髪は特別なものだ。自分の彼氏が、他の女の髪に触っていたら、あまりいい気はしないかもしれない。


 すると、黙り込んだ執事を見て、結月が、また言葉を続けた。


「あのね、五十嵐。いくら遠距離で会えないからって、彼女さんの気持ちは、ちゃんと考えてあげた方がいいわ」


(俺の彼女、お前なんだけど……)


 一瞬、叫びたくなるのを、ぐっと堪えた。

 なんで、こんなに、ややこしい話になっているのか?


 だが、ここで「いない」とか「別れた」などといって、それを否定してしまうと、今度は使用人たちから疑惑の目を向けらてしまう。


 するとレオは、一つ大きなため息をついたあと


「くだらないこといってないで、早く座ってください!」


「え!? ちょっ」


 その後、有無を言わさず結月を鏡の前に座らせると、レオは手袋を外し、ドライアーのスイッチを入れた。


 髪を痛ませないよう、ぬるめの風で優しく髪を乾かし始めると、結月は少し申し訳なさそうな顔をして、また話しかけてきた。


「彼女さん、怒ったりしない?」


「大丈夫ですよ」


「本当に?」


「はい。ですから、お嬢様の心配には及びません」


 柔らかくて細い結月の髪に、するりと指を滑らせながらレオが囁く。


 出会った頃は、まだ胸元辺りだった髪。それが今では、腰元まで伸びていて、歳月の長さを感じさせた。


 湿った髪をある程度乾せば、その後はくしで丁寧に梳いていく。すると結月が


「ねぇ、五十嵐の彼女って、どんな人なの?」


「え?」


 鏡越しに話しかけられ、レオはピクリと反応する。


「気になりますか?」


「うん……その年で結婚まで考えてるなんて、とっても素敵な方なんだろうなって」


 鏡の中で目が合うと、結月は頬を赤くしていて、その姿に、レオは頬を緩める。


「そうですね。とても素敵なひとですよ。笑顔がとても柔らかくて、それでいて、すごく優しくて……時々、危なっかしいところもあるのですが、そこがまた可愛いというか。正直、目に入れても痛くないほどですね」


(ベタ褒め……)


「それに……彼女は、俺に『生きる希望』を与えてくれた人ですから」


「生きる希望?」


「はい。昔、ひどく空っぽだった時期があって、そんな時に、彼女が俺に目的を与えてくれました。きっと彼女がいなかったら、俺はここにはいなかったでしょう。だから、今度は俺が、彼女を幸せにする番だと思ってます」


 レオが、また結月を見つめる。


 鏡の中で目が合ったからか、微笑む執事の姿に、結月は不思議と胸が熱くなった。


 その瞳は、まるで愛しい人を見つめているような、そんな暖かで優しい目をしていたから。


「そ、そうなのね。五十嵐は、その人のこと、すごく愛してるのね……!」


「はい。愛していますよ。この世界の誰よりも」


 ハッキリとした言葉を告げられ、その言葉に、結月は更に赤くなる。


 髪に触れる指先から、彼女を思う五十嵐の気持ちが流れこんでくるようだった。


 きっと、その言葉は、嘘偽りのない言葉だ。


 確かに、ここまで彼女を愛おしく思っているなら、恵美が言ったとおり、ほかの女性にうつつを抜かすことはないのかもしれない。


「……素敵ね」


 素直にそう思った。お互いに思いあう二人の関係が、あまりにも眩しくて……


「なんだか、羨ましいわ。五十嵐の彼女さんが」


 まるで自分には縁のない話だと、どこか諦めたように呟いた結月の言葉に、レオは苦笑する。


(きっと結月は、俺を救ってくれたことですら、忘れてるんだろうな)


 でも、それでも


『お願い。この箱を"空っぽ"にするの、手伝って──』


 あの日、結月が泣きながら言った『あの言葉』は

 俺に『生きる目的』を与えてくれた。


 自分に絶望して、未来に絶望して、何もかも失った俺を──君が、救ってくれた。


 だから、今度は、俺が君を救う番。


 この屋敷に囚われた、俺の愛しい愛しい



 ────お姫様を。





 ✣


 ✣


 ✣




「旦那様。結月様の進路相談の件ですが、いかが致しますか?」


 結月の両親が住まう別邸にて、リビングでくつろ阿須加あすか 洋介ようすけに、メイドの戸狩とがりが声をかけた。


 すると、その戸狩の話を聞いて、母親の美結みゆが飼い猫を撫でながら問いかける。


「進路って、結月の将来は、もう決まってるようなものでしょ」


 結月の進路なんて、今更、考えるまでもない。

 あの子は──


「ですが、来週までに提出さなくてはならないプリントがあるそうで、五十嵐が、お嬢様と共に伺いたいと」


「……そうか」


 すると、今度は、一人がけのソファーに腰掛け、ウィスキーを飲んでいた洋介が、一言だけ声を発した。


 そして──


「なら、今週末、結月の屋敷に顔をだすことにしよう」


「屋敷に? わざわざ出向くの?」


「あぁ、たまには、娘の顔も見ておかないとな」


 どこか冷たく機械的な声が響くと、グラスの中の氷が、カランと気持ちの良い音を立てた。


 外には、雲がかかっていた。


 どこか暗然としたその空は、今にも雨が降り出しそうな、そんな重い色をしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ