彼女
「恵美さん! 五十嵐、ちょっとおかしいんじゃないかしら!?」
その後、化粧室で顔を洗った結月は、ちょうど通りかかった恵美に声をかけていた。
いきなりこんな事態になり、結月は酷く驚いていた。だが、恵美は特段、驚きもせず
「どうしたのですか、お嬢様。五十嵐さんに、なにか問題でも?」
「問題大アリよ! 身の回りの世話を全てだなんて……!」
顔を赤くし、恥ずかしそうに俯く結月をみて、恵美は珍しいものでも見るように目を丸くする。
これは、確実に、五十嵐を"男性"と意識している証拠!
今まで、全く取り乱すことのないあのお嬢様が、こうも顔を赤くして感情を露わにするなんて……
(さすが! 五十嵐さんの言った通りだわ!)
恵美は、結月の訴えなど気にもとめず、うんうんと唸る。
「あの、恵美さん、聞いてる?」
「あ、申し訳ありません! 大丈夫ですよ、ほら! 少女漫画のお嬢様は、大抵執事が起こしにくるじゃないですか?」
「漫画でしょ!? それ、漫画の話よね!?」
確かに、漫画や小説では執事が起こしに来るのがド定番だが、これは現実だ。
嫁入り前のお嬢様の寝起きや着替えを、異性が手伝うなんて、さすがに……
「そんなに心配なさらなくても。大丈夫ですよ、五十嵐さんなら」
「ど、どこが大丈夫なの?」
「だって、これは全て、お嬢様のために五十嵐さんが提案されたことなんですよ」
「え?」
恵美の言葉に、結月は困惑する。
「……私のため?」
「はい。お嬢様も、もう18ですが、流石に男性に対して警戒心がなさすぎます! 今は女子校に通い、男性とあまり触れ合う機会がないので大丈夫ですが、この先大学に行き、社会に出るとなると、どうしても男性とお話したり、食事に行く機会も増えていきます」
「……」
「そうなった場合、今のお嬢様ではいささか心配すぎると! いずれ、阿須加家を背負って立つなら、男性のあしらい方もそれなりに身につけておくかなくてはなりません! そこで五十嵐さんが、お嬢様に少しでも異性を意識するよう、このような提案を!」
「そ……そうだったの?」
まさか、このとんでもない展開が、全て自分の将来のことを考えてだったとは!
「私、そんなに、警戒心なさすぎるかしら?」
「はい。それは私から見ても!」
(即答!?)
自分では分からなかった。
だが、確かに今まで、あまり男性と話す機会すらなかったし、あるとしたら、両親と共に参加する食事会やパーティくらい。
それこそ、"男性のあしらい方"なんて学ぶ機会は、全くなかった。
「それに、これは作業の効率化をはかるためでもあるんです」
「効率化?」
「はい。お嬢様の身の回りのお世話を、私と五十嵐さんの二人で行うよりも、一人にしたほうが効率的ですし、私はその分、屋敷の掃除や愛理さんのサポートに回ることになりました」
「そ、そう……」
案外まともな提案だったらしい。そして、その提案が実行されたということは、矢野も冨樫も納得の上なのだろう。
「でも、せめて一言欲しかったわ。やっぱり、恥ずかしいし……それに、また羽田のようなことが起きたら、どうすればいいの?」
羽田とは、五十嵐の前任の執事のことだ。
お嬢様に恋心を抱いたばかりか、いきなり後から抱きついてきた、あの変態だ!
だが、恵美は、その後、結月の手をぎゅっと握りしめると
「お嬢様! 五十嵐さんは、絶対に羽田のようなことにはなりません! だから、ご安心してください!!」
「ど、どうして、そんなこと言いきれるの?」
「だって、五十嵐さんには、彼女がいますから」
「え?」
その言葉に、結月は瞠目する。
「か、彼女? 五十嵐、お付き合いされてる方がいるの?」
「はい、そうなんです! それも、かなりラブラブな彼女さんが! 遠距離恋愛みたいですが、結婚の約束もしているそうですし、いくらお嬢様が可愛くても、よその女に現を抜かすような人じゃないですよ、五十嵐さんは!」
「そ、そうよね……それなら、大丈夫なのかしら?」
衝撃の事実に一瞬驚いたが、確かに、彼女がいるなら大丈夫なのかもしれない。
そんなこんなで、この純粋すぎるお嬢様は、その恵美の言葉を、つい鵜呑みにしてしまったのだった。




