異世界へ。
愛華が失踪してから一か月が経った。
あの日、愛華が居なくなったのを心配したばあちゃんが警察を呼び捜索願いが出されたが手がかりが一つも無い。
まるで神隠しにあったかのように消え去ってしまい、警察も早い段階で捜索を切り上げてしまった。
だが、俺はあの時確かにはっきりと知覚した。
駄菓子屋の店員レインではなく、傭兵王レインとしての感覚が魔力の痕跡を感知したのだ。
―――――魔力、日本に来てからは殆どその存在を感じる事は無かったが間違いなく、愛華の部屋に漂っていたあの残滓はカリプスで散々慣れた魔力だった。
……あれは俺を日本に飛ばした転移術か、それに近い魔術だろう。
何が目的でわざわざ別世界にまで魔術を飛ばす必要があるのか、疑問はあるがこのまま愛華を助けない訳にはいかない。
その為に……魔力が必要だ。
警察署、そこでは常に様々な事件解決の為に多くの人員が動いている。
その中で一人、古いファイルとにらみ合いをしている男が居た。
「松田さん、ちょっといいですか」
「おう、なんだ竹井」
松田一成、若くして刑事になった熱意溢れる青年である。
松田は跳ねた髪を直す事も無く部下の竹井に返事をする。
「松田さんが担当している神隠し事件の事なんですが……」
神隠し事件、始まりは10年前の冬だった。
無差別な人間が痕跡も残さず失踪する事件が起きた。
合計で20件にも及ぶ失踪事件だが、場所も時間も被害者も全く統一性が無い。だが事件が起きた一帯が謎の電子機器の不具合が起こる為この事件は同じ事件として処理されている。
「一か月前に新たな神隠しが起きたじゃないですか、駄菓子屋の」
「ああ……あるな」
「そこに住んでいる外国人がいるんですが……怪しいんです」
「怪しい?お前今時赤い髪だからって怪しむのはネットで炎上するんだぞ?」
「違いますよ!とにかく見てください」
竹井が用意した書類を受け取り、内容を確認する。
「名前……レイン・サンドライト、年齢28……」
松田は読み進めていくなかある点が気になった。
「おい、この男出身が書いてないぞ」
「それが不明なんです、飛行機や船を通った記録もなくいつの間にか日本の東京に出現していました」
「……密入国か」
「それだけではありません、初めてこの男の存在が確認されたのが10年前の冬なんです」
レイン・サンドライト。
警察の捜査を持ってしても殆どの素性を洗い出せなかった謎の外国人。
「直接確認するか、行くぞ竹井」
「えぇ!?直接聞く気ですか!?」
「張り込みだよ、犯人かは微妙な所だが……もしかしたらこいつがこの迷宮の地図になるかもしれねぇ」
松田は手元の資料を叩いた。
『次は〜〜鹿島神宮〜』
昔、魔力を取り戻せないか色々調べた事がある。
日本……というより地球は魔力が薄い、ほぼゼロと言っていいだろう。
だがそれでも魔力が多く集まる場所が各地に点在していた、それが所謂パワースポットと呼ばれる場所だ。
俺が最初に訪れたのは神社だった、海外に行くには予算が足りなかった。
「……!当たりだったみたいだな」
神社に辿り着くと少しだが魔力を感じる事が出来た、やはりパワースポットとなるだけあってここは魔力が溜まりやすい場所なのだろう。
俺は魔力保管用の瓶を取りだした。
カリプスでは魔力が豊富にあり、人によっては体内に大量の魔力を蓄える事が出来る。
もちろん俺もできるが魔術師の連中程では無いし10年の月日で衰えた体は魔力をろくに蓄えられない。
だから俺は数少ないカリプスからの持ち物である魔力瓶を使うのだが……
「あの……何をしているんですか?」
絵面としては瓶を持って振り回す男なので怪しさが天元突破している。
「えっと……ワタシニホン初メテ来マシタ!ココの空気家ニモッテカエリマス!」
「な……成程?」
……めちゃくちゃ変な目で見られたが浮かれた観光客程度には抑えられた、少なくとも事件にはならないだろう。
俺の顔立ちが外国人寄りで助かったと、この時どの時よりも実感した。
そうして幾つかのパワースポットを巡りながら魔力を溜めること一週間。
瓶の中にはかなりの量の魔力が溜まっていた。
「塵も積もれば山となる……これで愛華の時の魔力を辿れば……」
俺は最後の仕上げとして転移の為の魔術陣の作成に入った。
ここ一週間、松田はレインを張り込み続けていたが今の所、それらしい成果は無かった。
「ずっと神社ばかり巡って……神頼みですかね」
「神頼みであんな瓶を振り回したりするか?」
「地元の風習とか……?」
「だったらカタコトで誤魔化す必要があるのか?事情聴取の時あいつは日本人そのものの喋り方だったが」
今後も同じ事を繰り返すのであれば一度切り上げるべきだろうかと考え始めた時、状況が変わった。
「松田さん、あの服装……」
車の中で寝転がっていた松田は竹井に起こされ慌ててレインの様子を見る。
「なんだあの格好……」
それは一言で言うなら珍妙と言わざるを得なかった。
白いパーカーとジーンズ、そこまではいいが中には革鎧とでもいうべき防具で身を纏っていた。腰には古びたポーチを着け剣まで帯刀している、明らかに銃刀法違反のサイズだった。
「あの剣……本物ですかね」
「降りるぞ、竹井……地図が宝のありかを指し示すみたいだ」
腰の拳銃に手を添えると松田は裏路地に入っていくレインを追いかけた。
「……よし、後は魔力だけだ」
転移の魔術陣を書き終えた俺は瓶を開けこの一帯に魔力を満たす。
転移術は距離に応じて消費する魔力が増える、全盛期の俺の魔力なら丁度沖縄から北海道までなら行けるだろうか。
だが今は日本からカリプス、その距離は測定する事が出来ない。
だからこそ魔術王の転移は規格外だった、あれは俺の知っている魔術では無かった。
転移術は転移と言うがどちらかと言えば超高速移動に近い、行きたい場所を線で繋げてそこを地形を無視して辿る。
しかし魔術王の転移術は例えるなら点を合わせる術だった、従来の転移術よりかなり座標の精度が求められるが魔力の無駄が極限まで削ぎ落とされる。
ミスが無ければこれでギリギリカリプスに帰れるはずだ。
「……」
俺は腰の剣に触れる、10年間手入れ以外で全く触らなかったからか感触を忘れてしまっている。
10年、間違いなく国は大きく動いているだろうし人も変わる。
かつての仲間も居ないかもしれない。
「────よし」
俺は魔術陣を起動する為に魔力を込め転移術を発動すると
「───レイン・サンドライトさん?ちょっと署まで────」
「えっ」
転移陣が起動した瞬間、俺の肩を叩いてきた。
もう止める事は出来ず陣は二人を包み込み。
「────ま、松田さん?」
裏路地にいるのは竹井ただ一人だけだった。