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大社

 まさか、王が約束を反故にするとは思わなった。


「王の名においてとか言っておいて、これかよ…。」


 空と地の両方から捜索する烏族の軍勢のために、歩みは極度に遅くなった。

 あれからしばらくは順調に進めたのだが、まさか追ってくるとは思わず、日が暮れたからと休憩したのは失敗だった。


「蹴散らしながら進む時間は…なさそうですね。それに…。」

「うん。残念ながら、俺の最盛期が過ぎちゃったみたい。」


 今の翔太はとうとう10歳くらいになってしまっていた。戦闘しながら進むのでは時間切れになる。しかも、翔太の戦闘能力は再び0になってしまった。正確には刀自体は振るえるが、有効な打撃にはならないだろう。10歳の筋力では大人には敵わない。


「明日の日の出が期限です。それを過ぎたら翔太さんが消滅してしまいます。ここは私がおとりになります。」

「いや、ヒメ一人だったら絶対にすぐにばれる。そして、悔しいけど今の俺には一人ではあいつらを撃退できない。」


 ヒメがおとりを買って出るが、恐らく引っ掛かるまい。それに、今ヒメと離れるのは自殺行為に等しい。

 見つからない様に慎重に動くしかない。日はどんどん傾いていった。




 翔太たちが進むのに苦労している様に、烏族たちの方もフラストレーションが溜まっていた。


「まだ見つからんか!」


 臨時の隊長の怒鳴り声が響く。


「方々探させています。今しばらくお待ちください!」

「早くしろ! 社にたどり着かれたら終わりだぞ!」

「そう急くな。オビ丸」


 部下を叱るオビ丸に声を掛ける。


「誰だ! って、アビ丸様!?」


 慌てて敬礼するオビ丸と部下たち。人間に敗れたとは言え、まだ敬意は払ってくれるらしい。ありがたい事だ。


「奴らは社を目指しているのだろう。ならば、社を取り囲む形で封鎖線を張れ。そうすれば勝手に引っ掛かってくれる。」

「おおっ! 流石はアビ丸! 早速準備致します!」


 封鎖線を敷くため動き出す部下たち。それを片眼に見ながら目の前の草原の向こう側を睨みつける。


「さあ来い。先の屈辱を晴らしてくれる。」




 とうとう夜になってしまった。今の俺は恐らく5歳くらいだろう。今のペースでは到底たどり着けない。


「最終手段です。強行突破しましょう!」

「それしかないか…。」


 覚悟を決めるか。そう思ったその時。


「…ヒメ様?」


 どこからか声が聞こえた。少し顔を上げて辺りを見渡すと…。


「ヒメ様だ!」「ヒメ様!」

「シャオ! それにマオも!」


 茂みの中から二匹の猫が出てきた。おお! 例の猫族の生き残りか!


「なんと! もう二度とお会いできないものと…。」「ご無事で何より…。」

「ううん、こちらこそ。二人とも、無事だったのね。良かった…。」


 ヒメは二匹を抱いてワシャワシャ撫でる。二匹もヒメに頬ずりしたり舐めたりして再開を喜んでいる。


「それで、こちらのご子息は? 人族の男性の生き残りはいないと思っておりましたが?」

「マオも、この顔見たことない。」

「そうだ! シャオ! マオ! 大変なの! 実は…。」


 ヒメが今までの経緯を二匹に説明する。


「そういう事でしたら協力いたしましょう。」

「マオも。」


 そう言うなり、二匹はヒメと翔太に変身した。


「お、おおっ!?」

「ふふっ! そんなに驚かなくても。猫族は人に化ける事も可能なんですよ。」


 驚く翔太を尻目にヒメはあっけらかんと言った。そういえば洞穴でそんな事を言っていたな。


「でも、危険だよ! 命を取られるかもしれない。」

「大勢の仲間が殺されました。奴らに一泡吹かせられるならお安い御用です。」

「マオも手伝う。」

「…すまない、ありがとう。」

 

 深く深く、首を垂れる。

 二人と二匹を、高く登った月が照らしていた。




 そうして社に近づいたのは良かったが、再び難問が立ちはだかった。


「夜になってやけに捜索が緩くなったと思ったら、封鎖線を築いていたのか…。」

「その様ですね。」


 社を取り囲むように柵が幾つも作られている。兵士の数は…数えたくもない。

 だが、それ以上に驚いたのは…。


「すげえな、おい…。どんだけデカいんだよ…。」


 社自身だ。その姿は太古の昔、50メートル近くの天空にあったとされる出雲大社に似ていた。しかし、高さは50メートルどころではない。その倍の100メートルはある。太い太い木の柱に支えられて、それはそれは堂々としたものだった。天空の神殿に至る階段の長さに至っては1キロはあるんじゃないだろうか。「一定以上の文明を築く事は出来なかったかもしれない」なんてとんでもない。凄いレベルの社会がここにあったのだ。


「君たちの祖先は、とてつもないものを作ったね。」

「実は…、私もここに来るのは初めてなんです。物心つく前に両親が連れてきてくれたみたいなんですが、覚えていないので…。ここまで立派なものだとは思いませんでした。」


 社を感慨深げに眺めるヒメ。だが、感傷に浸っている時間はない。

 しばらくすると、烏族の陣から「二人を見つけたぞー!」の声。その声に釣られて慌ただしく動く兵士達。どうやらシャオとマオの陽動が始まったようだ。


「行きましょう!」

「おう!」


 はっきり言って、陽動で稼げる時間は長くないだろう。猫族は人族と違って火を出せない。兵士たちが違和感を感じるのに、そう時間はかからないだろう。

 だが、その間に社にたどり着ければこっちの勝ちだ。




 翔太の推測は当たっていた。兵士たちは翔太達に化けたシャオとマオを取り囲んで直ぐに違和感に気が付いた。


「アビ丸様。こ奴らは…。」

「分かっている。こいつらは猫族だ! やられた! 戻れ!!」

「こ、こいつらはどうしますか? 八つ裂きにしますか?」

「馬鹿者! そんな時間はない! 放っておけ!!」


 直ちに引き返し始める。

 しかし、その時点でヒメと翔太は社の階段にたどり着いていた。


「やった! …!?」


 勝った! 後は上るだけ…。そう思った翔太だったが、突然膝をついた。慌てて自分の体を見ると…。


「嘘だろ…。」


 その体はハイハイをする赤ん坊にまで戻っていた。ハイハイでこの1キロはあろうかと言う階段を上れと言うのか!? 海の方角を見ると、水平線が明るくなりかけていた。


「翔太!」


 絶望で泣きそうになる翔太をヒメが抱っこする。そしてそのまま階段を駆け上がり始める。

 アチ、アチチ! ヒメは何ともないだろうが、こっちは熱い。こりゃ抱っこしてもらって正解だな。

そんな事を考えていると、引き返してきた烏族の大軍が見えた。


「アビ丸様! あいつら!!」

「遅かった…。」

「なんて事だ…、もう…お終いだ…。」


 愕然とする兵士達をアビ丸は一喝した。


「落ち着け! まだ慌てる時間ではない。弓兵! あらん限りの矢を浴びせろ! 直接ではなく、なるべく進行方向に放て! 歩みを少しでも遅くしろ! それ以外の兵は海に行き、兜に海水を汲んで来い!」

「か、海水を? それで何をなさるので??」

「わからんか! 火は水で消える! 社の火を消すのだ!」

「消えてもしばらくしたら復活してしまいます! 大雨の時に見ました!」

「そのしばらくの時間が欲しいのだ! 早くしろ!!!」


 おいおいマジか!? 矢で狙ってくるのは想像できたが、まさか人海戦術で海水汲んで社の火を消しにかかるなんて…。


「くっ!」


 ヒメは火の鞭で矢を叩きとおしながら進むが。その矢の数が多すぎる。少しずつしか前に進めない。苦戦しているうちに社の火が小さくなっていく…。炎の守りが亡くなるのは痛いが、同時に翔太にとっては好都合だった。皮肉な事に、火傷の心配が無くなる。


「神殿には行かせん!」


 とうとう、神殿前の階段に隊長を始めとした兵士たちが降り立った。今から彼らを相手にしていては間に合わない! 万事休すか…。


「いいえ、翔太を必ず元の世界に戻します。大丈夫、私を信じて。」


 そう言うとヒメは階段下を覗き込んで、地面に向かって火を放ち始めた。


「な、にゃにをしているの??」


 あまりにも予想外の行動に呆気に取られる。それは烏族も同じだったようだ。隊長は怪訝な顔をし、兵士たちは互いに顔を見合わせている。

 

「気でも狂ったか? まあいい、人族最後の巫女の棺桶が神殿とはお似合いだ! ここで死ね!……うん!?」


 下から暖かい風が上がってくる。何だこれは?? 隊長も異変に気が付いたようだ。これは…まさか…!??


「じょうちょうきにゅう!?」


 上昇気流! 空気が温められて膨張する現象か!? でも、それで何を???


「はあああああああっ!」


 気合一閃! ヒメが跳躍すると、その体は空に舞い上がった。


「馬鹿な!? 人族が空を…!!?」


 飛翔は烏族の専売特許。そう思っていたのだから彼らが驚くのも無理はない。翔太もヒメの胸の中で驚きのあまり硬直していた。


「でりゃあああああああ!」


 ヒメはそのまま炎を全身に纏って階段を塞ぐ烏族に突っ込んでいく。その姿はまるで。


「ふちちょう!?」


 不死鳥、フェニックスのそれだった。


「うぉおおおおおおっ!?」


 慌てて避ける隊長と兵士達。ヒメは勢いのまま神殿に飛び込んだ。あれだけの炎だったのに、翔太には火傷一つない。ヒメがちゃんと調整してくれたのだ。


「なんて事だ…。神殿に入られてしまった…。」

「消した炎も、巫女の炎で復活してしまった…。」

「お、終わりだ…。王になんて言えば…。」


 放心状態になる隊長と兵士達。

 最早、勝敗は明らかだった。




 神殿内には祭壇と扉があった。扉と言うか、穴? ブラックホールのような小さな穴が祭壇下にあった。


「良かった。ちゃんとあった。翔太。ここから元の世界に帰れます。」

「バブバブ、ダァダァ。」


 ありがとう。そう言いたかったのに、もう自分の声からは赤ちゃん言葉しか出なかった。


「あの山の上で、空気が温められると風が発生すると教えてくれましたよね。正直、理屈は全然わかりませんけど、翔太を信じてやってみました。うまくいってよかったです。」


 土壇場でそれを思い出して、ぶっつけ本番でやろうと思うのも凄いし、実際に成功させたのはもっと凄い。今更だけど、この子の胆力は規格外だ。


「お別れの前に、言わなきゃいけない事があります。」

 

 腕をまっすぐ伸ばして、赤ん坊になった自分と同じ目線に合わせてヒメは語り始めた。


「実は…、翔太をここまで送ると言ったのは責任感からでも同情からでもないんです。絶望していたからなんです。洞穴を出て長旅をすれば烏族に襲われるのは必至。そうすれば、どこかで討ち死にできるだろう。そう思っていたんです。実は、占いも吉ではなく大凶でした。私は…死にたかったんです。人族ではよほどのことがない限り自死は禁忌とされていましたから。」


 ………。


「私が物心ついた頃には戦況はもう絶望的でした。人族の生き残りは100人に満たなかった。やがて両親も祖父母も友人も殺されて、ついには私一人だけが生き残った。タマがいてくれましたが、どう考えても未来に希望が持てませんでした。生きているようで死んでいる。それが、翔太と会う前の私、ヒミコの実情でした。」


 あまりの告白に言葉が出ない。あんなに朗らかに、元気に見えていたがそうではなかった。状況が状況なだけに当然か…。むしろ、何故その事に気が付かなかったんだ俺は。この大馬鹿者め!


「だけど、翔太とのここまでの旅は本当に充実したものでした。戦闘続きの旅をこう思うのは変かもしれませんが、楽しかったんです。だって、夢がかないましたから。素敵な殿方と山の上から景色を眺める事も、川を舟で渡るのも。おぶられたのも。殿方を呼び捨てにするのも初めてだったんです。翔太を呼び捨てにしたとき、本当に久しぶりに心の底から笑えました。何せ、同い年の男の子はおろか、若い男性がもういませんでしたから。」


 ヒメの目から大粒の涙が流れる。


「この旅は私にとって宝物です。多くの新しい知見を得ることが出来ました。翔太の思いつくアイデアは人族が何故敗れたのか理解させてくれました。火の鞭なんて誰も思いつかなかった。炎を纏う刀も。私達人族は結局のところ、傲慢だったのでしょう。火と言う強力な武器を扱えるが故に、そこに胡坐をかいてそこから進歩しなかった。だからこそ烏族との戦、いえ生存競争に敗れたのです。」


 それは…。いや、そうかもしれない。進歩の無い者は決して勝たない。だけど…、滅びるなんてあんまりだろう。敗れて目覚めるが、もうこの世界の人族には出来ない。


「何よりも、烏族にも和平派がいた事を知れたのは大きかったです。彼らもまた、私達と変わらない一つの生命だと知ることが出来ました。」


 王の軍勢に追われている時はともかく、その後の行動ではなるべく戦闘を避けていたのは単に時間ロスを気にしてのものではなかったのか。この神殿での戦いも、あまり犠牲者が出ていないのもそのためか。


「思い残すことはもうない。そう思っていましたが、ここにきて気が変わりました。もう一度、翔太に会いたい。多分。いえ、私は翔太が好きです。」


 俺もだ。俺だってそうだ。君が好きだ。ヒメ!


「ありがとう。この世界に来てくれて。ありがとう。私とタマを救ってくれて。私にはこの世界でまだやる事があります。タマを放ってはおけませんし、シャオとマオも心配です。彼ら以外の猫族の生き残りもいるかもしれないので、見つけなくてはいけません。村の皆も放ってはおけません。だから、一旦ここでお別れです。でも、いつかきっと会いに行きます。」


 扉に体を押し込まれる。待ってくれヒメ! ヒメの服の袖を小さい手で必死に掴む。


「お礼を言いたいのは俺の方だ! 俺こそヒメに助けられてばかりだった! はっきり言って、この世界の5日間は元の世界の50年間よりも充実したものだった。このたった5日間で、俺は人生を経験した。何もできずに守られる存在から、若返ってようやく君の背を守れるようになった。おんぶも出来た! そして、若返りすぎてこうしてまた守られる存在に。イネ丸やリキ丸、シャオとマオ。どれだけ自分が助けられてここまでこられたのかも! 時間の流れが逆転しているだけで、まさに人生そのものだった! 俺にとって君は母であり恋人だった! ありがとう!! 俺も、君にもう一度会いたい!!」


 ちゃんとお礼を言いたのに、口から出てくる言葉はおぎゃあおぎゃあという泣き声のみ。

 本当に伝えたい事が伝えたいときに伝わらない、伝えられない! くそっ! こんなもどかしい事があるか!


「またね、翔太。」

「ほぎゃあ!」


 それが、この世界との別れだった


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