一騎打ち
きゃあきゃあ言いながら鬼ごっこをして遊ぶ子供達。
黄金色に輝く稲。それを刈る男たち。舟で魚を釣る人もいれば、イノシシやシカを狩る人もいる。女性陣は山に木の実を取りに行き、それぞれが持ち寄ったものが晩の食卓に並ぶ。
皆で薪を囲って食事と共に歌を歌い、恵みに感謝しながら床に就く。
明日はどんな楽しい事があるんだろうとワクワクしながら眠りにつく。
突然の悲鳴。燃える家。黒い影が人々を襲い、父も母も崩れ落ちる。その姿に思わず叫ぶ。
「お父さん! お母さん!」
その声で目が覚めた。
「おう。起きたか。」
目の前には翔太さんの顔。
「うなされていたようだけど、大丈夫か?」
先の夢か…。そう言えば、久しぶりにあの夢を見たなあ。…!?
「翔太さん! 私、どれくらい眠っていましたか?」
ハッとして、慌てて起き上がる。良く見ると翔太さんの年齢が…。
「丸一晩だ。見ての通り、俺は20くらいだね。」
明らかに、昨日よりさらに若くなっている。大人からむしろ青年に近い。
「どうしよう…。」
「どうしようって?」
「おう、起きたかの?」
私が頭を抱えていると、村長が入ってきた。
「具合はどうじゃ。」
「それどころじゃありません。翔太さん、ごめんなさい!」
「何が?」
わかっていない翔太さんに事情を説明する。
「昨日の時点で時間がないと言いましたよね。この村から大社までは、人の足では4日はかかります。翔太さんはもう20歳。つまり、明後日には消滅してしまいます。もう…間に合いません。」
かけられていた毛布をギュッと握る。申し訳なさで顔を上げることが出来ない。
「そっか。いいさ、君は十分やってくれた。ありがとう。」
そう言ってくれるのはむしろつらい。罵倒してくれた方がよほど…。
「もう少し詳しく話をしてくれんかの? 事情が見えんわい。」
「ああ実は…。」
翔太さんが村長に自分の状況を伝える。その間、私はただ黙っているしか出来ない。
「そういう事かね。どおりで昨日と顔が違うと思ったわい。」
「ははは。実はそういう事なんだ。」
なぜ笑っていられるのでしょう? あなたの寿命はあと2日しかないのに…。
「そういう事は早う言わんかい。送り届けるから心配いらんて。」
「「………え?」」
村長の言葉に2人で呆気に取られる。
「言うたじゃろう。村に健常な若いもんが数名いるとな。そやつらにお主たちを社まで送り届けさせよう。」
「いいんですか?」
「お主らは恩人じゃ。村を救ってくれた。今度はこちらが返す番よ。」
「…あ、ありがとうございます!」
飛んでいけるのであれば話は別だ。私は生まれて初めて、烏族に頭を下げた。
外に出ると、何やら村全体が騒がしい。見ると皆荷物を纏めている。
「あの、皆さん何を?」
村長は首を振りながら答えた。
「ここにはもう住めん。部隊が撃退されたとわかったら、今度はもっと大軍を送り込んでくるはずじゃ。故に、引っ越しの準備よ。最も、行く当てはないがのう。」
なんて事だ。同族から追い立てられて住む場所を失うなんて…。
村をよく見ると、隊長と翔太さんが倒した兵士たちは縛られて地面に繋がれていた。
「村長さん、川を越えて山を越えたその先に、洞穴があります。そこにタマという猫族がいます。私の名前を出せば、恐らく大丈夫でしょう。そこならまだ安心です。」
私は意を決して伝えた。
「そうかい。ではそこに向かうとするかの。すまんの。主のねぐらなんじゃろう。」
「こうなってしまっては仕方ありません。それと…、昨日のお饅頭とお茶。まだありますか?」
「うん? あるにはあるが…、食べていくかね?」
「…はい。是非…。」
出された饅頭とお茶を頂く。「美味しいです。」それだけ言って村に別れを告げた。
「おおっ! やっぱり早いなあ!!」
烏族2羽にそれぞれ抱えてもらって社に向かって飛ぶ。風を切る感覚が心地よい。
「この調子ならどうにか間に合いそうじゃね?」
「はい。きっと間に合うはずです!」
ヒメもホッとしているようだ。しかし…。
「まずいな…、もう来やがった。」
翔太を抱えている烏族の若者が舌打ちをした。まだ翔太には見えないが、その言葉にヒメとヒメを抱える烏族も反応する。
「くそっ! 王の姿も見えるぞ!」
「本当ですね。残念ですが、ここで降ろしてください。お二人は退避を。」
ヒメは避難を提案した。しかし、烏族の2名は逆にスピードを上げた。
「!? 危険ですよ! 手遅れにならないうちに私達を置いて安全な場所に…」
「馬鹿言っちゃいけねえよ。ここじゃ社までまだ全然遠い。ギリギリまで運んでやるよ。村を滅茶苦茶にした連中の邪魔が出来るなら本望だ。」
先の襲撃は短時間であったにも関わらず、村は甚大な被害を受けた。詳しくは聞けなかったが、耳に入ってきた話から村の半数が犠牲になったらしい。
何せ、殆どが年寄りか障がい者だ。逃げたくても逃げられなかったのだろう。
その事に、彼らは憤っていた。年寄りだから、障がい者だから、反戦思想の持ち主だから、王に忠誠を誓っていないから、生産性がないから。そうした理由で同族であっても冷酷に切り捨てる今の烏族社会への怒りが彼らを突き動かしていた。
「あなたのお名前は?」
「俺か? 俺はイネ丸って言うんだ。」
ヒメが自身を運んでくれている烏族の若者の名前を聞く。
「イネ丸、良いお名前ですね。それではイネ丸さん。なるべく体を水平にして飛ぶ事は可能ですか?」
「水平だって? 可能は可能だけど…、何をする気だい?」
「お願いします。」
「…わかった。」
イネ丸が体を水平にすると、
「失礼します。」
何とヒメはイネ丸の背中によじ登った。
「おおおおお、おいおい!??」
イネ丸も自分も、自分を抱えてくれている烏族の若者も仰天する。
それを意に介さず、イネ丸の背中でヒメはスッと立ち上がった。
「迎撃します。私の事は気にせずに自由に動いてください。」
そう言うなり、迫りくる烏族の大軍に火球を放ち始めた。
「「すげぇ…。」」
その戦いぶりに、こっちの二人は感嘆するしかなかった。
高速で移動し、時に進路を変えるため不安定な烏族の背に乗りながら、バランスを崩すことなく火球を放つヒメ。迫る矢は炎の鞭で叩き落すため、矢は1本も彼らには刺さらない。そもそも、大半の矢は空を切って虚しく地面にめりこんでいく。
その姿はさながら戦闘機のようだった。
「あんた、あれと同じことが出来るのか?」
「無理。」
自分を抱える烏族の若者に聞かれたが、即答した。あんな芸当はヒメでないと出来ない。
「後ろ向きに飛んでくれたら、せめて矢を落とすくらいは出来るかもしれない。」
「それだとスピードが落ちる。今の方がマシだな。」
結局、こちらの2名はただひたすら避けに徹することにした。
どれくらいの時間が経ったのか。
やはり、人ひとりを抱えている状態では振り切る事は不可能だった。ヒメの応戦にも関わらず、距離は徐々に詰められていく。
「限界だな。ここら辺で降ろしてくれ。」
「もう少し近づきたかったが…、その様だな。流石に避けるのがキツくなってきた。」
「そうだ、君の名前をまだ聞いていなかった。」
「俺か? 俺はリキ丸ってんだ。」
「俺は翔太。君の事は忘れない。ありがとう。」
「翔太、幸運を。」
ヒメと翔太を降ろして、村の若者は去っていく。兵士たちの何人かが追うかとも思ったが、王はこちらの殲滅を優先したようだ。良かった。これなら彼らは安全に退避できるだろう。
「多くの犠牲を払ったが、ようやく追い詰めたぞ。ここで貴様らを殺して将来への悔恨を絶つ。我ら烏族の安寧と繁栄のため、ここで死ね!」
隊長よりもさらに二回り大きい烏族がずいっと前に出てきた。
説明されるまでもない。こいつが王だ。
「ヒメ、この刀に炎を纏わせることは可能?」
「刀に炎を? やった事はありませんが出来ると思います。」
「じゃ、お願い。」
「…王と戦うおつもりですか? それは私が…。」
「君は先の戦闘で消耗してる。俺は運ばれていただけだから体力は万全だ。なあに、心配すんな。負けはしない。」
むしろ、勝つ以外を想定できなかった。今の自分は20を超えてさらに少し若くなっている。文字通り、動体視力も筋力も全盛期だ。体が軽い。気力も体力も最高だ。もう何も怖くない。
刀に炎が纏う。
うっひょー! いいねこれ!! 昔、ファンタジーでしか見たことない炎の剣。フレイムソード? それともレーヴァテイン? それが今自分の手の中にある! テンションぶち上げだぜーー!!!
…おっと、いかんいかん。肉体年齢に引きずられて精神年齢まで若返ったみたいだ。
改めて、王をまっすぐ見つめる。
「こいよ。まさか、一騎打ちに応じないなんてないよな。」
「良いだろう。叩き潰してやる。」
あっさり乗ってくれてよかった。近代戦では絶対に有り得ない大将同士の一騎打ち。これで全てが決まる。
「むん!」
王の大剣が唸る。スピードも威力も隊長とは桁違い。まともに受けたら本当に真っ二つにされそうだ。適当に振り回している様に見えて存外隙も少ない。なるほど、流石に王なだけある。
隙が無いなら作るまでだ。振り下ろされる大剣の切っ先にこちらの刀を合わせる。勢いはそのままに僅かに軌道をずらしてやると、大剣はそのまま地面にめり込んだ。すかさず体を回転させながら踏み込んでその横っ面に思いっきり刀を叩き込んだ。
「ぐぉっ!?」
王の体がよろめく。勝負あった! そう思ったが次の瞬間、王は地面にめり込んだ大剣を強引に横に払った。
「うぉっ!?」
土くれと共に、大剣の切っ先が目の前に迫る。寸前で躱して距離を取る間に、王は血をペッと地面に吐いて再び構えなおした。
踏み込みが浅かったか? 少なくとも、それほどのダメージにはなっていないようだ。
構えなおした王の隙はさらに少なくなった。こりゃあ手強い。だが、やりようはある。
今度はこっちから行かせてもらおう。フェイントを織り交ぜて積極的に小手を狙っていく。一撃一撃はそれほどでもないが、塵も積もれば何とやら。積み重ねればやがて無視できないダメージになっていく。
はたして、執拗な小手面への攻撃は大剣を握る王の手に異変を生じさせた。細かい攻撃にイライラも募っていたのだろう。構えが徐々に疎かになる。
「めーん!!」
頃合いを見計らって思いっきり踏み込み刀を振り下ろす。脳天に食らえば王と言えどただでは済むまい。今度こそもらった! そう思ったが、刀は王の頭ではなく、嘴を少し傷つけただけで終わった。
「なっ!?」
とっさの判断で王は大剣を捨てて後ろにジャンプしたのだ。耐久力に加えて冷静な判断力。こいつが王なのも納得だ。
「強いなあんた。王になれたのも頷ける。」
「そっちこそ、炎を出せないのに大したものだ。アビ丸が敗れたのも当然か。」
アビ丸? ああ、隊長の事か。そりゃそうだよな。リキ丸同様、あの人にも名前があって当然か。
大剣を失った王だが、その顔に焦りはない。何か手があるのかと思ったら、王は飛び上がった。
「空からの攻撃には慣れていないだろう。覚悟しろ!」
そう言って高速で滑空しながら突っ込んでくる。あの嘴で串刺しにでもするつもりか?
「くっ!」
王の突撃をギリギリ避けながら考える。こっちは遠距離攻撃がないから手が出せない。まともに迎え撃ったら、運動エネルギーの関係でこっちが負ける。
「翔太さん!」
「やっちまえー!」「殺せー!」「陛下万歳!」
ヒメの悲鳴と兵士たちのヤジが大きくなる。何か…何か手はないか…。
ふと、刀に纏わっている炎が目に入った。同時に、昔読んだ漫画の中に飛ぶ斬撃を放つ剣士がいた事を思い出す。
…これだ!!!
前に出していた刀を後ろに引いて居合斬りの構えをとる。
「とどめだ!」
そう言って突っ込んでくる王めがけて思いっきり刀を振る。その瞬間、刀に纏っていた炎が離れて斬撃の形のまま飛んでいった。
「なっ!???」
あまりに予想外の攻撃に王の思考も追いつかない。避ける事が出来ずに高速のまま王は炎の斬撃に突っ込んだ。
「ぐわぎゃあああああ!!」
炎が王を包む。火だるまになった王はそのまま地面に墜落した。
炎自体はヒメが直接出したものではないので、それほど長時間持つわけではない。しばらくすると消えてしまったが、それでもⅡ度熱傷程度のダメージを与えられたのではないだろうか。加えて地面に高速で激突したのでそのダメージも深刻なはずだ。
「ふぅふぅふぅ、ぜぇぜぇぜぇ。」
王が荒い息を吐きながら仰向けになる。その様子から戦闘不能なのは明らかだ。
今度こそ勝負あった。
「そ、そんな馬鹿な…。」「王が…敗れた……。」「何なんだあの人間は…。」
愕然とした表情でその場で崩れ落ちる兵士達。士気も崩壊したようだ。頃合いだな。
「なあ、王様。ここであんたの命を取る事も可能だが、あえてそうせずにしたい。」
動けない王に近づいて話しかける。ヒメが何かを言いたそうだが、それを手で制止する。これは大人の政治的な駆け引きだ。
「なん…だと……。どういう…つもり…だ…。」
「命を取らない代わりに兵を引いてほしい。俺たちは社に行きたいだけだ。社に行って俺が元の世界に戻るのが目的だ。何もあんたら烏族を害しようとは考えていない。ついでに言うとヒメや役立たずの村にいた者達への追撃もやめてほしい。この場で王の名において手出ししないと約束してくれ。それとも、この場で命を落とすかい?」
殺生はなるべくしたくないが、これが受け入れられないならやるしかない。俺だってそこまでお人好しではない。今まで散々命を狙われてきたんだから、これくらいの要求をしても良いだろう。
「…わ、わかった……。こうなってしまっては致し方無い。王の名において、そちらの要求全てを受け入れよう。」
戦争が終わった。そう思った。
社に再び向かう。その途中でヒメが足を止めた。
「どうしたの?」
「あの時、どうして王の命を取らなかったのですか? 千載一遇のチャンスだったのに。」
ヒメの目に憤りや怒りはない。ただ、納得できないという表情だった。
ヒメと自分とでは経験が違う。特に、この戦争の経験が違う。長く彼らと戦い続けたヒメからしたら、相手の大将を討ち取るチャンスをふいにしたのが許せないのかもしれない。
「あの場で王を討ち取っていたらどうなっていたと思う? 戦意を喪失した者もいたけど、逆上して襲い掛かってくる者もいただろう。そうなったら間に合わない。そう思ったんだ。」
「…あ。」
あの場で王を切り捨てていたら、もしかしたら敵を討とうとする兵士達と戦闘になったかもしれない。あの人数を相手にしていたら、時間切れだ。ヒメもその事に気が付いたのだろう。
「ごめんなさい。私、自分の事だけ考えていました。」
「いいさ。俺と違って君は色々あったからね。そう思うのも無理はないよ。」
そう言うとヒメは少し笑って…。
「翔太さんは、やっぱりお優しいです。」
「翔太でいいよ。年齢、ほぼ変わらなくなったし。」
「でも…。」
「いいからいいから。同年代に敬語なんて使わないだろ。」
「で、では…翔太。」
ヒメは少しはにかみながら初めて呼び捨てにしてくれた。
「なんだい、ヒメ。」
「…ぷっ」
「え? 何で噴き出すの?」
「いえ、何だかおかしくなってしまって…アハハハハハハ!」
ヒメは今度こそ満面の笑みで笑った。こっちも釣られて笑う。二人の笑い声は青空と草原に響き渡った。
その頃、王を抱えて帰路を急ぐ烏族を軍団だったが…。
「ここで降ろせ。」
「は? 王よ、今何と?」
「ここで降ろせと言ったのだ。そして、あいつらを追え。」
「ええっ! そ、そんな無茶な! お怪我は?」
「この程度では死なぬ。それよりも早く追え! 手遅れになる前に!」
思いがけぬ命令に戸惑う兵士達。
「つい先ほど、手出し無用と約束をされたはずでは?」
「それがどうした! 政治に道徳を持ち込むな馬鹿者が! あいつらが社にたどり着いたら我ら烏族は終わりだ! 害をなす気はないだと? そんな言葉を信じられるか! 絶対に援軍を連れて帰ってくる!」
王は抱えてくれている二人を振り払い、全軍に告げた。
「歴史を忘れたか! 太古の昔、人族はあの炎の力をもって我ら烏族を追いやり、勢力を拡大した! 先の長い戦でようやく我らは帰還を果たした! 我らがそうしたように、人間も必ずや報復してくる! 未来への悔恨を絶つのだ!」
自分を地面に降ろし、二人を追うため去っていく兵士達を見つめて王は呟いた。
「頼むぞ戦士たちよ。我ら烏族に安寧と栄光あれ…。」
石を背もたれにしてそう言うと、王は意識を手放してガックリと頭を垂れた。
※ヒメはかつて、人族が烏族を追いやった歴史は知りません。だから、自分達の火を恐れて攻撃してきたと翔太に説明したのです。ヒメどころかヒメの両親と祖父母も知りません。理由は単純、そんな歴史は語り継がれていないからです。勝者、もとい加害者なんて、そんなものです。