箱とお嬢様
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「おはようございます、お嬢様」
阿須加家の朝は、高らかなメイドの声から始まる。
朝日が射し込む屋敷の中、お嬢様の部屋の扉を開けて入ってきたのは、ポニーテール姿の若いメイドだった。
そして、そのメイドは、だだっ広い西洋風の部屋の中をスタスタと進むと、天蓋付きのベッドの前まで立ち止まる。
「結月様。もう朝ですよ。起きてくださいまし」
「ん~~」
すると、この春の季節、少し薄手の羽毛布団の中から、女の子が顔を出した。
彼女の名前は、阿須加 結月。18歳。
この屋敷に住む一人娘だ。
茶色がかった黒髪は腰近くまで伸び、細いながらも柔らかな肢体は、とても女性らしい魅力に溢れていた。
その上、色白で愛らしい顔立ちは、まさに絵に書いたようなお嬢様。
しかし、そんな結月は、その後、小さく欠伸をすると
「ふぁ~。ごめんね、恵美さん。いつも起こしてもらっちゃって」
「いいえ。お嬢様が、朝が弱いのは今に始まったことじゃありませんし。あ、カーテンを開けでもよろしいでしょうか? 今日は、とてもいい天気ですよ」
「お願い」
メイドの声に、結月が、ふわりと微笑んだ。
すると、そのメイド──相原 恵美は、窓の前まで歩み寄り、サッとカーテンを開ける。
すると、そこには、まるで絵画のような景色が広がっていた。
庭というには広すぎる庭園は、全て阿須加家の敷地内にある光景だ。
奥に見える正門から、真っ直ぐに伸びる白亜の道と、それを彩る美しい花々。
屋敷の手前には、ロココ調の噴水が優雅に流水し、そして、その傍らには、ティータイムを楽しむためのアウトリビングまであった。
それを見れば、結月の住む屋敷が、いかに広大なのかがうかがえた。
だが、そんな広大な屋敷で暮らしているのは、結月と、たった四人の使用人だけだった。
結月の身の回りの世話をするメイド『相原 恵美』に、メイド長 兼 家庭教師の『矢野 智子』。
そして、シェフの『冨樫 愛理』に、運転手の『斎藤 源次郎』の四人だけ。
父と母は、めったにこの屋敷には訪れない。
だからかこの四人は、結月にとっては、家族も同然な人たちだった。
「お嬢様。本日のモーニングティーは、アッサムをご用意いたしました。ミルクは、いかがいたしますか?」
「そうね、入れてちょうだい」
恵美が、モーニングティーを淹れながら、問いかければ、結月はベッドから立ち上がり、自分の机の前まで歩み寄る。
すると、その机の上には、小さな箱が置かれていた。
淡いブルーの正方形の──箱。
「……お嬢様、前から気になっていたのですが、その箱には、一体、何が入っているのですか?」
すると、その箱を手に取った結月を見て、恵美が、不思議そうに問いかけた。
お嬢様が、毎日かかさず手に取る『箱』
正直、中身が気にならないといえば嘘になる。
「指輪でも入っているのですか?」
「ふふ、気になる?」
すると結月は、恵美の前に箱を差し出し、その蓋をカポッと開けて見せた。