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お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。  作者: 雪桜
第15章 お嬢様の記憶

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執事の部屋

「え……五十嵐、寝込んでるの?」


 12月初旬の週末、自室で勉強中だった結月は、恵美の言葉に目を見開いた。


 普段なら、休みの日でも顔を出す執事が、今日はなぜか顔を出さない。


 心配になり聞いてみれば、どうやら、食事もろくにとらず、寝込んでいるらしい。


「朝食の時間に出てこられなくて、様子を見に行ったら、8度近く熱があって……」


「そんなに!」


「はい。五十嵐さん、やっぱり無理していたんだと思います。それに昨日は、寒い中、噴水の掃除もしてくれて……もしかしたら、風邪をひいたのかも」


「じゃぁ、今すぐ、お医者様を……!」


「あ、それは、いいと言ってました! ご自分で薬はのまれたようで、一日休めば良くなるからと…それに、今日は元々、お休みを頂いてる日だから、業務にも差し支えはないだろうからって……!」


「それは……そう、かもしれないけど」


 確かに、今日は学校が休みだし、どこにも出かける用事がない。


 まるで示し合わせたように、迷惑がかからないタイミングで寝込んだ執事は、ある意味、さすがとも言える。


 だが、普段は、結月が学校にいかない週末の日曜日だけ、休みをとっているのだが、春すぎに斎藤が辞めてから、約8ヶ月。


 月に、たった4日程度の休みで、その疲れが癒されるはずはなく。その上、最近は、別館に呼び出される回数も増え、激務に拍車がかかっていた。


(……むしろ、今まで倒れなかったのが、不思議なくらいだわ)


 心配しつつも、何もしてあげられなかったことを、結月は申し訳なく思う。


 それに、きっと明日になれば、まだいつも通り、笑顔で自分の元に現れるのだろう。


 何事もなかったように、完璧な執事となって──…


(あとで、様子を見に行ってみようかしら……?)



 ✣


 ✣


 ✣



 それから暫くして、結月は使用人たちの部屋がある別棟に向かっていた。


 愛理は今、買い出しに出かけていて、恵美は庭の掃除中。


 屋敷内に誰もいなくなったからか、今なら見つかることはないだろうと、結月はコソコソと周りを確認しながら、執事の部屋へと向かう。


(別棟に入ったの、何年ぶりかしら?)


 本館と別棟を繋ぐ室内廊下をぬけると、その先の扉を開け、別棟の中に入った。


 別棟は、本館と同じ頃に建てられた建物だが、本館の煌びやかさとは対照的に、とても慎ましやかな内装だった。


 中には談話室があり、そこを中心に、左右で、男女それぞれ部屋が別れている。


(確か、左が女性用で、右が男性の部屋だったような……)


 昔、子供の頃、白木さんに会いたくて、この別棟に忍び込んだことがあった。


 白木さんは笑って許してくれたが『お嬢様が、使用人の部屋に来てはいけない』と諭されてからは、迷惑にならないよう、この別棟に入ることはなくなった。


(……変わらないわね、ここは)


 きっと、使用人達が大切に使って来たのだろう。


 本館同様、老朽化は進んでいるが、しっかり掃除が行き届いていて、中はとても綺麗だった。



(……ここかな?)


 それから、男性側の部屋がある廊下を進むと、その一番奥の部屋で、結月は立ち止まった。


 4部屋あるうち、手前の部屋は全て空き部屋で 、残る部屋は1つだけ。


 きっと、この部屋の中に、五十嵐がいる。


 そう思って、結月は緊張しつつも、扉をノックした。


「……?」


 だが、ノックはしたが、部屋から返事はなかった。結月は、不安になり、そっとドアノブに手をかけた。


 すると──


(あ……開いてる)


 ガチャッ──と、小さな音がして、少しだけ扉が開いた。


 冬の廊下は、とても寒い。


 結月は、廊下の冷気が部屋に入らぬよう、慌てて中に入ると、手早く扉を閉める。


(は……入っちゃった……っ)


 心臓が、ドクンと跳ねた。


 鼓動は少しずつ早くなって、ドアノブを掴んだまま、結月は硬直する。


 部屋の中には、執事の香りが充満していた。


 清潔感のある、男の人の香り──


 抱きしめられた時に感じる香りだからか、なんだかすごく恥ずかしくなって、結月は、頬を染めつつ、キュッと唇をかみ締めた。


 好きな人の匂いがする。


 この部屋に───五十嵐がいる。


「……っ」


 それから、ゆっくりと振り向くと、結月は部屋の中を見回した。


 室内はシンとしていて、あかり一つ、ついていなかった。


 だが、外からの光が入るからか、決して暗くはなく、気づけば視線の先に、"目的の人物"がいるのが見えた。


 使用人用の簡素な部屋の中、結月が使うベッドよりも、はるかに小さいベッドの中で眠る──執事の姿。


 シングルサイズのベッドは、少し窮屈そうにも見えた。


 だが、普段の姿からは、想像もつかないその姿に、結月はぐっと息を飲む。


 いつものキッチリとした執事服ではなく、今はゆったりとした部屋着姿だった。


 緩めの襟元からは、形のいい鎖骨が覗いていて、普段は、シャツの下に隠れて見えないからか、病人だというのに、妙な色気すら感じた。


(なんか……いつもと、全然違う……っ)


 寝顔なんて初めて見た。


 普段は余裕そうな表情で、意地悪そうに笑みを浮かべているのに、寝顔は、どこか可愛いらしく、あどけない。


 見慣れない姿に、見慣れない格好。


 だけど、これが『執事』ではない『本当の五十嵐』なのかもしれない。



「ん……っ」

「!」


 瞬間、執事が苦しげな声を漏らして、結月はハッと我に返った。


(そ、そうだわ。熱があるって……っ)


 先程の恵美の話を思い出し、結月はあわてて傍に駆け寄ると、恐る恐る執事の額に触れた。


(まだ、熱い……)


 じわりと伝わる熱は、まだ熱かった。

 結月は、なにができることはないかと、必死に考える。


(確か、薬は飲んだと言ってたけど、ご飯は食べてないと言ってたし……こういう時どうすれいいのかしら? 食事?……あ、でも、私お粥なんて作れないし……そうだわ、氷を……)


 不意に、氷枕が、あまり意味を為していないことに気づいて、結月は氷を新しくしようと、くるりと踵を返した。だが、その瞬間、そばにあった机にぶつかって、その衝撃で、机上にあった本がバサバサと何冊か落ちる。


「あ……」


 床にちらばった数冊の本。

 目の前で崩れ落ちたそれを見て、結月は足を止め、そして


(そういえば……氷って、どこにあるのかしら?)


 熱を下げるために、氷を持って来ようと思った。

 だが、氷がどこにあるか、分からない。


 いや多分、あるのは、キッチンの冷凍庫。

 だけど、キッチンにいけば、他の使用人に見つかってしまう。


「ッ……」


 その後、結月は、呆然と立ち尽くした。


 心配になって部屋に来ても、何も出来ない。


 何をすればいいのか、分からない。


 今まで、何もしてこなかったから……


(好きな人が、寝込んでるのに……看病ひとつ……できないなんて……ッ)


 悔しさで、涙が出そうになって、結月はスカートをキュッと握りしめた。


 私は、どこまでダメな人間なんだろう。


 五十嵐の役に立ちたい。

 支えたい。


 そう、思っても、結局何も出来ていない。


 私は、五十嵐と一緒になれば、きっと、幸せになれる。


 でも、五十嵐は?


 熱をだしても、看病すら出来ない。

 そんな、私と、一緒になっても──…


「ッ……ごめんね」


 再び、執事の方に向き直ると、結月は床に膝をつき、レオの手を握りしめた。


 前に触れた時よりも、ほんのり熱い手。

 その手を握りしめながら、結月は涙目で囁く。


「ごめんね、五十嵐……っ」


 何も出来なくて、ごめんなさい。


 あなたにばかり、負担をかけて、ごめんなさい。


 私は、五十嵐が好き。


 でも、好きだからこそ、私は、あなたを選んでは、いけないのかもしれない……っ




「っ……ん」


「……!」


 だが、その瞬間、レオが苦しそうな声を発しながら、結月の手を握り返してきた。


 まるで『そんなことない』とでも言うように。


 でも、結月は──


(戻ろう。私がここにいても……)


 なんの意味もない。


 それどころか、私がここにいるのが見つかれば、五十嵐に、迷惑がかかる。


「早く、良くなってね……」


 結月は、そう小さく呟くと、名残惜しく思いながらも、レオの手を離した。


 だが、その後、先程落とした本が目に付いて、結月は、再びしゃがみ込んだ。


(そうだわ。本を片付けきゃ……)


 分厚い白い本と、黒革の手帳。

 他にも、英語やフランス語で書かれた本があった。


 結月は、まず、黒革の手帳を拾い上げると


「……あれ?」


 その後、落ちた拍子に開いのだろう。真っ白な本の中に「結月」と名前が書いてあるのが見えて、結月は首を傾げた。


 本だとおもったが、どうやら違うらしい。

 それは、5cmばかり厚みのある真っ白な装丁の本。


 そして、その本の中には、ノートのように線が引かれていて、お手本のように整った字が、日付の下にならんでいた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 4月19日


 今日、執事として阿須加の屋敷に行く。

 やっと、結月に会える。

 早く会いたい。早く会って、結月を抱きしめてあげたい。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「……っ」


 その文面を目にした瞬間、結月はパタン!と勢いよく本を閉じた。


 そこには、自分への思いが、書き連ねてあった。


 好きで好きで、たまらないとでも言うような、執事の思いが──


(こ、これ……もしかして、日記!?)


 日記だ!

 五十嵐の日記!


 しかも、かなり恥ずかしい類の!!


(い、五十嵐……日記なんて付けてたの? それに、なんか、私の事ばっかり──)


 顔が火を噴くように熱くなれば、心拍がバクバクと上昇する。


 好きな人の日記。

 それには、自分のことばかり書いてある。


 好きだ……と。

 愛している……と。

 誰にも渡したくない……と。


(ッ……この屋敷にきた時から、こんなこと考えてたの?)


 すると、その瞬間


『お嬢様のために、こうして執事となって戻ってきたんですから──』


 そういった、五十嵐の言葉を思い出した。


(本当に、私のために……?)


 私のために、執事になって、この屋敷にきてくれた。

 あれは、本当だったの?


 でも、そんな五十嵐に、私はあの日、なんと言っただろう。


 五十嵐が、この屋敷に来た日、私は──


『初めまして』


 そう、言った。


(私、なんて酷いことを……っ)


 忘れている自分が、憎らしくてたまらない。覚えてさえいたら、五十嵐を、こんなに苦しめることもなかったかもしれないのに……


(この日記……)


 すると結月は、手にした日記を再び見つめた。


(これを読めば、何か思い出せないかしら……?)


 五十嵐の日記だ。

 もしかしたら、昔のことも書いてあるかもしれない。


 五十嵐が、この屋敷に来る前のことも──


(でも、人様の日記を勝手に読むなんて……っ)


 だが、結月は踏みとどまる。

 いくら親しい仲でも、そんなこと、絶対にしてはいけない。


 それに、読むにしても、かなりの覚悟が必要だ!

 なぜなら、内容が、かなり恥ずかしいから!!


(ど、どうしよう……っ)


 読んじゃいけない。

 でも、知りたい。


 心の中では、善と悪がせめぎ合っていた。


 だが、その時──


「……結、月?」

「!?」


 瞬間、ビクリと肩が跳ねた。見れば、目を覚ました執事と目が合って


「ぁ……」

「ッ……!」


 直後、黒革の手帳と、白い日記帳を手にした結月をみて、レオが、酷く困惑した表情をうかべた。


(なんで、結月が……?)


 一瞬、夢かと思った。結月が、俺の部屋にいる。

 だが、それよりも──…


「っ……それ」

「あ、ダメ! 起きあがらないで!」


 あわててベッドから出ようとしたレオを結月が静止する。

 だが、レオは、それどころではなく


「それッ……読んだのか……っ」


「っ……」


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