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お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。  作者: 雪桜
第2章 執事と眠り姫

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14/289

価値


「「お帰りなさいませ、お嬢様」」


 その日の夕方、結月が屋敷に帰宅すると、レオとメイドの矢野(やの)恵美(めぐみ)の三人が、深々と頭を下げた。


 午前中、噴水の掃除をしていたレオ。


 あの後、シャワーを浴び、身支度を整えたレオは、またいつもの燕尾服に身を包み、にっこりと笑顔で結月を出迎えた。


 そして、黒の燕尾服とは対象的なアイボリーのブレザーと桜色のスカート。


 学校指定の上品な制服を身につけた結月は、手にした鞄をレオに手渡しながら、にこやかに帰宅の挨拶をする。


「ただいま」


「学校は、いかがでしたか?」


「えぇ、茶道の先生に、手つきが良いと褒められたわ。でも長時間、着物を着ていると、やっぱり疲れるわね」


 学校の話をしながら、結月は苦笑いを浮かべた。


 結月が通う女子校は、お金持ちの娘たちが通う、いわゆるお嬢様学校。


 その選択教科には、茶道や華道だけでなく、声楽やピアノ、ダンスといった、女性らしさを身につけるための教科が一通り揃っていた。


 そして、この学校を選んだのも『将来、素敵な女性になれるように、女性としての品位を身につけておきなさい』と、結月の両親が選んだ。


 子供の頃から、何を決めるにも結月の意思は尊重されない。


 全ては、阿須加家のため。


 そして、それは、今もずっと──




 ✣


 ✣


 ✣




「後ほど、お茶をお持ち致します。なにか、ご所望がございますか?」


 自室につくと、結月の鞄を所定の場所に戻しながら、執事が声をかけてきた。


 結月は、その言葉に、再び執事を見つめる。


「そうね。じゃぁ、ミルクティーを頂けるかしら?」


「かしこまりました」


 お嬢様の返答に、執事が胸元に手を添え、微笑する。


 その仕草や振る舞いは、とても優雅なもので、まだ若いのに、五十嵐は、どこのベテランの執事にも引けを取らない。


 ──コンコンコン


「失礼致します」


 すると、今度は部屋の入口から、メイドの恵美が声をかけてきた。


 それを見たレオは、結月に一礼し、部屋を出てると、今度は、恵美が結月の前に立つ。


「お嬢様、お着替えをお手伝い致します」


「ありがとう」


 執事が出ていったのを見届け、カーテンを閉めると、恵美は続けて、結月の制服に手をかけた。


 もう、着替えを手伝ってもらう年でもないのだが、長年の習慣とは恐ろしいものだ。


 するりとシャツを滑らせ、結月はブレザーを脱ぐと、リボンを外し、シャツのボタンを一つ一つ外した。


 脱いだ服を恵美に手渡し、逆に手渡された白のブラウスと黒のロングスカートを着ると、少しだけ乱れた髪を整える。


 すると、着替えを終えるのを見届けた恵美は、脱いだ制服を(かご)にいれると、また一礼したのち、部屋をでていった。


 そして、部屋の中に一人になった結月は、小さくため息をついたあと、自分の机の前に立った。


 朝しまい忘れていたのか、例の"空っぽの箱"が目に付いて、結月は(それ)を手にベッドに腰掛けると、そのままポスッとベッドの上に横になった。


 昨夜、夜更かしをしたせいか?

 はたまた、授業で着物を着ていたせいか?


 気だるい身体に、フカフカのベッドが、やけに気持ちよかった。


 だが、結月は一度目を閉じると、その後、ゆっくりと目を開け、手にした箱を見つめた。


(……この箱、一体なんなのかしら?)


 この前、五十嵐に問われて、何も答えられなかった。


 どうして、この箱が大切なのか?


 だけど、この箱を初めて手にした時のことは、今でも、よく覚えてる。


 それは──8年前。

 結月がまだ、10歳だったころ。



✣✣✣



『結月様は、花かんむりを作ったことはございますか?』


 この屋敷には、白木(しらき)さんというメイドがいて、その人は、私が赤ちゃんの時から、ずっと側にいてくれた人だった。


『お花で、"かんむり"をつくるの?』


『そうですよ。作り方、教えてさしあげますね?』


 白木さんは、悪いことをしたら、とても厳しかったけど、なにより優しくて温かい人だった。


 庭先に咲いていた花を二人で摘んで、花かんむりをつくってみたり、お花の話や星の話。


 他にも、世界各国の物語やおとぎ話を読み聞かせてくれて、白木さんは、私にとって、まさに母親のような人だった。


 だけど、ある時──


『お父様、どうして!!』


 私は、屋敷の階段から落ちて、怪我をしたらしい。


 だけど、落ちたことも、怪我をしたことも一切記憶になくて、目が覚めたら病院のベッドの上だった。


 頭に包帯を巻いて、久しぶりに屋敷に帰る。


 すると、ずっと側にいてくれた白木さんは、もう父と母に、辞めさせられたあとだった。


『どうして! どうして、白木さんを辞めさせちゃったの!?』


『結月、お前は一週間も目を覚まさなかったんだ! 阿須加家の大事な娘に怪我を負わせた。あんなメイド、もう必要ない!』


『そうよ、結月。メイドの変わりなんていくらでもいるじゃない。また、新しいメイドを雇ってあげるわ』


『……っ』


 久しぶりにあった父と母が、私を宥めながら声を荒らげた。


 全く聞く耳をもたない両親に、目には自然と涙が浮かんだ。


『代わり、なんて……っ』


 代わりなんていない。


 白木さんの代わりなんて、いるはずない!


『お願い! 白木さんをやめさせないでッ!!』


 父の服にしがみつきながら、必死になって訴えた。だけど


『結月、いい加減にしなさい!!』


『ッ……』


 次の瞬間、怒号のような父の声が響いて、幼い私は、身をすくめた。


『まさか結月が、こんなワガママな娘に育っていたなんて、あのメイドに任せたのは失敗だったな』


『結月、あなたは将来、この阿須加家を背負って立つ人間なのよ、分かってるの?』


『……っ』


 声が震えた。


 それでも、なんとか伝えようとした。


 白木さんは悪くないと。


 だけど──


『しかし、怪我をしたのが頭で良かった』


『……え?』


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


 ……なにが、良かったの?


 怪我をしたのに?


『もし、顔や身体に傷でも残っていたら、女としての価値を失うところだったな』


『……っ』


 女としての価値。

 その言葉を聞いた瞬間、愕然とした。


 子供が、怪我をして悲しむわけでもなく、目が覚めて喜ぶわけでもなく、ただ、その『価値』を失わなかったことに喜んでいるのが分かった瞬間、もうなんの言葉も出せなくなった。


『いいか、結月。お前は将来、私の会社を大きくするために、金持ちの立派な男と結婚するんだ。だから、いつか私が見つけてきた男に気に入られるよう、しっかり女を磨いておきなさい』


『…………』


 その後は、もう諦めたように、呆然と返事をしただけだった。


 頬を撫でる父の手が、こんなにも気持ち悪いと思ったことはなかった。


 娘として生まれてきたその時から、私の未来は決められてしまったのだろう。


 将来、この阿須加家を継ぐために、父の選んだ立派な男と結婚する。


 その両親の願いを叶えるのが、私の娘としての価値。


 そして、いつも放ったらかしにしてるくせに、都合のいい時だけ『親』になる。


 娘の気持ちなど一切考えず、ただ言たいことだけ言って従わせる。

 

 そんな愛情の欠片もない人たちが──私の『両親』だった。



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