猫と執事
「にゃ~」
革製のトランクを閉めた男の足に、一匹の猫がまとわりついた。
真っ黒な毛並みをした、綺麗な黒猫。
長い尻尾をゆらゆらと揺らすその猫は、まるで構ってほしいとでも言うように、グルグルと喉を鳴らしていた。
「にゃー」
「ルナ」
すると、その猫の視線に気づいたらしい。
男が、そっと猫の名を呼んだ。
スラリと背の高い男は、猫と同じく艶やかな黒髪をした美青年だった。
品のある顔立ちに、均整のとれた体躯。
見た目も二十歳そこらと、まだ若い。
だが、黒のスーツをきっちりと着こなす、その玲瓏な姿は、きっと、どこの紳士にも引けを取らない。
「にゃーん」
「ルナ。悪いが、お前とは、しばらく会えなくなる」
「みゃー…?」
「あぁ、仕方ないだろう。今日から俺は、あの屋敷で、住み込みで働くことになるんだから」
寂しそうにじゃれつく猫を抱き寄せ、青年は申し訳なさそうに苦笑する。
この愛猫と暮らすのも、今日が最後。
それを思うと、なんとも切ない気持ちになって、青年は、まるで壊れ物を扱うように、優しく優しく抱きしめた。
「心配するな。必ず迎えにいく」
だから、分かっておくれ?──と、猫の背を撫でると、慈しむように、自分の頬にすり寄せた。
この愛猫と別れるのは、忍びない。
だが、自分はずっと、この日を待ちわびてきたのだ。
『彼女』に会える、この時を──
「あぁ、やっと会える。俺の愛しい愛しい、──お嬢様」
これは、今よりも、少し昔のお話。
携帯やパソコンがなく
連絡手段は、手紙か固定電話。
そんな懐かしい時代に、産まれ生き
そして、激しい恋をした
──とある執事と、お嬢様のお話。
閲覧、誠にありがとうございます。
執事とお嬢様の甘々な溺愛ものです。多少、大人っぽい表現もあります。
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