あの頃の二人
その後、恥ずかしさのあまり、結月は無言のままパンを食べ続けた。
だが、それはレオも同じで、予想外の結月の発言に、口を開けば、顔がゆるんでしまいそうだった。
だが、このままずっと黙ったままというのは勿体ない気もして、数分の沈黙ののち、結月が意を決して話しかける。
「あの、五十嵐」
「はい」
「えっと、五十嵐は、甘いもの苦手じゃないのね」
「そうですね。レストランでアルバイトをしていた時にデザートの試食も良くしていました。だからか、料理はどんなものも食べますし、作るのも好きですよ」
「凄いわね、私なんて料理はさっぱりよ。いつから料理をしているの?」
「小学生の頃からでしょうか」
「小学生!? そんな小さな頃から? よっぽど料理が好きだったのね」
「いえ、子供の頃は、好きでやっていたというよりは、やらざるを得ない環境だっただけです」
「え?」
パンを食べ終わり、そう呟いた執事は、どこか陰りのある悲しそうな顔をしていて、結月は言葉を詰まらせた。
"やらざるを得ない環境"とは、一体どんな環境だったのだろう。
小学生の男の子が、料理をしないといけない環境──
「あの……五十嵐のご両親って」
ふと、気になって問いかけた。
自分は、執事のことを何も知らない。
その生い立ちも、なぜ、執事になろうとおもったのかも?
「両親は、フランスにいますよ」
「え?」
「子供は私だけでしたので、今は夫婦二人、悠々自適に暮らしています」
「そう……なの?(なんだ、二人ともご健在なのね)」
ふと、亡くなっているのでは?──と思った。
だけど、どうやら両親共に元気らしい。
「それより、他に見て回りたいところはありませんか?」
「あ、そうね。あっちには、なにがあるの?」
「あちらには、遊具のある公園があります」
「遊具?」
「はい。今ごろ、子供たちがたくさん遊んでいるのではないでしょうか?」
✣
✣
✣
「こっち、こっちー!」
その後、二人は遊具のある公園に向かうと、そこは、楽しそうな子供たちの声でいっぱいだった。
日曜の昼だからか、学校が休みの今日は、子供たちだけでなく、親子連れの姿も多くみかけた。
「まぁ、みんな元気ね!」
「そうですね。あの年代の子達は、体力がありあまってますからね」
「あ、あの遊具しってる! ジャングルジムって言うんでしょ?」
「はい。よくご存知でしたね」
「えぇ、図鑑でみたの!」
(ほんと、妙な図鑑の知識だけは豊富だな)
遊具が載ってる図鑑があるのかは知らないが、それでも、公園の中の遊具に目を輝かせる結月は、見ていてとても心が和んだ。
(ジャングルジム……のぼったことあるんだけどな、結月も)
そして、それと同時に思い出したのは、幼い頃のことだった。
✣✣✣
「おい、結月、大丈夫か?」
「大丈夫!」
それは──8年前のこと。
何回目だったか、二人でいった小さな公園の中で、結月が、ジャングルジムにのぼりたいと言ったことがあった。
「すごーい、高ーい!」
「そんなに、はしゃぐことか?」
「だって、うちの屋敷にジャングルジムなんてないし。本当は木登りとかもしてみたいけど、私が怪我したら、白木さん達が怒られちゃうもの」
フリル付きのオシャレなワンピースとブーツを履いた結月は、あの頃から可愛かった。
だが、一般人には明らかに"よそ行き"ともいえる高そうな服でジャングルジムにのぼる結月は、少し異質だったと思う。
「ねぇ、望月くんの通う小学校には、こんな遊具がたくさんあるの?」
「たくさんってわけじゃないけど、そこそこは。お前の小学校にはないのか?」
「うん。うちの小学校、勉強ばかりの上品な学校だから、あまり遊具はないの。あってもブランコくらいかな」
「ふーん。それより、スカートでのぼって大丈夫か?」
「え?」
「パンツ見えるんじゃねーの?」
「え!?」
上ばかり見ていて、下のことは考えてなかったのか、その後顔を真っ赤にした結月は
「うそ、見えてるの!?」
「見えてねーよ、まだ」
「まだって……見ないでね! 絶対、見ないでね!!」
「見ないから、早く下りてこい」
正直、危なっかしくて見ていられなくて、ジャングルジムの下から結月を見上げながら、ヒヤヒヤしていた。
だけど、その後、結月は……
「あ、どうしよう……っ。下りるの、少し怖いかも?」
「…………」
のぼったはいいが、下をみて怖気付いたらしい。顔を青くしながら、結月がそう言って、俺は深くため息をついた。
(全然、大丈夫じゃねーじゃん)
そんなことを思いながら、でも結局、見捨てることも出来なくて……
「ほら」
「え?」
「受け止めてやるから、その手離して、飛び降りてこい」
「……っ」
そう言って、腕を広げた俺を見て、意を決して手を離した結月は、その後、俺の腕の中に飛び込んできた。
自分より一回り小柄な結月を抱きとめて、だけど、結局支えきれず、そのまま二人倒れ込んで、俺は頭を打って、結月は、そんな俺を見て、すごく心配していたけど
「ありがとう、望月くん!」
そう言って笑った姿は、今でもよく覚えてる。
✣✣✣
(今なら、倒れずに抱きとめられるかな?)
あの頃からしたら、背も伸びたし、力もついた。
子供だった自分は大人になって、こうして、結月を守れるようになった。
結月は、あの頃のことを全く覚えてないけど、それでも──
「……白木さん」
「え?」
だが、その瞬間、ぽつりと結月が呟いた言葉に、レオは目を見開いた。
白木──その言葉に困惑する。
結月が向けた視線の先には、髪の長い女性の姿が見えた。
少し、年は取っていた。
だけど、レオも数回、見かけたことがあるその女性は、結月が幼い頃、母親のように慕っていた当時のメイド
──白木 真希だった。




