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お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。  作者: 雪桜
第4章 執事の策略

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お払い箱


 それから数時間が経った、午後のこと──


 休憩室の中で、レオは結月の両親が住む別邸に電話をかけると、その屋敷のメイドである戸狩とがりと話をしていた。


『わかりました。では旦那様と奥様に、そのようにお話しておきます』


「はい。宜しくお願いします」


 要件を伝え終わり、受話器を元の位置に戻すと、丁度そのタイミングで、矢野やのが休憩室にやってきた。


「どちらに電話を……」


「別邸の方に。矢野さんは、今から休憩ですか?」


「はい。五十嵐さんは?」


「私も、お嬢様を迎えにいく前に、少しだけ休憩を挟むつもりです。矢野さんも、コーヒーを飲まれますか?」


「そうですね。いただきます」


 矢野の返事を聞くと、レオは壁際のテーブルの前まで移動し、そこでコーヒーを淹れ始めた。


 だが、そんな中、また矢野が声をかける。


「五十嵐さん、今朝の話ですが、私はまだ認めたわけではありませんから、お嬢様の身の周りのお世話を男性がおこなうなんて!」


「…………」


 まるで噛み付くように発された言葉。レオはそれをきいて、無意識にこめかみを引くつかせた。


 今朝、使用人達に、その話をした際、最後まで納得しなかったのが、この矢野だった。


 きっと、この屋敷で一番厄介なのは、このメイド長だろう。


「……矢野さんは相変わらず厳しいですね。私はそんなに信用できませんか?」


「信用できる出来ないの話ではなく、倫理観の問題です。前にも申しましたが、もし、お嬢様に邪な感情を抱こうものなら、即刻屋敷から追い出しますので、そのつもりで!」


「…………」


 真横から、きつい言葉を浴びせられる。


 確かに、異性が身の回りの世話をするという案は、いささか強引すぎたかもしれない。


 前の執事のこともあるから、より神経質になっているのだろう。


 まぁ、一人くらい矢野のように厳しい人材がいた方が、仕事をする上では身も引き締まる。だが、レオがこの屋敷を牛耳るには、些か厄介な相手でもあった。


(追い出す、か……)


 しかし、さすがに追い出されるわけにはいかない。それに、追い出されるのは……


「そうですね。()()が追い出されるのも、時間の問題かも知れませんね?」


「え?」


 コーヒーを淹れ終わると、レオはくるりと向きを変え、ニッコリと笑った。だが、その言葉に、今度は矢野が顔をしかめる。


「なにを、言っているのですか?」


「ご存知ないのですか? 最近、阿須加グループの業績は、あまりかんばしくないようですよ。株価もだいぶ下がってますし、経営が苦しいのではないかと」


 コーヒーを二つ手にしたレオは、矢野の前に歩み寄り、そのうちの一つを差し出しながら


「ホテル業界は、昔からハードな仕事だと言われていますが、旦那様の経営するホテルは、特に酷いとの噂ですよ。サービス残業なんて当たり前だし、勤務時間も長い。そのせいで離職する社員も増えてますし、おかげでサービスの質は低下して、客足は遠のくばかり……」


あるじの会社に向かって、なんてこと言うのですか?」


「これは失礼。でも、昔ほど栄えていないのは確かですよ。それに、所詮、旦那様たちにとって、社員や使用人なんてただの使い捨てのこま。どのみち私達も、お嬢様がご結婚されたら『お払い箱』ですからね?」


「…………」


 予期せぬ話に、矢野は更に表情を曇らせた。


 ずっと、この屋敷でメイドとして働いてきた矢野だ。本来なら、この先も阿須加家に仕える気でいるだろう。だが──


「この屋敷も、お嬢様がいなくなられたら、建て壊すそうですよ」


「……」


「まぁ、お嬢様がご結婚されるのは、まだ先の話だとは思いますが、先は見越しておいた方が良いかと。仕事がなくなるのは、お互い困りますしね?」


 すると、レオはあっさりコーヒーを飲み終わり、再び矢野をみつめた。


「では、私はそろそろお嬢様をお迎えいく準備を始めますので。矢野さんは、どうぞごゆっくり」


「ぁ、はい……お気をつけて」


「あ、それと。お嬢様の進路相談の件で、また戸狩さん(別邸のメイド)から返事を頂くことになっていますので、連絡があったら教えてください」


「進路相談?」


「はい。なかなか返事を下さらないので、少し催促を。来週中に提出しないといけないプリントがあるので、近いうちに、お嬢様と一緒に旦那様と奥様の元に伺う予定です」


「そうですか。わかりました」


 矢野が返事をすると、レオは休憩室の入口へと歩き出す。そして


「あ、進路相談といえば、息子の浩史こうじくんは、大学に行きたいそうですね?」


「……え?」


 だが、不意に放たれたその言葉に、矢野は目を丸くした。

 無理もない。矢野は自分の息子が、本当は大学に行きたいだなんて、全く知らないのだから。


「だ、大学? いえ、あの子は就職すると」


「あれ、そうでしたか? 先日、矢野さんの鍵を預かった時に、大学に行きたいと話していましたよ」


「……」


「どうぞ、浩史こうじくんに、受験勉強を頑張るよう伝えてください。では、私はこれで」


 レオは再びにっこりと笑うと、その後、休憩室からでていった。


「だ、大学って……そんなこと、あの子、一言も……っ」


 そして、矢野の小さな声が休憩室に響いたのを聞き届け、レオは扉を閉めると、その後、すっと目を細めた。


「……さて」


 俺が、追い出されるのが先か?

 それとも、矢野さんが出ていくのが先か?


 一体、どっちかな?


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